おっ買い物~おっ買い物~
「うっわ~でっけぇ」
赤ん坊の頭くらいの大きさのトマトを掲げて、アリィは目を見張って感嘆の声をあげた。
フォーチュン市の朝市は、小規模のものなら大抵毎日開かれてはいるが、月に二度、ほぼ全コロニーの品物が集まる、大きな市が立つ。
三人はそんな大市にやって来ていた。
「色もいいし、甘そうだ。このまま食べてもいいくらいだ」
アレクスは彼の隣で、にこにこと評価した。
アースの野菜でもこれほどいい物はなかなか手に入らない。それがアースよりずっとずっと安いのだ。加えて、野菜も果物も香辛料も、種類が多い。
「これ何?」
野菜がいっぱい入った袋(これは家から持参してきた特大サイズだ)を持って歩きながら、ふとアリィが目を留めたのはバスケットボールほどの大きさの、丸くて緑色の何かだった。
「これは……。アルゴルの果物だったか?」
「ああ」
アレクスが問いかけたのは、両手だけでなく背中にも食材入りの袋をしょったエゼルだ。エゼルは一つうなずいて、すらすらと言葉を紡いだ。
「アルゴル連邦内の、トロピカル惑星ホロズンの南方で夏にのみ収穫される果物だ。果肉は白く、甘みが強い。主成分はビタミンB、C、E。タンパク質分解成分を持っている。名前はアースの言葉に翻訳すると……」
そこでなぜかエゼルは黙り込み、黒髪の父と子はそろって目線で続きを促した。やがてエゼルは、視線を逸らし口を開いた。
「――『堕天使の血肉』という」
父子が絶句したのは、二重の意味でだった。
三人は何とも言えない表情のまま視線を交わし、誰からともなくその場をあとにした。
「……まあ、アースにも『龍眼』って果物あるしね……」
「……柘榴は人の血の味がする、といわれてたしな……」
アリィとアレクスが、自分たちを励ますようにつぶやいたのには、もちろん理由がある。
彼らは超がつくほどの大家族だが、最近新たに加わった青年がいる。彼は人間ではなく、背中に翼を持つ存在。しかし、アレクスとは対極にある堕天使だった。
『だった』というのは、彼が紆余曲折を経て翼の漆黒を消し去ってしまうという、前代未聞のことをやらかしたためだが、そういうこともあって、アルゴルの果物はちょっとしたショックを彼らにもたらしたわけである。
ちなみに。そのアザゼルという元堕天使は、現在アースの家で日々家事の修行にいそしんでいる。本人曰わく、『花嫁修業』だそうだ。
つくづく不思議な家だと、アリィは思う。
現役天使が三人(内一人は、一時的な滞在を主張しているが、きっといつか腰を落ち着けると彼は読んでいる)自称元天使が一人。天使もどきが自分を含めて三人。良くまああんなに集まったものだ。
そして、自分とも血の繋がった、新たに生まれる子供たち。その背にもきっと、空を目指す翼があるのに違いない。
アリィがしみじみと感慨に耽っている横で、すべての大元となった天使が、石畳のわずかな段差に蹴躓いてつんのめった。
「うわっ」
小さな悲鳴にはっとした息子が見たものは、コンマ何秒の早業で、野菜袋ともどもエゼルに抱き上げられた父親の姿だった。
「やっ……エゼル、大丈夫だから」
「お前は何もないところでも、普通に歩く方がめずらしい」
何やら大袈裟なことを言いながら、エゼルはアレクスと野菜袋を抱えて、すたすたと先へ行ってしまう。
「人が見てる……!」
「今更だ。もう三百年近いからな」
「降ろせって、エゼル!」
アレクスは抗議しつつ、じたばたと手を動かしているが、アリィは自分の表情が生暖かい笑みになっていくのを止められなかった。
父は、アリィの目にもはっきりわかるほど、本気でいやがってはいなかった。
ふと視線を転じれば、周囲の人々も生暖かい顔をしていた。素性も知らないが、この場の全員が自分と同じ気持ちなのだろうと彼は悟った。
「……まいっちゃうよな」
いちゃつく。という表現しかできないパフォーマンスを繰り広げる両親の後ろを、アリィは数歩だけ離れて付いて行く。
「って、アリィ他人の振りするなっ」
エゼルの腕の中でアレクスがわめいたが、息子は力なく苦笑を返すに留めた。
「お前が騒がないなら、こんなに人目は引かないぞ」
平然とエゼルがアレクスに言う。
「うっ」
途端に真っ赤なまま息を呑む様子が見えた。
それを見つめる息子の感想は。
「……うわぁ」
であった。




