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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
4/31

 桃姫(ももひめ)☆は、やってらんねー、とイケメンZのどこでもフォンへ捨て台詞メールを送りつけてきたのを最後に、借りたVマネーもそのままでログインしなくなったらしい。

 他にも、飲酒や喫煙で桃姫☆同様のペナルティを受けたプレイヤーが居た。自宅で〝致した〟場合はペナルティ度合いが変わる、といった妙な検証報告も一時期校内を駆け巡った。

 ともあれ、なんだこの説教臭いゲームは……と感じるプレイヤーは多々居たようで、七月になる頃には満員の教室をそれほど見かけなくなった。

「あんまり、売る気満々で作ったわけじゃないみたいだからねぇ、菅原(すがわら)さん」

 ワカが、肩をすくめてそんなことを言っていた。



 さておき、祖父は毎日ログインしているらしいのに、ワカとアカネはそれらしい人を捜し出せずにいる。

 男子校に通っているのではと思い至ったアカネは、町中で黒い学ランのプレイヤーを注目するようになった。

 しかしながら、六月の内は自由だったゲーム内の制服は、七月になると長袖と上着を選択できなくなった。

 男子の夏服は、男子校と共学校、上だけ見ると区別がつかない。半袖ワイシャツだ。

 おまけに私服を揃え始めたプレイヤーも増えてきて、(かよ)っている学校を町中で見分けるのは難しくなっていた。

 ログアウトしたばかりの祖父に、何処で勉強してるの、と祖母が訊いても、学校、としか答えてくれなかったらしい。

 流石に冷戦は終了したのか、からかうような口調だったようだけれど。




 日曜日、一人で隙間時間にログインしてみたアカネは、時間帯をチェックして、ちぇー、と思った。現実では昼前なのに、ゲームでは夜寸前だ。

 十分間の休み時間を使っても授業を聴き終えられない。諦めて、デイバッグを肩にかけ、学校から女子寮へ向かう。

 外は綺麗な夕焼けに染められていた。空にはホイップクリームを盛ったような雲が、白と金のコントラストを披露している。

(寮で何しようか……そういえば、宿題が出てたな)

 つい先日、一〇〇ポイント超えた。そうしたら〝宿題があります〟という表示が出た。

 やるかどうかは自由で、期限も設けられてはいない。職員室のポストに提出すると、最高で一〇ポイント貰えるようだ。

 アカネに出た宿題は、〝古代文明を比較する〟というレポート作成だった。

(あー、レポート用紙なんて持ってないな)

 ちまちま買った文房具は必要最低限だ。積極的な出費は、部屋着や外出着の(たぐい)だった。

 アカネはバッグの外ポケットを探った。拘って選んだ革製の渋い長財布には、先程入れたばかりの千V紙幣がある。

 寮の近くにコンビニエンスストアがあるから、寄り道することにした。


 入店合図の音楽が短く流れる。

 冷房のひんやり感に包まれた。よくできた仮想空間だ。

 店員はNPC。レジの所で姿勢良く立ち尽くしている。

 レポート用紙を探して視線を向けたら、週刊誌を選んでいるらしき男子が居た。

 書店もそうだけれど、著作権の切れている作品はVマネーで買って読める。他の作品はRコインが必要だ。今はRコインさえ残っていれば実質無料で読める状態だった。テスター特典だろうか。

 アカネは、さり気なく先客を観察した。

 半袖の白いシャツ。黒いズボンは男子校の制服に見える。中肉中背、男子にしては少し不健康な色白。焦げ茶色の髪の手入れに気合いが入っている。でも、やや背伸びした感じ。横顔のラインが、弄っているとしたら巧い。

 どう読むのか【桐臣】という名前だった。

 ほぼ祖父の面影は窺えず、アカネは観察を終了した。並んだボールペンが目に留まったので、そちらへ足を向ける。

 ルーズリーフの隣にレポート用紙を発見。それからホッチキスも手にした。

 レジに行ったら、雑誌を手にした桐臣が近くのデザートコーナーを真剣に見ていた。つと、こちらにアーモンド形の目が向く。

 まるで一緒に買い物に来たかのように、あのさ、と桐臣は話しかけてきた。

「イダテンは、西コンビニ行ったことある?」

「……ここは、東になるのかな」

「うん。マップに出てるこの都市のコンビニは、東西の二店だけだろ」

 マップにはどちらも〝桜コンビニ〟としか出ていない。

(それより、イダテンって韋駄天か? どういう脈絡で出てきた)

 ささやかに混乱しながら、アカネはレジで商品バーコードを読み取らせる。NPC店員はにっこり笑って立っているだけなので、セルフサービスである。脇にある箱型の機械に金額が表示されたので、千V札を入れた。

 品物を入れたレジ袋を片手に引っかけ、じゃらじゃら出てきた釣銭を財布にしまうアカネに、桐臣は生クリームと蜜柑とサクランボの添えられたプリンを掲げた。

「今日初めてこっち入ってみたんだけど、西では売ってないんだよ、こんなの」

「へぇ」

「差別だろう、女子寮の近くは限定デザート揃えてるなんて」

 桐臣はあどけなさの残る顔をむくれさせたが、アカネに文句を言われても困る。

「限定が見つかって良かったね」

 当たり障りないコメントを残してアカネが外に出たら、桐臣も()を置かずに出てきた。

 雑誌とプリンを手にした姿に、面食らう。

「え――お金払った?」

 桐臣は店を一瞥してから胸を張った。

「このゲーム、万引きできるんじゃないかって前から気になってたんだ。一人じゃ勇気出なかったんだけど、どうやらできちゃうみたいだな」

「いやいやいや、通りすがりの善良な一小市民を妙な勇気の口実に使わないで!」

「回りくどいな。ゲームでくどくど言うなよ」

「言うよ! ゲーム以前の問題でしょうがっ」

 ツッコミを入れているうちに、桃姫☆の件を思い出す。

 きっと拙い。否、絶対に拙い。するっとやらかしてしまえるのはこのゲームの罠なだけで、ペナルティが無いとは考えられない。

「姉さんのゲームコレクションに、店の品を泥棒できるのがあるんだぜ。盗んだ瞬間に店主が襲いかかってきて、犬も湧いて、わんさか追い駆けてくるんだけどさ」

 つらつら語る桐臣の薄い背を、アカネは店へ押した。

「いいから返すか、お金払って! 晒し者になりたくなきゃ、戻れ!」

「プリンの分持ってない。貸して」

「友達とは金の貸し借りしないことにしてんのっ」

 口早に突っぱねながらアカネが更に店へとひと押しすると、自動ドアのガラスに映った桐臣は、ちょっと驚いたような顔をしていた。次いで、何故か泣きそうに口許を緩めたように見えた。

「解った、プリン返すよ」

 肩越しに振り返った顔は、不貞腐れたように口を曲げている。アカネは離した片手を軽く上げた。

「よし。じゃね」

「え、ホントにイダテンだな」

「何なの、そのイダテンって」

「待っててくれたら教える」

「ちょっと気になった程度だから、敢えて知らなくてもいいや」

「ぅお、そこは食い下がれよ!」

 慌てたように桐臣は店内へ飛び込んでいった。

 これ以上おかしな事に巻き込まれるのは御免だから、アカネはさっさと女子寮に向けて歩き出す。

 辺りは、点灯した街灯がやけにまばゆく思える薄闇に包まれていた。時刻のバーは薄い紫色。夜の時間帯になっている。

 夏場にしては、つるべ落としのように、すとんと日が暮れるものだ。

〝もう少しじわじわ暮れてほしい〟なんて、どうでもいい要望を運営に出してみたくなる。

 たたたっと足音が追って来て、桐臣が大袈裟に息をついた。

「イダテン、ホント速いよ」

「歩くの速いってだけで韋駄天? 初対面なのに、おかしなあだ名つけないでよ」

 不明瞭になっていく道の先を見据えたまま、アカネは苦情を投げる。桐臣は鼻を鳴らした。

「オレが命名した時は、走ってたよ」

「え?」

「何てこったーい! って弁当屋の前でムンクの絵の真似をして」

「え……?」

「あっと言う間に商店街のアーケード(arcade)を走り抜けて行った」

「……なんだって……?」

「あの日、何やってたの。オレが行く先々で、ぎらぎらした目で店頭を物色してるの、目撃したけど」

(真面目に職探しをしていたわたしの方が、万引き未遂犯より犯罪者風なのはどういうわけだ)

 街灯の柱に頭を打ちつけたい気になったが、アカネはこらえる。

 桐臣は、雑誌もプリンも戻してきたようで、何も持っていなかった両手をズボンのポケットに突っ込んだ。

「このゲーム、殆ど現実と変わりないじゃん? オレ、早々に飽きちゃって辞めようかと思ってたんだけど……なんか一生懸命やってるイダテンを見かけてから、完全に辞めるのも勿体無い気がしちゃって、かれこれ一ヶ月だよ」

 こっちの学校は勝手に動き回れるし好きな科目だけできるし、と付け足したところからして、桐臣は現実できちんと通学している同年代のようだ。

 アカネは肩をすくめた。

「あんたが見た時はバイト先探してた。一緒にテスターしてる家族がそんなにインできないから、Vマネーを家族の分も稼ぎたかったんだよ」

 ふぅん、と桐臣は興味深そうな音で相槌を打った。

「オレの姉さんもこのゲームやってるよ。海外の学校に翻訳無しで突撃して、一日でギヴ。オレを巻き込もうとしたけど断固拒否った。で、姉さんは結局、Rコイン使い切り」

 そういえばこのゲームはエリアが三つあるのだ。〝日本〟、〝海外〟、〝?〟。設定を急いだアカネは詳しく見なかったけれど、海外は英会話ができないと困難だと注意が出ていた。完全翻訳アイテムは一万Rコインだった筈だ。

「じゃあ、お姉さんはあっちの学校で遊んでるんだ?」

「あっちの人に囲まれて鼻の下伸ばしてるよ」

「……そういう楽しみ方もあったのか」

「そういう目的で言葉の違うエリアが作られたとは思えないけど」

 翻訳アイテムを使わなかったら、仮想留学体験になるのだろう。

 合点するアカネに、桐臣はためらうように目を流した。身長差が無いので顔が近い。薄暗い中なのに、茶色がかった黒い瞳がやけに澄んで見えた。

「イダテン、あのさ……」

 その呼び名、気に食わない、と遮りかけたアカネの耳が、明らかに人と違う足音を捉えた。振り返ると、犬らしき影が向かってくる。

 迫るソレは、何故か激しく吠えていた。アカネは別段、犬嫌いではない。けれど迫力に気圧される。

「え、何――」

「げ、夜が半分過ぎてた」

 桐臣が口走った。「イダテン、笛は!?」

「ふぇ?」

「無いなら走れ! オレも無い!」

「えぇえええ!?」

 ガゥガゥッ、と吠えたてるや、真っ黒い犬が飛びかかってくる。声を上げてアカネは桐臣と同時に走り出した。無我夢中だ。

 人が犬より速く走れるとは思えないのだが、それでも必死で駆ける。

 バゥバゥと追ってくる声に背を向け、走る、懸命に走る。仮初の身体なのに、息が乱れる。

「なんっ――なんだぁああああっ」

 アカネは、自分と同じく足を動かす少年を詰問した。「あんたっ、プリン、食い逃げしたんじゃないでしょうねっ!?」

「食ってねーよ!」

 桐臣は喚くように応じた。「知らっ、のかよ――っ、夜に町中居るとっ、犬や鳥が出るんだよ、このゲームっ」

「――っんだってぇえええっ?」

「ガキがっ、うろうろすんなってことだろ――っ」

「説教くさっ」

(ていうか、最初にアイテム欄にあったホイッスルは、これがあったからかー!)

「笛なんか早々に売っちゃったよぉおーっ」

 叫びながら、アカネは桐臣と女子寮まで走り通したのだった。

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