オレは死ねばいいのだろうか
「みーちゃ~ん」
駆け寄る少女。
「なにー、いーちゃん」
ノート型端末に向かい、声だけで反応する乙女。
「教の調子が悪いの~」
「兄に言ってちょーだい。あたしはそういうの不得意なの、知ってるでしょ?」
「Aどこ?」
「どっかで寝てる。」
「なに書いてるの?」
「まだ死んでないやつ」
「ああ、あれか。」
顎に指を当てて空を見つめる少女。
「続きそう?」
「たぶん無理。消すかも。」
「そっか。
――でも、忘れないであげてね。」
「わかってるって。」
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「ミーちゃーん」
洞窟の入り口に立ち、ほの暗い中をのぞき込む少女。
中に反響して戻ってくる音に耳を澄ませ、首を傾げる。
「ミーちゃん、いないのかなぁ?」
お~い、と再度呼びかけるも、反応はない。
中に足を踏み入れる。
生活感溢れる寝床に、簡素な布で日除けが設けられていた。
この暗い洞窟の中にはおおよそ不必要だと思われるのだが。
少女の視界の隅で、何かが動いた。
上から降ってくる影に腕を伸ばし、キャッチ。
それは、野ウサギだった。
「ハル」
少女がそう呼びかけると、野ウサギは少女の腕を駆け上がり、肩に乗った。
「痛いよ~っ」
野ウサギは、少女の髪を噛んで引いていた。
「そっちにいるの?」
少女は野ウサギを強引に肩からどかし、だき抱えた。
そして、野ウサギの耳の向いている方向──洞窟の奥へ歩いていき、姿が見えなくなった時、この洞窟に住まう獣が帰還した。
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小さな足跡がある
獣は岩のにおいを嗅いだ。
あの子の匂いだ
あの子が帰ってきた
獣は喜びのあまり、洞窟の外へ向かって吠えた。
森に住む獣たちはその声を聞き、驚き、怯え、恐怖した。
喜び、悲しみ、慟哭した。
つまり、喜ぶものもあったが、負の感情を抱くものが多かったということだ。
名も無き獣は、少女によって創られた。
少年によって、自我を与えられた。
もう一人の少年によって、生かされている。
その獣だけではない。
この森自体が、そうなのだ。
些細なきっかけから想像され、全てが無から、創造された。
それに対して感謝しているものも、嫌悪しているものも、関心を抱いていないものもいる。
少女と少年たちは、この森の創造者であり、管理者であり、そのものだった。
だが、獣たちに自我を与えた少年がこの森を去って久しい。
その少年を捜し、少女も頻繁にはこの森を訪れなくなった。
それでもなお、この森を生かし続けている少年だけは、ひっそりと、森と共に存在していた。
少女が訪れたということは、その少年が、動き出す。
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「あなたは、禁忌を犯す恐れがある。」
呟きながら、乙女はキーをたたく手を早める。
『マキシマムは、願いを代償に、能力を得る。
だから代償にした願いは絶対に叶えられないし、叶えたければ能力を代償にしなければならない。
死してなお、願いを叶えるまでは死なない。
でも、元々その願いは、叶わないはずのものなんだ。
だから、マキシマムは、不死。
──例外は、許さない』
そしてそれを、読み上げた。
「こんな台詞どう?」
「もうちょっと分かりやすくならないかなぁ?
それか短く切るとか」
すぐさま新たなウィンドウを開き、
『マキシマムは、願いを叶えるまでは、死ねない。
でも、代償にした願いは、絶対に叶えられない。
だからマキシマムは、死なない。』
キーをたたく。
『マキシマムは、願いと引き替えに、能力を得る。
忘れてしまった願いのために使うことはできないけれど、想像すれば、それが精緻であればあるほど、精巧に、創造できる。』
「こんなかんじ?」
「ちょっとは分かりやすくなったと思うよ。」