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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
7/31

異文化(?)交流

 倍の料金を出すと、行き先指定の超特急に乗れた。

 自動改札に切符を通したら視界が暗転。

【桜駅に着きました】

 そんなウインドウがポップアップして、表示を消せば、もう改札脇の光景になっていた。アカネが瞬いていると、横で桐臣が笑いながら、はっえー、とコメントする。

 駅舎を出ると、二人は一旦別れた。ワカが一時間後ぐらいでも大丈夫と言ってくれたので、寮で着替えてから公会堂前で再合流だ。

 貸自転車のパーキングは都市のあちこちにある。所謂ママチャリ寄りのデザインだけれど、速く移動したい時は重宝だった。アカネはペダルをがんがんこいで、車道を突っ走る。

 ワカのクッキーが楽しみだ。

 現実で、祖母が菓子の(たぐい)を作っているのは見たことがなかった。普段の食事はいつも美味しいから、恐らく菓子作りも上手だと思う。期待値が上がる。

 とはいえ、先ずは水着着用でもいいからシャワーを浴びたい。何処まで造り込んでいるのかと感心するばかりだが、潮風を受けた所為か髪がぱさついてしまっていた。


 三十分ばかり後、チェック柄のチュニックシャツに膝丈のスキニージーンズ、スニーカーを履いたアカネは、交番前で自転車から降りた。

「何やってんの」

 いい笑顔で立っているNPC警官の傍で、桐臣(きりおみ)が折り畳み財布らしき四角い物を弄んでいた。何やら小洒落たハンチングを被って、白黒ストライプのカッターシャツにジーンズという恰好になっている。

「コレ、拾ったんだけど」

「生徒証は」

「無い。つーか、小銭の他に五枚も万札が入ってる」

「それはネコババ迷うのやめようよ」

 アカネが呆れると、桐臣は口をすぼめた。

「ゴミ箱に捨てたら五Vしか入金されないだろうな」

「お札を紙屑扱いとは何処のセレブだ」

「このお巡りさんに託すのが不安なだけだよ」

 二人より頭一つ分は背の高い警官を見上げる。白い歯を見せてにっこり笑んでいる。確かに胡散臭い。

「でもまさか、お巡りさんがネコババはしないでしょ」

 桐臣はわざとらしく、ちっちっち、と口元で指を振った。

「五百Vでスキップしたんだぞ。五万なら後方三回転宙返りするんじゃないか」

「えっ、ちょっと見たいかも」

「――それもそうだな」

 拾ったんですけど、と桐臣は澄んだ目をキラキラさせて警官に話しかけたが、残念ながらスキップも宙返りも披露してくれなかった。

「何処で拾いましたか」

 思いがけず、まともな質問が返ってくる。

 公会堂の入口近くだと、桐臣は指で示しながら答えた。小さな体育館のような建物を見やり、警官はこくりと頷くと、続いて生徒証の提示を求めてくる。

 桐臣がジーンズのポケットを探る()に、警官は解説してきた。

「現実時間で一ヶ月経過しても落とし主が現れなかった場合は、価値相当のVマネーが銀行口座に振り込まれます」

 システムの存在が判ってアカネがささやかに安堵したところで、桐臣が生徒証を見せる。

 すると、急に警官の声量が上がった。

「落し物を届けるなんて、君はなんて偉いんだ!」

 NPCが声を張り上げる基準が判らない。軽く引くアカネの隣で、桐臣はしたり顔で首肯した。

「賄賂を要求してきたお巡りさんが言うと、説得力が違う」

 皮肉を華麗にスルーして、これは確かに預かった、と音量の戻った警官が財布を掲げる。

 その時、少し離れた横合いから、オゥ! と声があがった。

「それ、ワタスィの!」

 実にスタイルのいい金髪の女の子が駆けてくる。セミロングの艶々ストレート。ナップザックを片方の肩に掛け、黒いキャミソールにホットパンツがやたら似合っていた。腰がきゅっとくびれていて、生足もすらりと長い。

 ところが警官はチラとも見ずに、財布を虚空にしまう仕種をした。アイテム欄にでも入れたのか、手元から消えてしまう。

「ちょ――お巡りさん!?」

「おいおい、ここで大人の事情かよ」

 アカネと桐臣が警官に詰め寄ったところへ、明らかに外国人の女の子も辿り着く。大きな青い目だ。

「今のオシーフ、ワタシィのですっ」

 警官はしばし、いい笑顔のまま固まっていた。

「知らないフリを決め込むつもりか?」

「んー、NPCの限界に挑んでるんじゃないかな」

 桐臣とアカネは目を見交わす。【Diana17】という名前の女の子が困り顔で眉尻を下げたところで、警官はフリーズから回復した。

 落とした財布の特徴と、中身について尋ねだす。Diana17が片言ながらも答えたら、どうやら君の物のようだな、と無表情になって警官は財布を取り出した。内心で悔しがっていそうだと妄想させる表情筋の推移だった。

 Diana17もそんな気がしたのかどうなのか、財布を受け取った後は警官を尻目に、センキューとアカネと桐臣に何度か繰り返した。

 訥々とした日本語で説明されたところによると、現実の彼女の国では、財布を落として中身ごと戻ってくるのは非常に稀らしい。日本人真面目、と力説され、アカネは照れ臭くなった。

 さておき『青春Playing』の海外エリアでは、現実に対応して、ひと足早く公式ミニイベントが始まったらしい。本日からリアル二週間、サマーバケーションと称し、ゲーム内は休日扱いになっているそうだ。

 スペシャルセールだとかで、Rコインショップに渡航チケットなる物が並んでいると言う。通訳の特典は無いと明記されていた為、購入者はそれほど多くない模様。

 Diana17は現実でも日本語を勉強していたから、なんとかなるだろうと、余っていたRコインを使って〝来日〟したわけだ。

 せっかくなので互いに友達登録を試みたら、エリアが違っても可能だった。

 何か困ったら連絡して、と告げ、アカネと桐臣は交番前でDiana17と笑顔で別れた。


 自転車を公会堂傍のパーキングに戻してから、アカネは桐臣を連れてワカの家へ向かった。

 どこでもフォンに新しく加わったDiana17の名前に、歩道を歩きながらニヤニヤしてしまう。

「気持ち悪いよ、アカネ」

「失礼な。他校の友達って、なんか嬉しいじゃん」

「じゃ、オレが加わった時もそんな顔してたのか」

「や、オミは消したかった」

 オイ、と桐臣は手刀でツッコミを入れてくる。

 アカネは軽くかわしてから小首を傾げた。

「大体、オミもそんな理由で声かけてきたんじゃないの?」

 桐臣は、少々目を泳がせた。

「オレ、アカネのこと、男だと思ってた」

「……わたし、バイト探してた時もコンビニ寄った時も、とっても可愛いミニスカ制服だったと思うんですが」

「まぁ、ソレは置いといて。オレは取り敢えず、トモロクするのに相手の学校は気にしない」

 強調した〝とっても可愛い〟をさらっと流されたので、アカネは平坦な口調で言う。

「えー、女の子の友達を募集中なのかと思ったー」

 つまらなそうに、桐臣は鼻で息をついた。

「リアルで女子に囲まれがちだから、どっちかって言うと男友達がたくさん欲しい」

(なんだそれは。リアルではモテモテですよ自慢か、それとも実は女子校通いなので出会いを求めてますよなのか)

 アカネは眉を寄せつつ、取り敢えず話を繋げる。

「それで桜井(だんしこう)を選んだわけ?」

「まぁ、そうだけど」

 桐臣は応じてから、口端を軽く下げた。「でもこのゲーム、性別変えられるんだよな。なーんか妙な生徒が混じってるぜ、桜井」

「あー、やっぱり。桜花(じょしこう)もそうだろな」

「ガッコでもっと話したいなって感じの人は、駄弁(だべ)りより授業が大事みたいでさ。あんまり絡んでもらえてない」

 ふぅん、と相槌を打つアカネは、0601を思い出す。彼は現実では社会人っぽい。現役の頃にこうやって、もっと勉強しておけば良かったと、こぼしていたから。

 ワカも授業を活き活きと聴いているし、学び直しという目的でログインしている人も割と居るのだろう。開発に関わった菅原教授辺りは、どうもその手合いのユーザーをメインターゲットに見据えている節がある。

(そういえば祖父(じい)ちゃん、男子校で遊んでんのかなぁ)

 祖父も、遊ぶと言うよりは授業の為にログインしている可能性がある。他のTVゲームをプレイしている姿など、コツコツ黙々と楽しんでいる様子だから。

「なんかカッコイイんだ。サムライっぽくて硬派な雰囲気で」

 憧憬を多大に含んだ口ぶりで、桐臣は続けた。「たまにリア友らしい秀才風な眼鏡の人とつるんでるけど、オレが見かける時は大抵、真剣に授業聴いてる」

「そういう人、今度のミニイベント鬱陶しいだろうね。授業聴けなくなるわけだから」

「どうかな。なんか部活にも入ってるみたいだから、そっちを真剣にやるんじゃないかな」

「真面目そうな人だなぁ」

 少々とっつきにくそう、とアカネはこっそり思ってしまう。桐臣は、うーん、と思い返すように空を仰いだ。

「チャラくないのは確かだな。でも真面目そうというのも少し違う気もする。どう言ったらいいんだろう、マサタカさんの場合は……」

「……マサタカ?」

 思わず聞き返してしまった。

 何せ、(もり)家の面々のネーミングは捻りが無い。わかがワカで、朱音はアカネである。柾高がマサタカとしていなかったら、どうしたんだ、と心配したくなる。

「うん、あぁ、マサタカさんて言うんだよ。アカネと同じ、片仮名でマサタカ」

 心臓がバクバク打ち始めた気がする。

「ウチ、ワカちゃんの他にも、家族がもう一人、こそこそ遊んでるんだけど……男子校に居るんじゃないかなと思ってて……」

「……それが、マサタカさんだって?」

 疑わしそうに桐臣は顔をしかめた。「あの人、こそこそはしてないぞ。堂々としてるトコもカッコイイんだから」

「やー、うん、リアルでも堂々としてるというか、澄ましてること多いけどさ。逃げも隠れもせんから見つけてみぃ、って構えてる感じなんだよ」

 むぅ、とした表情で、桐臣はハンチングを取ると、頭を掻く。

「ちょっと似てるか……? 今度、桜井か男子寮の前ではってみれば」

 ストーカーみたいだな、と浮かんだものの、ワカは確かめたいと言うだろう。そしてその気持ちは、アカネも同じだった。

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