学園祭の夢一夜
宮園高校の生徒会選挙は、『青春Playing』の学園祭イベントと期間がばっちり被っていた。
それでも連休が挟まっていたので、朱音はようやく気晴らしができそうな期待を胸に、昼過ぎ、ログインした。
(えー……)
どこでもフォンに並ぶ友達の名前に、アカネは口をすぼめた。
灰色が多い。
今日は二番手の桜高校が開催場所になっているのだが、〝ウッチ〟も青じゃない。作品展示だと、ログインしている必要は無いのか。
ミクママが青色だったので、縋る心地で電話してみた。
桜高で、ケーキカフェの出張店員をしていると言うことだった。来て来てー、と元気な声に誘われ、アカネはいそいそと向かう。
歩き出せば、いい天気だが風がひんやりとしていた。
ゲーム内も秋から冬に向かっている。
アイテム欄から、久々のブレザーを取り出して着込んだ。クリーニングに出していなくても無問題なのはありがたい。
通りを歩く人の姿はちらほらあり、学校へ近づくほど増えていく。みんながみんなログインしていないわけではない。
葉の落ち始めた桜が囲む門を通過すると、視界の端に小さくお知らせ窓が出現した。参加クラブの一覧が載っているので、クッキングクラブを選択すれば矢印が方角を教えてくれる。
案内に頼らず見て廻っている人達も居て、楽しそうな視線を投げつつ、喋りながらすれ違って行く。
(わたしも誰かと廻りたいなー……)
現実の文化祭は、出店や作品はろくに見物できず、ゴミの山ばかり見ていたような……
その事実に愕然となりながら、アカネは二階の一教室に入った。女の子の声が複数で、いらっしゃいませー、と迎えてくれる。
「アカネーっ、久しぶりぃ」
メイドコスチュームで、ミクママが銀色の盆を胸元に抱えて駆け寄ってきた。一児の母とは思えない可愛さだ。ハーフアップにした明るい茶髪にヘッドドレスが合っている。フリルどっさりの白いエプロンは、ワカがクラブポイントで貰ったヤツに似ていた。
女性客だけでなく、男子のグループ客が、広くない教室に三組も来ている。メイドさん効果か。
ミクママが窓際のテーブルを勧めてくれて、赤いリボンの結ばれた椅子にアカネは腰かける。
教室の中は、手作り感のあるカフェになっていた。いかにも学園祭だ。
「可愛い内装だね」
教室の机を何個か合わせて布を掛けてあるテーブルに、アカネは口元をほころばせる。
「それっぽいグラフィックだよねぇ」
「ん? 内装は自動か」
「そそ」
「いぃなぁああ」
しみじみとアカネは漏らす。「リアルの文化祭、内装系は死にそうだったよ」
ミクママは笑声を上げ、メニューを手渡してくる。
「アカネの学校は終わったんだね。ウッチのトコは今日、明日らしい」
「ぅあ、それで居ないのかぁ」
「ウッチはリアルでも書道部で作品展示らしいよ。一年生と言っても、あっちではサボれないだろね」
どの一年だろうと浮かんだら、ミクママの艶々リップが弧を描く。「大学ね」
「――ウッチ、大学生だったのか。それっぽい気はしてたけど」
彼女は中高生とは違う落ち着きを醸していたから、納得だった。
これはわたしのお手製、とミクママがパンプキンパイを示したので、アカネは紅茶と一緒にソレを注文した。前払いだ。
ほどなく、ミクママが二人分持ってくる。
アカネの斜め隣に座り、ミクママは休憩にシフトしたようだ。
しっとり甘いパンプキンパイは、一口大で食べ易かった。多分、娘さんのお気に入り。
ワカの事を聞いたとミクママは口を開き、しんみりと、大事にならなくて良かったよね、と言った。
「ウチのオ義母サマに起きた事だったら、無事だったのかよと舌打ちするとこだけど、ワカさんはホントに良かった」
「ちょいリアクションに困るけど、うん」
「うへへ。今日、旦那は娘を連れて旦那の実家に行ってるけどさ、わたしはパートで抜けられないって断ったさ。メイドというパートだけどな! ふはははは」
(そういや、あの女性も夫の実家に寄りつかなかったなぁ)
アカネは複雑な心地で、パンプキンパイをつまむメイドさんを見やる。
頬張っていたパイを飲み下すと、ミクママは目を細めた。
「アカネは、現役高校生だよねぇ」
「うん」
寸時迷ったが頷く。学年まで言うのは避けた。
ミクママは頬杖をつく。
「オミは?」
「知らない」
今度は即答する。ちょっとだけミクママは目を見張った。
「アカネにも言ってないのー? あの子、意外と謎だね」
「うーん?」
「ガキっぽい気もするんだけど、歳を言わないんだよなぁ。ネット上で付き合い浅い内からほいほいリアルの歳を言ったり訊いたりしてくんのは、幼い人が多いじゃん。その点、オミは当て嵌まんないんだよね」
「変なおじさんかもしれないなとは、思ったことあるけど」
ぶっ、とミクママは紅茶を噴いた。テーブルクロスに染みが出来たが、瞬時に消えていく。
「じゃ、オフ会なんかある時は、気をつけなきゃね……ぶふっ」
アカネは眉を上げる。
オンラインでなくオフラインで会う――言葉として知ってはいたが、今まで自分には無関係で、思いつきもしていなかった。
「オフ会の話なんて出てるの」
「無いよ。でも、何だかんだ半年投げずに付き合ってきた同士だから、誰か計画立てたら参加してもいいなー」
「うん――わたしも、ちょっと興味あるかも」
クローズドβ以降も仮初めの関係を積み重ねるのはためらうけれど、仮想を現実へ手繰り寄せることができるなら……
「こういうの調整して纏めるのはウッチが得意だけど、どうかな、あの子、予定が立て込んできてるみたいだったから」
「……そか」
現実で仲間達と、会いたいような会いたくないような。
ゆらゆらと、あやふやな気分でアカネは応じた。
他にも店員をしている子が居たからか、ミクママはその後、アカネに付き合って学園祭を巡ってくれた。
カフェを出た途端に光の速さでメイド服からセーラー服になったのには、ややびっくりした。どうやら、そういう仕様になっているらしい。
先ずは書道部の展示教室へ行って、うっちーの作品を鑑賞した。屏風大の大作だ。大きな四角い印鑑に使われているような字体で、漢詩らしきモノが書いてあった。筆で書けるものなんだなと感心する。後になって、隷書体と言うのだとうっちーから教えてもらった。
現実で体験できなかった、露店での食べ歩きもする。この辺は仮想現実万歳である。ころころパンプキンパイを食べた後でも、食べたければ食べられる。
たこ焼きに息を吹きかけたら青海苔と粉鰹節を派手に撒き散らしてしまって、ミクママに大笑いされた。
アカネがいちいち出店やパフォーマンスに喜ぶものだから、そのうちミクママが不審がった。
「リアルの方、つまんなかったわけ?」
「やー、裏方で、見て廻れなかったの。会計報告は上々だったみたいだから、いいお祭りにはなってたと思う」
「嗚呼、馬の脚や白鳥の水かきみたいなもんね。お疲れ」
「うははは。今日はミックのお蔭で命の洗濯できたよ」
「若いのに、もう洗濯か」
笑み混じりにミクママは言う。
時刻バーは昼Ⅲから昼Ⅳに変わり、現実でも午後三時から四時へと移行していた。
ミクママの夫君と娘さんは日帰りだそうだ。最後に何見ようか、と参加クラブの一覧を開く。
「お、読書部がある。何を出してるんだろ」
アカネの呟きで、行ってみることになった。教室へ矢印が向いたので、やはり展示系だろうか。
歩きながら、桐臣が読書部と知ったミクママは驚いていた。
「謎が深まったわー」
「読むのは漫画でもいいみたいなんだけどね」
「ははぁん?」
図書室の隣の教室だった。誰も居ない。
【秋の夜長に読書部お勧めの一冊】と壁に貼られている。棚に、表紙を向けて十数冊の本が並んでいた。
「あ、これ、ウチの子も好き」
絵本らしき一冊を指差し、ミクママが小走りに向かう。「うんうん、同感同感」
『バムとケロのにちようび』という題名を見ながらアカネが横に並んで目を落とすと、本の傍に推薦者とコメントが書いてあった。
桜花高校生の出張出品だ。熱烈な長文感想と共にプッシュしてある。【本日日曜に如何でしょう。】と、お茶目に〆ていた。この人は日替わりで出品作を変えていそうだ。
展示されている本は、全て借りられるようになっていた。
漫画もあれば、ウケを狙ったのか広辞苑もあった。
どちらも推薦者は桐臣じゃなかったので、あれぇ? と二人で笑いながら首を傾げる。
漱石の『夢十夜』があり、え、とミクママが声を上げた。アカネも、まじまじと推薦者の名を見てしまう。
【桐臣(桜井高校)お勧め
第一夜を。】
コメントは一行きり。
確か、一話目は切なかったような気がする。
ミクママが文庫本を手に取り、その場で読み始める。アカネもうろ覚えだったので、横から一緒に目を走らせた。短い作品だ。
端的な描写が、幻想的な世界を作り出している。
亡くした女性を、彼女の言葉を信じて百年待つ男。やがて騙されたのかと感じれば、百合の花が匂い立つ。思わずその白百合に口付けた時、百年は経っていたのだと彼は知る――
ミクママが、静かに本を閉じた。
「桐臣って名前の人、オミの他にも居たんだね」
「その発想は無かった」
失笑しかけて、アカネは口元を覆う。
ホントに変なおっさんなのかもなぁ……と、制服のピンクのスカーフを弄りながら、ミクママは洩らしていた。




