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第四幕。王子、イーマ



「なあ、魔女殿。聞いているのか?なあ!」


私が服を着てからしばらく、森の魔女ことハルは一人でどんどんあるいって行ってしまって、森歩きに慣れていないわたしを全然気遣う様子を見せてくれない。それがハルなりの照れ隠しなのはわかるのだが、こうもそっけない態度をとられると、知らない人が見たらまるでハルが私の事を嫌がっているかのように見えてしまうので止めてほしい。

まあ、そんなハルも愛らしいからといって、許してしまっている私も同罪なのだが。


「な~あ~、魔女殿~」


「・・・・・・」


「ま~じょどのっ」


「・・・・・・・・・・・・」


「まっじょどのっ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「魔女殿~」


とことん無視をされている。私はハルとおしゃべりをしたいしハルも絶対そうであるはずなのだが、ハルの場合その欲求は恥ずかしさで隠されてしまっている。

とりあえず、楽しいおしゃべりのためには目の前の女をふりむかせなくてはいけない。

私は固い決意をこめて、ぐっと手を握り締めた。

幸いな事に私はこの女の目を私に向けるるステキな魔法を知っている。

ただ、これは本来最終手段だ。

あまりに効果絶大すぎるので、普段は使わない事にしている。

ぴた。と私が足を止めて俯くと、気配でそれに気がついた魔女が怪訝そうにこちらを振り向く。

私はハルのことを、捨てられた子猫の視線でじぃ~っと見上げた。

思わぬカウンターアタックに、冷ややかな表情を浮かべていたハルが大いに怯んだ。


「・・・・・・」


じぃ~っと。


「・・・・・・・・・・・・」


ただ、じぃ~っと。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ひたすらにじぃ~っと。

ハルが目を逸らした。

勝った!

こほんっ。と、ごまかすように咳払いするハル。


「ええーっと、殿下。私としては殿下には早いところお帰り頂きたいのですが、まあさすがに貴方を一人でほっぽり出すわけにも行きませんし、貴方が振り払ってきたという宰相閣下以下お付の方々が到着するまでの間、森の館で休息をとることを認めます」


「素直に、私と一緒にいたいといったらどうだ、魔女殿?」


まったくもう、素直じゃない!

そこが、ハルの魅力なのだが。


「・・・・・・お付の人たちは、どこで振り払ってきたの?」


その間は一体何なのだろうか!?

まあいい。ハルの口調がフレンドリーなものに変わっただけでも、私は十分幸せだ。


「ここに一番近い村だが、それがどうかしたか?」


なぜだか知らないが、ハルの顔がほっとしたものに変わる。むしろ、どこまでも続く闇の中に一筋の光明を見い出した感じ。


「それじゃあ、一日ぐらいあれば追いつくわね」


ああ、なるほど。ハルはひょっとしたら少ししか私と一緒にいられないのかと気を揉んでいたのか。一日は確かに長くは無いが、決して短くも無い。

一緒にいたいにもかかわらず宰相たちが来たらすぐ帰ってくれなどと照れ隠しをして、なんてかわいいのだろうか、私のハルは!

だが、残念なお知らせがある。

今回、私は少しでも長い時間ハルと一緒にいたかったので馬車を使ってここまできたのだ。当然付き人たちも馬をあてがわれているし、宰相の目を逸らすためのおとりとして私の馬は付き人ともども村においてきてしまった。今頃は私の不在に気がついた宰相たちが魔女の館についているかもしれない。

私は歩調を落とした。ただでさえ慣れない森の中で歩きにくいところに、さらに意識してペースを落とすのだから亀の歩みのようにゆっくりな動きになる。もう照れ隠しに私を無視する事も無いらしく、ハルも私と歩調を合わせてくれた。館に着くまでが、私に残された幸せな時間だ。

こういうとき、時間がゆっくりと過ぎてくれればいいと思う。

ゆっくり、ゆ~っくりと。


 ※ ※ ※



「ところで、コスモスはどうしているの?やっぱりあのやんちゃは変わらない?」


暫く他愛の無い会話をした後、魔女殿は不意に思い出したように聞いてきた。コスモスというのは、あの宰相の娘で私の許婚の事だ。


「ああ。全く困ったものだよ。しょっちゅう侍女の目を盗んで城下町に出ては夜まで遊びほうける。仕事をすれば優秀なのに、その才能を仕事をサボる方法にばかり忌憚無く発揮させる。父親があれだけ堅物なのに、一体誰に似たらあんな性格になれるのだろうか」


私が溜息をつくと、共感したのかハルも盛大な溜息をつく。憂いを帯びた表情のハルに私が見とれていると、私のほうを見たハルが再度大きな溜息をついた。


「確か、あなたは鏡を持っていたわよね」


「うん?」


急に話題が変わった。


「まあ、王族というだけあって一応金だけはあるからな。魔女殿は持っていないのか?透貨一枚ぐらいの値段だが」


金属をこれでもかというぐらいピカピカに磨き上げる技術は、この国には無い。だから鏡は全部フェリンターナからの輸入品だ。

ちなみに透貨というのはダイヤモンドを削って作られた貨幣だ。国と国との間での商品取引は時にとてつもない額になってしまうため、到底重くてかさばる金貨などではやってられないという事で作られた信用貨幣なのだが、金属製の貨幣と違い、形や大きさがまちまちのダイヤモンドの原石を削って全く同じ規格を作らなければいけないというのは非常に困難を伴い、そのため透貨の値段というのは非常に高いものとなっている。

具体的に言うと、金貨一万枚で透貨一枚。

それこそ、透貨が百枚もあれば国家予算が賄える。

透貨を造るフェリンターナがその技術力だけでどれだけ甘い汁を吸っているかというのが伺える。

でも、ハルほどの収入があれば、鏡ぐらい持っていてもおかしくは無い。


「私は生憎。そういった外来品を買うツテがありませんもので。とにかく、鏡をもっているならば一度覗いて御覧なさい。コスモスさんが誰に似たのかわかるから」


よくわからなかった。

鏡はあくまで己を映すためのもの。それを覗いたところでコスモスが誰に似たのかという問いの答えが返ってくるわけではない。


「魔女殿の言っている事は、複雑過ぎるぞ」


私は苦言を申し立てた。


「似たもの夫婦ってことですよ」


やっぱり意味不明だった。


 ※ ※ ※


どんなにのろのろ歩いても、歩けば前に進むもの。

あっという間に、魔女の館が見える場所まで来てしまった。

長い歴史の中で、魔女の館が出来るまでの経緯というのは忘れ去られてしまったが、この色とりどりの館は、どう見ても悪趣味だと思う。

赤、青、白、黒、黄、紫、茶、灰、橙。

木々に囲まれている事を考慮したのか緑だけは使われていないが、森の中にあってそれは異彩を放っている。

構造はのっぺりとした平屋根造。一見住み難そうにも見えるが、階層式に地下に広がっているため案外住み心地はいい。

と、そこで妙な事に気がつく。

馬が、一頭もいないのだ。

ハルが家畜の類を好まないのは知っているが、宰相たちはここまで馬で乗りつけたはずだ。奴らは私が館にいると踏んでいるはずだから、私が馬の嘶きに気がついてこっそり逃げ出さないよう馬に猿轡をかませていたにしても、これはおかしい。

まだ奴らが到着していないのか、あるいは――― 


(とっくに到着して、私を捕まえるための罠をしいたか)


あるいは事情が変わって、一度この館に来た後私を置いたまま王都に帰ったという可能性も無きにしも非ずだが、そんな都合のいいことは無いだろう。仮にそうだとしたら、何が起きたのか私に伝達するために伝兵の一人ぐらいは残しているはず。よもや透貨のような高価なものを運搬しているのでもあるまいし、伝兵一人分の人員も割けなかったということは無いだろう。


「妙ね・・・・・・」


ふと、私の横にいたハルも呟いた。


「臭いがしないわ。ロッキンツォンは私たちが森の散策をしている間にケーキを焼くような事を言っていたのに」


ふっ。と辺りが暗くなった。一瞬遅れて、私たちは夕日が沈んだのだと認識する。

おかしい。何かがおかしい。

頭ががんがんと警鐘を鳴らす。急がなければいけないと本能が叫ぶが、何を急がなければいけないのかわからない。

暗くなって、魔女の館もその様相を変える。

派手な色で塗られていた外壁はのっぺりとした灰色に染まり、冬を前にして枯葉色になった芝生は人のいなくなった廃墟を思わせ、なめした動物の皮を張った薄暗い窓からは、本来もれてくるはずの生活の灯りがもれてこない。

ハルの足が、私を気遣う事を忘れかようにだんだんと早くなる。なだらかな道になったため歩きやすくなった私の足もそれにつられて加速して―――

玄関のドアを開けたとき、まるでそれが合図だったかのようにポッと灯りが灯った。

思わず安堵の溜息をつき、ハルと顔を見合わせる。

根拠も無く早とちりした事にお互い苦笑しながら、私はわずかに胸の中に残っている不安をそっと払拭した。

と、何の前触れも無くロッキンツォン顔を出した。


「あ、お姉ちゃん、お帰りなさい」


おそらくはこれが姉の前でだけ見せる素の表情なのだろう。ロッキンツォンはいつもの馬鹿丁寧な口調ではなく、幾分砕けたしゃべり方だ。

それにしても、普段ロッキンツォンはハルのことをお姉ちゃんと呼んでいるのか。

だとしたら、将来私はロッキンツォンになんと呼ばれることになるのだろう?

〝お義兄ちゃん〟・・・・・・か?


(それはなかなか、悪くない)


「お姉ちゃん、すぐに狼を呼んでくれる?」


思わずにやけた私を無視してロッキンツォンはいたってまじめな顔で言う。


「イングリットが宰相閣下に攫われたの。狼で追えば簡単に追いつくでしょう?」


「あ・・・・・・・・・・・・」


ガツンと、拳で頭を殴られたような衝撃。

宰相が腐死病の少女を見れば、どういう反応をするのかなど目に見えていた。

適当に人気の無いところに連れて行って殺そうとし・・・・・・いや、殺したのならば宰相たちがここにいない理由がわからない。それにロッキンツォンだって、腐死病の少女がどういう扱いを受けるかはわかっているだろうから、殺されるのだとしたらこうも落ち着いていられないだろう。

恐らく、腐死病の少女がこうも長い間生き残っている理由を調査しようとして、王城に連れ帰ったのだ。

私が来るときに乗っていた馬車ならば気密性が高いし、腐死病は空気感染で伝染する病気だ。城についてからも、人気の無い牢屋の密閉性を高めて閉じ込めておけば、感染の可能性は考慮に入れなくていいぐらいに低くなる。

ロッキンツォンの態度からして、腐死病の少女を城に連れ帰るように仕向けたのは彼女の入れ知恵だろう。彼女は、魔女が帰ってきてから狼で追いかけても十分間に合うと思ったのだ。私が魔女の館に来る時は、大抵徒歩だから。徒歩の人間になら、飼育されていない野生の獣でも簡単に追いつけると思ったから。

都合がいいなんてとんでもない。

途方も無く、都合は悪い。それこそ、運の悪さは数え上げたら切が無いぐらいだ。

たまたま、馬で来ていたこと然り。

私が館にいると思った宰相が、馬の嘶きを抑えるために猿轡をかませていて、そのせいでロッキンツォンが馬の存在に気がつかなかった事然り。

透貨よりも貴重な観察素材を運ぶために、宰相が伝言兵すらも割かなかったこと然り。

宰相が館にいると思い込んだ私が、張ると一緒に居る時間を少しでも稼ごうと館に帰るまでの時間を引き延ばしたこと然り。


「・・・・・・・・・・・・」


馬の速度ならば、ここから城まで半日だ。速度においては狼が勝っていても持久力においては馬が勝る。いくらハルでも、物理的距離と速度だけは覆せない。


「・・・・・・」


私は、ハルの服の袖をつまんで、謝った。

謝罪は後で聞くといって狼に乗り込もうとした魔女に、現状を説明した。

魔女の顔が、今までに見た事が無いほど鋭いものになった。


 ※ ※ ※


とりあえず私は準備をするから、貴方は狼に乗って追いかけなさい。城に着いたら、イングリットのために可能な限りの手を尽くしなさい。

そういうハルに急き立てられて、私は狼と共に闇夜を疾る。

一体何の準備をするのか、それを聞く資格は私には無い。

ただひたすらに、ハルのために駆けるだけだ。


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