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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
8/31

夏休み

「それ、おとーさんだよ!」

 桐臣(きりおみ)から聞いた話を伝えたら、ワカは興奮気味に言った。

 何故にそこまで断言できるのかアカネにはイマイチだったが、ワカは驚くべきポイントを力説した。

「だって、カッコイイんでしょ」

「……ワカちゃん、このゲームは整形が簡単だし、カッコイイ人は腐るほど居ると思うんだ」

 万引きしようとしたり、学校をサボったり、女子の透け下着をちゃっかり見るような男でさえ、綺麗なモノなのだ。

 しかしワカは譲らなかった。要らぬ惚気まで混ぜてきた。

「顔じゃないの――あ、違う、慣れると顔も良かったよ。やぁね、出会った頃の若いおとーさん、すっごいカッコ良かったんだよ。思い出すと照れるわぁ。あははははは」

 今現在の顔からは、あまり想像できない。

 あくまで平均的な顔立ちだけれど、祖母に比べて祖父は顔の皺が深く、気難しい頑固爺さん風である。

 ともあれ、アカネとワカは本格的に柾高(まさたか)を捜すことにした。

 丁度良く、現実の子供達が一学期を終えると同時に、『青春Playing』の日本エリアでも公式ミニイベント〝夏休み〟がスタートした。




「おぉ、いいね――あー、ごめん、その時間はもうログアウトしてるや。次の機会に見せて」

 どこでもフォンを耳にあてていたアカネは、図書館の脇から姿を見せたワカに手を振った。「うん、約束。それじゃ、また」

 現実と同じく、学園都市もすっかり夏の装いだ。日射しは一層強く、影の色も濃くなって、蝉の声まで聞こえてくる。

 どこでもフォンをデニムのポケットに突っ込んだアカネに、近づいたワカが無邪気に問うた。

「オミ君?」

「いやいや、ダイアナ」

 アカネからワカ、女子寮の友達とも連鎖的に知り合ったDiana17は、結局イベント期間を丸々日本エリアで過ごすらしい。日本を気に入ってくれたようで、嬉しい限りだ。

 海外エリアでのイベント期間は残り四日となっていて、今日はうっちー達と日本土産を物色しにショッピングモールの方へ行くと言う。今し方の電話では、浴衣着ったーいの! とハイテンションで述べていた。

 大きな樫の木陰でそんな話をアカネがすると、ワカはにこにこと、着つけが解らなかったら手伝うよ、と言う。アイテム欄からだと一瞬で着れてしまえるが、過程をDiana17は喜びそうだ。いいね、とアカネは目を細める。

 ミニスカートはやっぱり恥ずかしいと、数える程しか着ていないワカは、今日は三つ編みの髪を一つに纏め、つば広の麦わら帽子に空色ストライプのロングワンピース。踵高めの白いミュールが、現実では足が弱ってきている祖母にしてはチャレンジアイテムだ。

 じゃあ行ってみようか、と絞り染めのTシャツにホワイトデニムのアカネは歩き出す。

「先ずは寮ね。今、運良くオミもログインしてるから、マサタカさんが居るかどうか検索してもらう」

 ふむふむとワカは小さく頷く。

「寮って便利だね」

「うん、まぁ。ただ、トモロクしてない人にもイン状況がバレるって、ちょっと嫌かな。クローゼットも押し入れも小さいし。お風呂場も湯船が狭くてしょぼい」

 段々愚痴っぽくなって、アカネは止める。

 ワカの可愛らしい笑い声に耳をくすぐられ、アカネは肩をすくめた。

「寮も嫌いじゃないんだよ。きっかけがオミなのはナンだけど、女子校の友達ができたのなんて、寮だったからだと思うし」

「アカネちゃんの友達、みんないい子だよね。オミ君も、私は可愛くて好きだよ」

「ふふふ。今日もきっと、ワカちゃんの役に立ててオミが喜ぶよ」

 甘い物が好きらしい桐臣に祖母のクッキーをお裾分けした日、彼は正統派美少女のワカを見るや、ぽうっとなった。

 自宅に招いてもらえて、緊張しているのが丸判りの挙動で。

 ワカがコーヒーを淹れにキッチンへ立ったら、ぎごちなく正座していた桐臣は素早く小声で訊いてきた。

『アカネのお姉さん?』

 虚構の世界だ。夢を見させるべきか一瞬迷ったが、アカネは告げた。

『祖母です。七十一になりました。宜しくネ』

 かなり長いこと、少年は涙目で悶絶していた。足が痺れたわけではないと思う。

 因みに、ワカのクッキー、意外にも珍妙な生焼き加減だった。

 帰り道、大人なんて欺瞞だらけだ……と、少年は遠い目で呟いていたものである。



 男子寮は横に広く、レトロな木造アパート風の二階建てだった。

 竹垣のささやかな日陰に入り、アカネはどこでもフォンをポケットから抜き出す。

 まだログインしているのを確かめ、〝家臣〟に電話をかけてみる。コール音を聞きながら、何処かふらついてる可能性が高いかもな、と今更気づいた。寮に向かう前に確認をしておくのだった。

 と、はい、となんだか鼻にかかった声が電話に出た。

「突然で悪いけど、何処に居る?」

〔ん……寮で仮眠してた〕

「おぉ? 良かった、というか、仮想空間で寝てどうすんの」

 二段ベッドがあるにはあるけれど、アカネはソファ代わりにしか使ったことが無い。

〔Rショップに、自室用限定アイテムで目覚まし時計ってあるじゃん。十五分、実際に脳を休ませてくれるんだぜ〕

「ふぅん?」

〔リアルマネー取るのかよって思ったんだけど、結構すっきりする。それに、仮眠や飲食してからだと部活ポイントが増えるらしい〕

「え、部活にもポイントあるの」

〔んー、オレ、まだ帰宅部オンリーだから、聞いた話でしかないけど。ポイント割増アイテムだからショップ売りと言われれば、まぁ納得なんだ〕

「うん、一理ある」

 微かに、衣擦れとベッドが軋む物音が聞こえた。

〔で、何。Dianaから〝カラオケですきやきを披露する〟って謎の予告メールが来てたけど。この暑い中、送別会で鍋でも囲むわけ?〕

「それは〝上を向いて歩こう〟の事。ダイアナのカラオケ十八番らしい」

 実年齢幾つなんだと思ってしまったが、若いのに古い曲が好きな人だって意外と居るものだ。余計な詮索はやめておく。

 桐臣は、そんな歌あるんだ、と洩らす。日本でのタイトルを言っても通じないのではお手上げだ。

 ワカが隣で鼻歌を流して、アカネはハタとした。

 どうも桐臣と話していると、脱線と言うより自動(オート)車線切り替えで、別路線から別路線へといつまでも走ってしまう。

「あー、それでさ、今、ウチの祖父(じい)ちゃん、インしてる筈なの。マサタカさんはどう? 寮に居る?」

 Diana17の相槌のような、鼻で受ける返しが耳元を撫でる。たまに、桐臣の片仮名英語は、片仮名が抜けるような気がする。

 ドアを開け閉めする音に紛れ、ちょい待ってて、と言われた後、どこでもフォンの向こう側は静かになった。

 ワカが、気合い充分に拳を握り締めた。

「さぁ、おとーさんめ、私だってちゃんと遊べてるって自慢するよっ」

「かなり慣れたよね、ワカちゃん」

「こっちだと、たくさん歩いても足腰が痛まないのがいいんだよね。トイレが我慢できたら、もっとこっちでお散歩できるのになぁ」

 アカネは微笑した。

 祖母は、屈託ない。馴染んで、ゲームが楽しくなっているのが伝わってくる。

 朱音(あかね)は、この仮初めの空間に早々に慣れたものの、衝動的に影が差す。夏休みイベントで授業が無い今、頻度が増している。

 この仮想世界でも、現実と同じことを、ふとした瞬間に思うのだ――これでいいのか、と。

 祖母は、そんなことを考えまい。これまで、きちんと現実を生きてきたから。

 現実をまともに生きていない朱音が、こちらの学校に(かよ)って何になるのか。

 せめて卒業に達するまでは、プレイし続けるべきなんだろうか。

 しかし結果、先に何も見えなかったら、本当に自分はどうしたらいいんだろうか。

 無理矢理にでも、不安と焦燥に慄いて、俯いて、現実の学校へ向かうべきだろうか。

〔お待たせ〕

 高くもなく、渋い低さでもない声が届いた。

 反射的にアカネは肩を強張らせたけれど、何処かホッとして、どこでもフォンを耳へ当て直す。

「や、ありがと」

〔オレは殊勝な態度じゃ誤魔化されない。限定アイスで手を打つ〕

「今度、ワカちゃんが部活でプリン作ってくれるよ」

 アカネがちらりと見れば、両手を拳にしたまま、ワカが大きく頷いた。

 ワカ作クッキーに取って付けたようなスマイルでコーヒーをがぶ飲みしていた桐臣は、言葉に詰まった。か細く告げてくる。

〔無理、しなくていいって、ワカさんに伝えて〕

「うんうん、オミの為にバケツサイズを頑張ってもらう」

〔この程度の事に礼を要求するような、しけた男じゃないんだ、オレはっ〕

 どこでもフォンから悲壮な大声が漏れ、あらぁ、とワカが感動したような顔になる。向こう側では、演劇部か……と誰かの呟きが通り過ぎて行った。

祖母(ばあ)ちゃん、リアルでも練習始めて、めきめきお菓子作りも上手くなってるんだけどネー)

 アカネがへらりと口端を緩める間に、鍵を開けているらしい金属音とドアの閉まる音が派手に聞こえた。

〔マサタカさんは寮に居ない。でもログインはしてる〕

「む、そか」

〔部活じゃね? オレもガッコ行く〕

 通話が切れ、ややして、ちょっとばかし髪先の跳ねた桐臣が、ボーダー柄のTシャツとざっくりしたジーンズ姿で寮玄関から出てきた。

 海の帰りに履いていた革サンダルをぺったぺった云わせて大股に走り寄るなり、挨拶もそこそこでワカに念を押す。

「あの、ホンっトーに、気にしないで。綺麗な人に気をつかわれるとオレ、リアルで胃腸に変調きたしそうなんで」

「オミ君も繊細だねぇ」

 軽く目を見張るワカの横で、アカネは笑んで言う。

「プリンはお腹に優しいよ?」

「アカネ、後で東コンビニに顔貸せ」

 桐臣は、いい笑顔で強請(ゆす)ってきた。

 交番前の人物の影響だろうか。

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