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違うぞ! 俺は別にファザコンじゃねぇからなからな!

「アリィ!」

 その第一声は、事実が期待よりも素晴らしい事を教えてくれた。

 息子を二回りほど大きくした実父が、玄関を開くなり飛びついてきたからだ。

「よく来たな。待ってたぞ」

 そう言って頬に暖かな歓迎の挨拶が贈られて、アリィは満面の笑みで実父の頬にお返しを贈る。

「父さん、元気そうでよかった」

「お前が来るのに、寝ていられるか」

 嬉しい言葉だったけれど、アリィはわざとからかうように言ってやる。

「だけど、あんまり無理したら父ちゃんがいてもたってもいられないんじゃないの?」

 次の瞬間、アリィの予想通りアレクスは赤くなった。その様は、息子の彼から見ても正直とても愛らしい。

 恋人が五人もいて、さらに子供を六人も育てているのに――もちろん自分では産んでいないが――なぜいつまでもすれた感じがしないのか。

(まいっちゃうよな……)

 胸の内でのアリィの呟きは、そんな実父に対する感想でもあったが。

「熱はどうだ?」

「大丈夫だって……」

「いや、少し今朝より上がっている。もう横になったほうがいい」

「けど、アリィが来たのに」

「アリィはしばらく滞在する」

 有無を言わせず、エゼルはアレクスを横抱きにして、ずんずん奥へ入っていってしまう。アレクスも文句を言いつつ、頬を染めた横顔は面映ゆくはにかんでいるように見える。多分、実際少し嬉しいのだろう。

 残されたアリィは、肩をすくめてスーツケースをコテージに運び入れた。

  

 アリィに用意されていた部屋は、自宅と同じ屋根裏部屋。

 どうも彼の家族には『男の子は屋根裏部屋が好き』という固定観念があるらしく、今はもう下の階に部屋を持っている稀胤(ケイン)(ゲン)、果ては閖吼やその父、アリィがじっちゃんと呼ぶ(勿論見た目と躰体年齢は青年から出る事は無い人なのだが)津川滉も、今アリィが使っている自宅の屋根裏部屋の住人だったらしい。

 まあ、ここの部屋は屋根裏というよりも、吹き抜けになったリビングの暖炉の上に作られたロフトという感じだ。煙突が真ん中を通っているのと、リビングから上がってきた暖気でとても暖かい。

 箪笥代わりの長持ちにスーツケースの中身を移し変えながら、アリィは下のリビングを眺めた。

 暖炉を中心にして手作りらしい椅子や長椅子が置かれ、その上にクッションやムートンが掛けられている。

 きっと、椅子はエゼルが、クッション類はアレクスが作ったのに違いない。

 自分がこの世に作り出される遥か昔から、二人は毎年二ヶ月を此処で過ごしてきた。

 使い込まれた家具を見下ろしながら、アースで暮らしている家とはまた違う、二人だけの生活を垣間見た気がした。


「片づけは終わったか、アリィ」

 下からエゼルが声をかけてきた。

「うん、父ちゃん」

「降りてくるといい。家の話も聞きたいしな」

「相変わらずだよ」

 くすりと笑って、アリィはすたすたと階段を降りた。

 下に行くと、エゼルが紅茶を淹れていてくれた。勧められるままアリィは長椅子に座る。木でできているが硬いことはなく、とても温かな感じがする。

「これ、父さんの羽根入り?」

 手近のクッションを引き寄せて、冗談めかして問いかければ、エゼルは小さく笑って首を横に振った。

「すべて綿が入っている」

「そっか」

 アレクスの羽根は、彼がひどく落ち込むとはらはらと抜け落ちる。天使全体の特徴らしいのだが、ただ捨てるのはもったいないからとそういうときは抜けた羽根でクッションを作ったりぬいぐるみを作ったりするのが家庭内での慣例となっていた。何しろ、天使の羽根はたった一枚でも効力絶大のお守りとなるのだ。アースの実家には、そうやって作られてきたクッションだのぬいぐるみだのが山のようにある。

 しかし、ここにそういったクッションが一つもないということは、裏を返せば。

「へへへ」

 思わずにんまりしてしまって、アリィはあわててごまかした。

 ここでの生活は、本当に両親にとって幸せそのもののようだ。

 倦怠期でぎくしゃくとした二人を、どうして閖吼が此処に送り込み、様子を知りたがる家族にも連絡をする事を止めていた理由が、なんとなく判った気がした。

「お前が来たのは、閖吼の具合もあるのだろう?」

 静かな声で問われて、アリィは隠す気も無いからこくりと頷く。

「うん。きっとさ、一番心配していたんだと思うよ。ずっと熱が下がらなかったんで、レムオールが付きっ切りでさ。それなのに夜中には窓から星見ていたよ」

「そうか」

 エゼルの大きな手が、ゆっくりとアリィの頭を撫でた。何度も何度も。

 口数の少ない父の想いが、掌から伝わってくるようで、アリィは目を閉じた。

 閖吼は、エゼルとアレクスの不仲の原因をひたすら自分だと思いこんでいた。それ故に、もともと丈夫でない身体をこわし、長く伏せることとなったのだ。

 エゼルにとっても、閖吼は大切な友である。エゼルが、心を痛めているのが――アリィにも伝わってくる。

「父ちゃん……」

 おずおずと、アリィは上目づかいに養父を伺った。

「言葉に気をつけて伝える。心配しなくていい」

「……うん」

 聡く悟ってくれたエゼルに、ようやくアリィも安堵した。

 アレクスはいつも閖吼を気にかけて、心配して心配して、やつれてしまうことがままあるから。

「みんな、優しいよな……」

 呟いて、アリィは膝を抱える。

 閖吼も、父も、エゼルも、そして他の家族たちも。

 自分よりも相手を思いやり大切にする。

 夢に見て、憧れていた家族。手に入れたものは、夢の何倍も素晴らしかった。

「俺……幸せだよな」

 つい感傷が口から漏れて、少年は思わず真っ赤になった。

「えっと……あは」

 慌てて照れた笑いでごまかそうとしても、微笑を深くしたエゼルが、また頭を撫ぜてくれる。

 アリィは顔を膝で隠したまま、その手を受けていた。

 どうも夕方からこっち、昔の宿無しの頃と今とを比べてしまう。

 そして今の幸せに、泣きたくなるほど嬉しくなるのだ。


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