父さんの飯は美味いんだよ。ほんとだよ、疑うんなら食いに来いよ
極めつけの幸せが、温かく食欲を誘う匂いと一緒に下で待っていた。
「うわーうまそう!」
歓声を上げるアリィを、台所から皿を運んでいたアレクスが振り向いた。
「長旅で疲れただろう? たくさん作ったから」
「うんっ!」
満面の笑みを返して、アリィも皿を運ぶのを手伝う。温かい匂いの正体は、深皿に満たされたシチューだった。
「父さんの料理久しぶりだな」
「そうだな。このにんじんは、エゼルが作ったんだぞ、たまねぎとジャガイモも」
「ええっ!」
軽い驚きに思わず声を上げ、すぐにアリィはくすくす笑い出した。
「ここでは、夕飯の買い物なんて頻繁にできないからな」
野菜類は、初めの半月は買出しに頼るが、即座に畑を耕しなおしたエゼルが、新鮮な野菜類を栽培してくれるのだそうだ。
さすがに家畜を飼って肉を作るには、二ヶ月の滞在は短すぎるから、肉類だけは近隣の酪農家から野菜と交換してもらうか、アリィも通過してきたフォーチュン市の朝市に行くのだそうだ。
「あそこの市は、フォークロアコロニーの大半の農家が店を出すから、肉や野菜や香辛料に果物だって、手に入らないものは無いんだ」
晩餐の話題はもっぱらここでの暮らしぶりに関する事だった。
アースではファンタジー小説や、歴史の教科書にしか無いような話ばかりで、その上話好きで聞かせるのが上手い父の話術とくるから、息子としてはもう目を見張りつつ聞き入るばかりである。
「すごいなあ。市場のばあちゃんたち元気だねえ」
市に荷物を持って店を出すのが、農家のご隠居の役割と聞いたばかりである。あんな乗合馬車やバスを乗り継いで大荷物を背負っていくなど、アースの年寄りには想像もつかないだろう。
「明日、一緒に行くか?」
隣に座ったエゼルが、話の切れ目にそう提案してきたのは、本当に効果的だった。
「行く行く!」
好奇心旺盛な少年は、一も二もなくうなずいた。
「それじゃ、明日は早起きだな。夜明け前出発だぞ」
「うん。大丈夫、部活で朝練もやってるし」
もともと健康優良児で、活発な方だ。
うきうきしているアリィを、実父は苦笑しつつ見返してくる。
「だったら、早く休んだほうがいいな。――でも」
食器を持つ手を止めて、アレクスはゆっくりと微笑んだ。
その笑みが、心底幸せそうでアリィは思わず見とれた。
「なんだか嬉しいな。アリィとも一緒に行けるのは」
しみじみと呟く父に、息子もまた深く頷き返す。
「俺も嬉しい」
そんな家族の様子を、やはり穏やかに微笑みながら、エゼルが静かに見守っていた。