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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
6/31

ちょっとぶらり旅

 ゲーム内の飲食も秘かに意味があったと判明してから、ワカが遂に入部先を決めた。

「園芸部と迷ってたんだけどね、クッキングクラブにした」

 入部方法はアルバイトと似たような感じだ。

 校内の食堂、クラブ一覧のポスター下にパネル端末があるので、希望の所に登録すればいい。

 ワカと一緒にパネルを前にしたアカネは、ざっと見てやり方を把握する。

「ここに〝クッキング〟って入力すると、詳細が出るの。選択してから、生徒証をそこに当てる」

 ふんふん、とワカは真剣な顔で小刻みに頷き、ぎごちない手つきながらも操作する。

 クッキングクラブは、半休の昼Ⅲ、Ⅳと、休日の昼時間に家庭科室で活動できるようだ。部員数は現在、三十三。ワカの入部が済んだようで、末尾が四に変化する。

 できたよ、(はい)れたよ、とワカが喜ぶ。

「アカネちゃんは何処も入らないの?」

「うん、いいや。本屋の時間と被りそうだし」

 言いながら、アカネはパネル内に小さな文字で並ぶクラブ名に目を走らせ、あれ? と呟いた。

 五十音順のようで、クッキングクラブの上に帰宅部というのがある。

 目を上げてポスターを確かめたが、そちらには記載が無い。

(厳密に言えば部活動(・・・)じゃないしな)

 何気なく選択してみた。

 活動可能時間帯は平日と半休の昼と夜。部員数が、なんと四桁に達している。

 何か意味があるのか、他のクラブと掛け持ち可などと書かれていた。

「ワカちゃん、わたし、一応コレに入っておく」

 隣からパネルを覗き込んでいたワカは、うんうん、とにこにこした。

「何をする部活なんだろうね」

「家に帰るだけだと思うけど」

「掛け持ちしていいなら、私も入っておこうかな」

 ワカは、学校でログインとログアウトをすることが圧倒的に多く、自宅にはあまり帰っていない。帰宅部員としては模範的な生徒じゃなかったが、アカネに続いて入部していた。



 現実で二日経ち、いつもの時間にログインしたら休日だった。

 昨日は一緒にログアウトしたので、アカネが校内の廊下でゲーム内時刻を確認している間に、ワカの姿も現れる。

「休みだから、本屋行くねー」

 昇降口へ歩き出しながらアカネが肩越しに振り返ると、ワカは虚空を見ている。「ワカちゃん?」

「あ――システム? のメッセージが出てたの」

 ぽす、と空中をひと撫でして、ワカはポップアップしていたウインドウを消したようだ。「今日は部活動できますって」

「おぉー。家庭科室だったっけ」

「……だっけ?」

 忘れていたようで、ワカは照れ笑いした。

「場所判る? 多分、一階だと思うけど」

「そうだよね、行ってみるよ」

 祖母は祖父にゲーム内で会えないのをちょっと淋しく思い始めているようだったから、部活はいい気分転換だろう。

 昇降口前で、後でどんなか教えて、と約束し、アカネはワカと別れた。

 季節は現実としっかり連動しているようで、日射しが強くなっている。街路樹の木陰を選んで歩いた。

 涼しい書店に入り、NPC店員に生徒証を見せる。見せれば、カウンター脇のドアからロッカールームに入れる。

 デイバッグをロッカーに入れ、黒いエプロンを制服の上に身につける。タイムカードよろしく、生徒証を所定の機器に当てた。

 ドアを開けるとNPCの姿が消え、アカネは代わりにカウンターに立つ。

 三十分近くの間にぽろぽろと三人ばかり客が来て、一人、漫画をVマネーで買っていった。

 もう三十分続けるか逡巡していたら、ゆっくり開く自動ドアをもどかしげにすり抜けて入ってきた人が居た。

「通り過ぎかけて二度見した。バイトって、ここだったのか」

「イラッシャイマセ」

「NPCのフリは無理あるし」

 桐臣(きりおみ)は呆れたような顔をする。今日はVネックシャツと七分丈のズボンにスニーカー。

 アイテム欄は余計な物を除いておくと、服の一式をふた組は入れておける。入れておけば即着替えが可能だから、このところ、学校を出た途端に早変わりする子も居た。ログインしたら休日だったり夜時間だったりする時にも便利だ。

「冷やかしなら時間切れ。三十分過ぎたし、あがるよ、わたし」

 片手を上げると、アカネはロッカールームに入る。

 生徒証を機器にかざし、エプロンを畳んで片づけると、デイバッグを手に部屋を出た。

 カウンターには澄まし顔で店員が現れている。桐臣の姿は自動ドアの向こうに移動していた。なんとなし、お先しまーす、とNPCに声をかけて外へ出る。

 桐臣は、当たり前のように誘ってきた。

「どっか行こうよ」

 アカネは口を曲げた。

「暇なの?」

「そうとも言うかもだけど、韋駄天走りを目撃してからは、暇だと思う前に何か面白いこと無いか探す努力をしてる」

 屁理屈とけなすこともできたろうが、朱音(あかね)にはその権利が無い気がした。

「部活なんて面白いんじゃない」

「どっちかって言うと、今はまだマップ探検の方が面白くね?」

「うーん」

 曖昧に濁したが、否定できない。実のところ、アカネもそう思っている。

 このゲームは何だかんだと時間の枠に縛られる傾向にある。そんな中、休日の解放感と自由度はやたら魅力的なのだ。部活動で潰してしまうのが、惜しいくらいに。

 部活も、自由選択肢の一つではあるのだけれど。

 桐臣が、一方へ歩き出した。

 現実ならば、大して知りもしない人と連れ立って何処かへ行く気になど到底なれない。だのにゲームだと、まぁいいか、と思ってしまうのがアカネは自分でも不思議だった。

「この前、各駅電車に乗ってみたんだ。十五分で次の駅。一時間で桜駅に戻った。今日は、どっかで降りてみない?」

「んー、家族から連絡あるかもしれないし、隣駅までかな」

「じゃ、それで」

 口端を上げ、桐臣は軽く頷く。「超特急っていうのもあったから、急いで戻りたい時はそれで帰ろう」

「オッケ」

 肩に掛けていただけのデイバッグを、アカネはきちんと背に負う。

 気分は遠足になっていた。



 商店街を抜けると桜駅だ。駅舎は小さい。

 駅名は桜駅も含めて四。入場券は百Vマネー。隣の、海駅か牧場(まきば)駅までは二百V。

 アカネと桐臣が北回り一番線の階上ホームに出ると、二両編成の電車が停まっていた。窓の大きな銀色の車体に、桜色と空色のラインが一本ずつ走っている。

 都市内では自動車を見かけないし、乗り物が妙に新鮮だ。

 説教臭いこのゲームのことだから有るかと思ったが、優先席は見当たらなかった。どちらの車両にも、十人ばかりの男女が既に乗っている。

 席は()いていたけれど、腰を下ろして視線を一方に固定したくない。

 アカネは口に出さなかったのに、何故か桐臣も座ろうとはしなかった。ドア近くの吊革に片手を引っ掛け、喋り出す。

「一時間かけて一周したこの前さ、平日だったんだよ。他にも乗ってた人居たけど途中で降りてって、最後はオレしか乗ってなかった」

 ドア脇の支柱を軽く持ち、アカネは肩をすくめる。試しに乗るとしたら、同じことをしたと思う。百Vで済むではないか。

 ピロロロと音がして、ドアが閉まった。微かな揺れが伝わる程度で、滑らかに走り出す。

 ホームが切れるとすぐ、トンネルに入ったようだ。やや薄暗くなる。

 これを抜けると海が見えてくる、と桐臣は言った。

「何処の景色も思ったよりいいんだ。で、満足して桜駅から出たんだけど」

 桐臣は続けた。「しゅたしゅたしゅたとNPCお巡りさんが無表情で走ってきて」

「何その走り方」

「気になるのはソコかよ」

「や、お巡りさんが登場したのも非常に気になるけどさ」

 こんなだよ、と車内があまり揺れないのをいいことに桐臣は真似をしてくれる。手指を揃えて立て、直角に曲げた肘を元気に前後へと振った。

〝終わらせる者〟というロボットが出てくる古い映画の二作目で、敵になる液状ロボットがそんな感じで追い駆けてきたな、と思う。想像するとシュールな光景だ。

「オレの前でピシッと片手を腰に当ててから、君、学校はどうしたんだ、って言うんだ」

「――平日昼間はうろつくなって、ソレか!」

「夜以外もヤバイとは思わなかったぜ」

 何やら暗い顔つきになり、桐臣はぼそぼそと言った。「ていうかさ、学校に黙っていてほしいならVマネーをいただきます、って金を要求された」

「……それ、ホントにお巡りさん?」

「交番の前に、いい笑顔で立ってる」

「……幾らで手を打った」

「最初、百硬貨出したら、チッチッチ、て口元で指振ったぞ」

「……ノリノリだな、お巡りさん」

「五百硬貨を出したらスキップして去って行った」

「いいのか公僕」

「大人の闇を垣間見たぜ」

 桐臣がオーバーな溜め息をついた時、電車がトンネルを抜けた。

 さっと明るくなり、窓の外を木々の緑が流れていく。合間にちらちらと青白い水平線が覗いた。

「おぉお、綺麗」

 アカネがドアの窓に寄ると、だよな、と桐臣も見はるかす。他の乗客からも歓声に似た声が漏れ聞こえた。

 煌めく青の占める割合は、どんどん増えていった。


 二人は海駅で降りてみた。

 桜駅と変わらない駅舎から出ると、案内看板がある。海岸へも行けるようだが、水族館も近くに在るらしい。

 駅は高台に在った。都市よりも白っぽい煉瓦道が、各方面へ伸びている。

 塩っけを感じ取れる風が吹き上げてきていた。さほど強くないから、心地好い。

「泳げたりするのかね、これ」

 流れる髪を撫で上げながらアカネが言うと、桐臣は下方のずっと向こうに一望できる紺碧を眩しげに見ていた。多分、と呟くように応じる。

「寮で風呂に入れるし、水着で。後、水泳部もあるだろ」

 どちらからともなく海の方へと歩き出す。上空には、雲から生まれたような白い大きめの鳥が舞っていた。

「一応、部活チェックはしてんだね」

「興味はあるから。今は様子見で帰宅部にだけ登録してあるよ」

「あぁ、怪しいよね、帰宅部」

「なんでわざわざ登録できるんだろうな」

 ほどなく、足元がやわい砂に変わった。眼前に海が広がる。しっかり波が寄せては返している点に、アカネは感心した。

 海だーっ、と桐臣が喜色を含んだ声をあげる。やにわにボックス型の水着いっちょうに姿を変えると走り出し、砂としぶきを散らして海面に飛び込んだ。

「まだ、ちょい冷てぇ」

 笑いながら波を蹴っている。

 アカネは寸時、ぽかんとしてしまった。

(あー、オミはリアルでも男子なんだろな)

 童顔気味だし、スイーツ欲しがっていたし、変な奴だけど息が合うから、ひょっとしたら男子のフリをしている女の子かもしれないと思っていたけれど。

 少しばかり残念な心地になりつつ、アカネはローファーと学校指定の靴下を脱いだ。アイテム欄には入れず、デイバッグと一緒に波の来ない砂浜に揃えておく。

 アカネも一度、試しに寮でシャワーを浴びてみたことがある。脱衣所でブラウスを脱ごうとした途端、タンクトップビキニを強制着用となった。

 では、脱がずに水へ侵入した場合はどうなるのであろうか。

 桐臣のように飛び込む気にはなれないが、足ぐらい試してみたい。

 波を見据え、引いて行くタイミングで、ててっと駆け寄る。白い泡が、すかすかのクリーム状に足首に纏わりついた。ゆるゆると、濡れた砂が指の隙を撫でていく。貝殻の欠片が、砂に薄く張った海水に洗われ、踊っていた。

 裸足を水に入れた程度だと、強制着替えにならないようだ。

 童心に帰って、アカネもちょっと波を蹴ってみる。

 行ったり来たりする波と、はないちもんめ状態になっていたら、桐臣がけらけら笑った。

「アカネ、猫が猫じゃらしに挑んでるみたいだぜ」

「オミこそ、レトリーバーやコリーがわっふわっふしてるみたいだったよ」

 指摘したら、桐臣は犬が身体から水を切る時のように、頭をぶるぶる振る。似てる似てる、と手を叩いて喜んだアカネは、うっかり波を避ける足が止まっていた。

 脛の半ばまで達した水位に、うろたえてしまう。

 ひゃあ、と足を跳ね上げて後ずさったら、派手に水が跳ね返った。項の辺りにまで雫がかかる。

「うあー、冷たっ」

 襟足を掌で拭って、アカネは波打ち際から離脱した。背中に風が当たって、すーすーする。本当に芸が細かい。

 靴を拾い上げていたら、視線を感じた。肩越しに見やると、桐臣が慌てたように目を逸らす。

「あのさ……」

 桐臣は逸らした目をちらちら戻しながら、ほんのり頬を染めた。「透けてる」

「何が」

 問うてから、察した。

 ローファーと靴下をアイテム欄に放り込み、アカネはひと組だけ入れておいた室内着のジャージに高速でチェンジする。

 日射しの所為でなく顔が熱い。

「何なの一体っ。バグでしょ、これ!」

「いや、男の浪漫だろ」

「――そんなモノは海に沈めてしまえっ」

 笑声をあげる桐臣の隣で、バカヤロー! と海に向かって叫びたくなった。

 全くろくでもない……と、ぶつぶつ言いながらデイバッグを取り上げたら、中に入れていたどこでもフォンが鳴る。ワカからだった。

〔アカネちゃん、まだバイトしてるの?〕

「やー、海で馬鹿やってた」

 海なんかあったんだ、と弾んだ声を返してきてから、ワカは言った。

〔あのねぇ、部活でクッキー焼いたんだよ、食べてみて〕

「おぉ、急いで戻る」

 アカネの返答に、桐臣が虚空から革サンダルと白いパーカーをひょいひょい取り出す。アイテム欄に服しか入れていないのか、用意のいい男である。

〔紅茶かコーヒーも欲しいね、久しぶりに家に帰っておくよ。アカネちゃん、急がなくてもいいからね、気をつけてね〕

 ほい、と一旦応じてから、アカネは隣で足の裏から砂を払っている姿を一瞥した。

「他校の友達、一人、連れてくー」

 わぁい、とワカはノリ良く応じてくれた。

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