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第五幕中盤。

詐欺師が連れて行かれた後、わっちが人垣を離れようとしたらぱちぱちと拍手が聞こえた。その視線を追うと、笑顔を浮かべた侍女と目が合う。


「お見事でございます、コスモス様」


「うむ。我ながらよく立ち回ったと自負している・・・・・・って」


わっちは侍女を見た。

今頃、わっちを探して町中を走り回っているはずの侍女を。


「あー。主が一体何者かは知らぬが、わっちはコスモスという名ではないぞ。そうそう、先ほどわっちによく似て美しい金髪の可憐な少女が大通りで鳥の串焼きをほおばっているのを見かけたぞ。人探しならそこらへんを探してみたらどうじゃ?」


「ええ。たしたにコスモス様は大通りにいたでしょうね。実は私も、串焼き屋のお婆さんに貴方のいる場所を聞いてきたんです」


とっさに誤魔化そうとしたわっちに侍女は満面の笑みを返す。

この侍女は怒っているときしか笑わないのだ。


「くっ。よもや婆が敵に回るとは思っておらんかった・・・・・・油断した!」


裏切りは国をも滅ぼす。わっちは敵に回ったかつての戦友(とも)に涙を流しながら、戦線離脱をしようとして――― 


「その人を捕まえなさい!」


鋭い侍女の声で反応した周囲の人々に捕まえられた。

ごっつい腕に拘束されたわっちは、抵抗できない猫のように侍女の前に連れてこられる。


「わっちは何も悪いことをしてないぞ!ええい、放せ、わっちを自由にしろ!ライヒビ王国王子、イーマ・ライヒビの許婚としての、これは正式な命令じゃぞ!?」


怒鳴り散らしてみるが一向にその腕は離れようとしない。


「あきらめてください、コスモス様。叫んでも助けなんて来ませんよ」


「何じゃその悪役のような台詞は!・・・・・・ぬしらも傍観しとらんで助けんか?!」


わっちが叫ぶが誰も助けようとはしない。かっぽかっぽと馬車が道を走っているが、特にわっちたちに関心を示さずに通り過ぎていってしまった。その後ろに続く馬に乗った兵士達も硬い表情のままわっちをあえて避けるように進んでいく。


「コスモス様。みなさんは、私に逆らう事がどういうことか本能的に理解しているのです。底知れぬ恐怖と共にあるこの方たちに今の貴方の声は届きません」


「き、貴様、魔王か何かだったのか!?」


愕然とするわっち。

と、そのとき先ほどわっちたちの前を通り過ぎた馬車が止まって人が飛び出してきた。

ぱあっ。とわっちの顔が明るくなる。助けがきたのだと思ったからだ。


「えーい!放せ、あたしを自由にしろ!」


だが、馬車から出てきた人影、もとい少女はついさっきわっちがはいたのと同じような台詞を吐くと、すぐにごっつい兵士に捕まって再び馬車の中に放り込まれた。

暫し、きょとん。

突然現れて突然去っていった馬車に、わっちは視線をむける。


(あの少女、顔が黒かった)


顔の右頬の部分が、まるで腐ったような色をしていた。顔が黒い人間の話など聞いた事も無い。

それに、あの少女は両手に枷をはめられて目隠しまでされていた。あれがイーマだったというなら解せる。城を抜け出したイーマが手枷をはめられて宰相に連れ戻されるのはいつもの事だからだ。

だが、突然の事態に唖然としたのはわっちだけだった。その間にごっつい男から侍女に引き渡されたわっちは、ずるずると城のほうへ連れ戻されようとしていた。


「なっ!いつのまに!!ええい、放せと言うておろうが!おぬし、女の癖に何でそんなに力があるんじゃ!?」


ずるずるとわっちを引きずる侍女の力は思いのほか強かった。

彼女の体格からは到底これだけの力が出せるとは思えない。女性が筋肉をつけていいことは何も無い。


「いつもこうしてコスモス様を連れ戻している間に筋肉がついてしまったんです。コスモス様が悪いんですよ?」


なぜか疑問形で責められるわっち。

わっちの叫びもむなしく、やはり助けてくれる善良な市民はいなかった。


 ※ ※ ※


コスモス様はそこで暫く頭を冷やしていてください。

侍女にそういわれて部屋に閉じ込められてしまった。ご丁寧にドアには鍵までかかっている。

失礼な!!

これではまるで目を放したらわっちがすぐどこかに遊びに行ってしまうような無責任な道楽者のようではないか!

・・・・・・まあ真実なので怒りもわいてこないが。

やる事も無いのでベッドに寝そべる。

いま、脳裏を占めるのは馬車に乗っていたあの少女の事。今から思い返してみると馬車の後ろに続いた兵士の中にわっちの父である宰相の顔が混じっていたような気がする。

あの少女は何者なのだろうか?


(悪人、という雰囲気ではなかったが)


第一、それだったら出張ってくるのは城の兵士ではなく警備隊の連中のはずだし、囚人を護送するのにあんな立派な馬車は使わない。そもそも、父は王子と共に魔女の館に向かったはず。あと何週間か帰ってくる予定は無い。


(謎、じゃな)


わっちの口元がきゅっとつりあがる。こんなに面白い謎に出くわしたのは久しぶりだ。

胸が高鳴るほどの快感。今すぐにあの少女と話をしてみたい衝動に駆られた。


(楽しい。楽しいのに、なぜ!?)


何故、わっちはこんなところで閉じもめられておるのじゃろうか!

ベッドから降りて窓を開けてみるが、ここは三階。フェリンターナ帝国から輸入した高層建築技術によって建てられた城は、こういうときわっちに歯痒い思いをさせる。そもそも標高の高いところに立てられているため、ここからの見晴らしは絶景なのだが今はそれを眺める気にもならない。

再びドアに近寄ってみてチョイチョイと鍵をつつく。ちなみにこの鍵もフェリンターナ製。石と木でできた鍵のようにカーテンレールでぶっ叩いて壊すことは出来ない。


「これじゃからフェリンターナは嫌いなのじゃ。鍵がなくては開かない扉など造ってどうするというのじゃ」


侍女あたりがここにいたら「鍵がなくても開いてしまう扉など意味が無いでしょう」と突っ込まれそうだが気にしない。

再びベッドに突っ伏そうとしたとき、窓の外から視線を感じた。

つと頭を上げると、閉め忘れた窓の窓枠に茶色い子猫が座っていた。


「はて、城の猫ではないようだが」


城の猫はちゃんと管理されている。こんなところにいるわけが無いし、そもそも茶色い子猫などいなかったはずだ。

わっちは猫を脅かさないようにそっと近づいてから首をかしげた。

絶滅危惧種に指定されている猫を飼えるような場所は限られている。国王の許可が無ければ飼えないことから権力の象徴ともされるし、野良猫ということは無いだろう。


「ここから一番近いところで他に猫がいるというと・・・・・・魔女の館じゃな」


だが、魔女の館でもここから大人の足で五日。そこから来たとするには少し無理がある。

と、そこで気づく。その猫が鍵を咥えている事に。

そのうえ、その鍵がこの部屋のものである事に。

わっちの眼がキラーンと輝き、子猫がひるむ。


「一体どうしてぬしが鍵を持っているのか解からんが、おとなしく渡してもらおうか」


十分後、ムギャーという猫の悲鳴が城中に響き渡ったという。


 ※ ※ ※


あの少女の様子だと城の最上階の牢に幽閉されているだろうというわっちの勘は当たっていて、牢の一番奥に閉じ込められていた。城の連中はよっぽどこの少女の事を恐れているのか、わざわざ牢屋の入り口を気密性の高い金属の扉に付け替えたようだ。


「・・・・・・」


いざ少女と檻越しに相対して、わっちはかける言葉を見つけられずに困惑していた。

町で見た光景は見間違えではなかったようで、顔の右半分ほどが腐ったような黒で染まっている。それは少し吐き気すらももよおさせる色だったが、それがなければどこにでもいる普通の少女のように見える。

軽くカーブを描く麦色の髪は肩口で切りそろえられ、程よく日焼けした肌はこんがり焼けた鳥の串焼きを連想させる。

思わず涎が出た。


(旨そうだな・・・・・・って、いかんいかん。そういうことを考えに来たのではなかろうに)


横道に逸れかかった思考を慌てて修正する。

ジュルッと涎を飲み込むとその音でわっちの存在に気がついた少女が顔を上げ、慌てて壁際まで逃げる。なんだか、蛇に睨まれた蛙、というよりも猫に目をつけられた鼠のようなおびえた視線だった


「あ~、なんじゃ、これ、怖がらんでよい。わっちは別におぬしを捕って食おうとか、そんなことは思っておらんから」


まあ、おいしそうじゃな~。とは思ったけれど。


「ほ、本当に?あたしのこと、食べようとか思わない?」


「ああ。思っとらん」


少ししか。

不意に少女が瞼を下げた。

その様子は少し悲しそうだった。


「ねえ、あたしの顔、黒い?」


暫く悩むような素振を見せた後、少女はいきなりそんなことを聞いた。

わっちはまじまじと少女を見下ろす。


「黒い、というか腐ったような色じゃな。それがどうした?」


「あたし、腐死病にかかってるみたいなの」


「ま・・・・・・」


まさか。という言葉を途中で飲み込んだ。

イタカの村で腐死病が蔓延したのは、一月ほども前の事だったからだ。それ以来、腐死病の発生情報は入っていない。

一瞬、からかわれたのだと思い込もうとして、それから少女の瞳が真剣なのに気がつく。


「・・・・・・まあ、この質問はおいておこう。おぬしが仮に腐死病なのだとしたら今の病状について聞きたくも無いだろうし、わっちもそんな重苦しい話をしにきたわけではないのじゃからな。おぬし、名はなんと言う?」


少女は、むすっとした不機嫌そうな顔で「イングリット」と答える。


「ふむ。イングリットか。神聖語で『黄金の穂』、つまりは麦穂を表す単語だな。いい名じゃ。名づけ親は誰じゃ?」


わっちがそう聞くと、名前を誉められたのが嬉しいのかちょっと気を良くしたようなイングリットが答える。


「お父さん。まだあたしが小さいときに死んじゃったけど、旅をしながら昔の事を勉強するのがお仕事だったの」


「ほう、成る程なあ。神聖語など知っているものはほとんどおらんと思っておったが、戦乱期のことを学ぼうとすれば当然必要となってくる知識じゃからなあ」


この大陸には、四つの国がある。

森国ライヒビは、国土の八割を森に埋め尽くされた緑色の国。

砂国フェリンターナは、国土の十割を砂漠に埋め尽くされた土色の国。

水国ミレイアは、国土の十割を水に埋め尽くされた青色の国。

氷国ハルファナは、国土の十割を氷に埋め尽くされた白色の国。

大陸をきれいに四分割したような国土分布は、ここ千年、全く変わっていない。

また、この世界における基本原則というのはいくつかある。

一つ。他国に一定期間以上留まろうとすると環境の違いに体が耐え切れず死に至る。

例えば、多湿な気候で育ったライヒビの人間が、乾燥した砂漠の国フェリンターナに住む事はできない。

一つ。自国だけで全てのものを賄える国は無い。

例えば、フェリンターナは穀物の需要を百パーセントをライヒビに頼っているし、ハルファナは肉の需要の百パーセントをフェリンターナに頼っている。

一つ。戦乱期に比べて、何かを欲するという人間の欲望が明らかに小さくなっている。

例えば、権力を手にするために権謀術数を廻らそうという人間はいない。「とりあえずご飯食べるのに困らないなら別に権力なんて無くても良いや~」という人間ばかりになってしまった。

一つ。宗教や神といった概念が無くなった。

例えば、死後の世界を信じている人など今の世の中にはいない。

一つ。言語が変化しなくなった。

例えば大陸のどこであっても共通語が通じるし、社会から隔絶された未開の村であっても言語に訛りは無い。

そんなルールが突如として発生し、この大陸が「平和」になってしまったのがおよそ千年前。今でもその原因を解き明かそうとするものは多いが、千年という期間は多くの記録を奪い去ってしまっている。

神聖語や古代語を勉強するのは貴族や、昔の事を勉強しようと志したものたちだ。


「?・・・・・・ふうん?そうなんだ」


わっちが説明すると、イングリットは始めて知ったというように小麦色の目をぱちくりとさせた。


「なんじゃ、おぬし、自分の父親が調べていた事の内容も知らなんだか」


「あたりまえよ。だってお父さんとお母さんが死んだのって、あたしが四歳のころよ」


少女はさらりと両親の死を口にした。どうやらそのことはイングリットの中ではあまり悲しい事ではないらしい。


(いい人たちに囲まれて育ったという事じゃろうな)


両親の死の悲しみを忘れさせてくれるぐらいいい人たちがイングリットの周りには集まっていたのだろう。そうでなければ両親が居ない悲しみは心に重くのしかかる。

だったら、そんな環境で育ったイングリットもいい子に違いない。

ただ、イングリットが腐死病だということはイングリットがイタカの村で育ったという事に他ならない。親が死んだときは村の人間の励ましで立ち直ったのだろうが、村の人間たちが死んだ今、誰がこの少女を励ますというのだろうか?


「それじゃあ、お父さんはどうやってお金を稼いでいたの?勉強をしているだけでお金って稼げるの?」


「いや、勿論ただ勉強をするだけでは稼げんよ。そういう昔のことに興味のある貴族や王族に雇われていたか、調査の過程で立ち寄った村々で商いをしたり、地方の子供たちに教育をしながら旅をするというのが一般的じゃな。要するに、千年前に何があったのを解き明かして戻りたいのじゃよ。戦争だらけの剣と流血の時代に」


イングリットが眉をしかめた。どうして平和なのに戦争などにあこがれるのか理解できないのだ。


「簡単に言えば怖いのじゃよ。同じ人間同士ならば言葉が通じで、言葉が通じなくても戦えば決着がつく。じゃが、今の平和は明らかに何者かの干渉によって生み出されたものじゃ。それが神じゃとは思わんが、神の様な力を持ちながら神で無いというのは神なんぞよりもよっぽどたちが悪い。戦う事すらも出来んのじゃからな。解かるじゃろう?努力してもどうにもならんことがどれだけ恐怖か」


イングリットは解からないように首をかしげる。目に見え無い敵も居ると言うのが理解できないのだ。


「この世界の歴史が、誤った歴史、つまりは誤史(ごし)と呼ばれるゆえんじゃよ」


「誤史?」


「正規の進化をしていない、神やそれに類似したものに干渉されてしまった間違った世界の事じゃ。もっとも、」


今を生きるものたちからすれば、間違った歴史だろうと正しい歴史だろうと関係ないじゃろうがな。と、そういってわっちは言葉を切った。

イングリットの顔を見るに完全に理解しようという努力を放棄していたからだ。

わっちは「ちと話が逸れすぎたな」といって苦い笑いを浮かべる。

ふと、わっちはまだ名前を名乗っていないのを思い出した。

ここまで話し込んでおいて、それは失礼だろう。


「名乗りを上げよう。わっちの名は、ナタリエル・テリテマ・ゲンテリリエール・トマコ・チェミエンス・ニャマラ・スズラヒ・レノハ・コスモスと申す」


「・・・・・・長いよ」

イングリットの突っ込みにわっちは苦笑した。


「わっちの故郷の町には名前を受け継いで継ぎ足していく伝統があるらしくてな。解かりやすく言えば、親の名前に新しい名前を継ぎ足して子の名前を作るのじゃ。じゃからわっちの名前は一番最後についたコスモスの部分じゃな」


ちなみにこのような長い名前を持つ文化は国中探してもわっちの故郷の村にしかないようだ。逆に言えば感心するほど長い名前の人間が居ればほぼ間違いなくわっちの村の人間だという事だ。

イングリットの村はどんな村なのかと聞こうとして、すんでで思いとどまった。気になるといえば気になるが今聞くのは逆効果だろう。腐死病という単語が出たからにはイタカの村の住人なのだろうし、イタカの村の住人ならば故郷の話などしたくないだろう。


(ああ、この大陸のどこでも共通する事が、もう一つあったな)


わっちは心の中で呟く。

腐死病は、この平和な世界にあって常に死の恐怖を忘れる事ができない四国(よんごく)共通の問題だった。


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