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第八幕後編。

「命を救うのは、これで二度目でしょうかね?」


聞いたことがある声に呼び戻されて、あたしは目を開けた。城壁から落ちた瞬間にとっさに目を閉じたのだが、いつまで待っても体を砕くほどの衝撃はやってこなかった。

代わりに背中に感じたのは、ポカポカ暖かい手の感覚。

目を開けると、ほっとした表情のロッキンツォンさんが居た。


「ロッキンツォンさんっ!」


とっさにぎゅっとしがみつくと、ロッキンツォンさんは困ったように頬をぽりぽりとかく。それからあたしをおろして、「怪我はありませんか?」と聞いてきた。


「・・・・・・まったく。空から女の子が降ってくるなどという話はいまどき三流芝居でも取り扱わない話題でしょう。そもそも、受け止める側も女の子だとしたらこれから先どうラブロマンスを展開したらいいかわからないじゃないですか」


呆れ混じりにそういいながらも、本気でラブロマンスの展開方法とやらを思考しているロッキンツォンさんの顔はちょっとおかしかった。ぶつぶつと、「私は宰相とは違って両刀使いではないんですが」とか、「せめて年齢の差とか身分の差とか、そういう分かりやすい障害がないと恋は燃えませんよね」とか呟いている。

・・・・・・両刀使い?

恋愛をするには片方が剣士でなければいけない理由でもあるのかな?

ロッキンツォンさんは「まあ、いいでしょう。これについては今後の課題という事にして保留しておきましょう」といってあたしに向き直った。


「それにしても、貴方は何で空から降ってきたんですか?階段に見張りでもいて、逃げ出すことができなかったんですか」


「へ?カイダン?何それ?梯子みたいなもの?」


「……いえ、はい、まあ梯子みたいといえばそうなのですが………そうですね、貴方には高層建築物に関する知識がないんでしたね。帰ったらお見せしますよ、魔女の館の地下室に行くのにも階段が使われていますから」


「?ロッキンツォンさんの言うことはよくわからないわ」


私は目をぱちぱちとした。

ロッキンツォンさんは苦笑して、「帰ったらお見せしますよ」といった。

それからちょっぴり遠い目で私が閉じ込められていた牢屋を見上げてから、私のほうを向き直った。


「いま、私の姉が貴方を解放してもらえるように宰相に掛け合っています」


それが、ロッキンツォンさんがここに居る理由なのだということはすぐに分かった。


「私は傍にいても足手まといになるだけなので、城の中庭で暇つぶしをしているわけですが、とりあえず―――」


貴方が腐死病だということ、隠していて御免なさい。と、ロッキンツォンさんは頭を下げた。


「私にも、私の姉にも、ああいう事態は想定できなかったんです。貴方の村の事情を聞いていたので、もう少し貴方が落ち着いてから教えようと思っていたのですが、それが裏目に出てしまったことについては残念に思います」


「・・・・・・うん、まあ、いいけどさ」


怒る前に謝られてしまっては、あたしのほうから詰問することは出来ない。

ちょっと卑怯だと思った。


「つきましては改めて貴方の今の状況について改めて説明させていただきたいと思います。立ち話もなんですので、歩きながら話しましょうか」


まるでお役所仕事のようなロッキンツォンさんの言葉に、あたしは首を傾げつつもうんと頷いた。



 ※ ※ ※



結論から言えば、魔女の館で宰相閣下にロッキンツォンさんが言った事は真っ赤な嘘だった。あたしは腐死病に対する免疫など持って居なくて、腐死病の潜伏期間が終われば数日で死に至る状態らしい。

あたしは、特別ではなかった。

村の人と同じように、腐死病によって死に至る存在だった。


「姉と宰相閣下の交渉が終わったら、貴方に蒼人参を投与します。もう裏技が使えるような悠長な状況ではなくなってしまいましたし腐死病の潜伏期間は過ぎてしまいましたから」


「うらわざ?」


「姉が貴方に飲ませていた、苦いほうの薬ですよ。あれによって新陳代謝を抑えることで腐死病の進行を遅らせ、蒼人参が実る春まで持たせるつもりだったんです」


なるほどなるほど。

だからあたしが何の薬か聞いたときにも魔女さんは言い淀んでいたし、ロッキンツォンさんは惚れ薬だなんて言い訳したんだ。

……いや、惚れ薬はさすがにないと思ったけどさ。


「じゃあ、あのおいしいほうの薬は何だったの?」


「それはすでに姉が説明していると思いますが、あれはただの栄養剤です。魔女の館に来た当時の貴方の体調では到底固形物の消化は受け付けられなかったでしょうからね」


ふぅん。

あたしは、魔女によって寿命を延ばされてたのか。

結局は、腐死病で、生き残ることができたのは……あれ?


「ロッキンツォンさん。あたしが王都に居るって事は、ひょっとしてあたしから王都の人たちに腐死病が伝染してしまうって事じゃないんですか?」


「直接的に貴方から、という事はありません。宰相閣下の事だから貴方の居る場所には誰も近寄らないようにしていたはずですし、王都に来る途中はまだ潜伏期間でしたからね。運がよかったんですよ」


そっか。

何はともあれ、あたしから腐死病が伝染しなくてよかった。もしもそんなことが起きたらあたしはあたしが許せなくなってしまうだろうから。

それにしても、延命措置の方法があるんなら何で魔女は他の人に教えないんだろう?


「延命措置が取れる場合というのが限られているからですよ」


ロッキンツォンさんがあたしの心を読んだようにそういって、あたしは思わずびっくりしてしまった。


「延命措置が取れるのは、腐死病に感染してから一時間以内とか、そういうとても初期段階だけなんです。貴方のように潜伏期間である場合は特例としていつでも延命措置が取れますが、そうでなければとても難しいことなのだということはわかるでしょう?」


あ、うん。

感染後一時間じゃ、黒子ぐらいの大きさのしみがあるかないかってぐらいだもんね。年がら年中腐死病に感染する可能性について考慮している人なんて居るわけがないし、気づけたら奇跡だろうね。


「そして、これまた貴方のような潜伏期間の患者は例外になるわけですが、延命措置を行うと困った事が起きてしまうんですよ」


また、あたしは例外かい・・・・

本当はいいことなんだろうけど、なんか仲間はずれにされた感じで妙に気分が悪いなあ。


「すなわち、腐死病の暴走です。場合によっては『怒る』とも言いますが、延命措置を取ると腐死病の感染力は急激に上がって、それこそ国一つがあっさりと全滅してしまうぐらいの感染力を持ってしまいます」


「す、すごいんだ・・・・・・」


国が滅びるって言われた・・・・・・

規模が大きすぎてあたしの頭じゃ理解ができないけど、一体どれだけの人間が死ぬんだろう。

あたしは背中に冷や汗をたらしつつ、ロッキンツォンさんを見る。

ロッキンツォンさんはあたしとほんの二歳違いらしいが、身長が高くて歩幅が大きいのであたしがロッキンツォンさんと一緒に歩こうとすると少し早足にならなくてはいけない。そのためロッキンツォンさんがゆっくり歩いているつもりでもあたしの額には努力の汗がにじみ出ていたりするのである。


「まあ、それはそうとして、今後の貴方の処遇ですが」


急にロッキンツォンさんが立ち止まって、慌てて停まろうとしたあたしの足ももつれた。

わ、わ!転ぶ!

すごく冷静なロッキンツォンさんがすばやくあたしの体をキャッチ。ちゃんと立つのを手伝ってくれてからもういちど、「今後の貴方の処遇ですが」と言った。


「腐死病が治ったとして、貴方に身を寄せる宛てはありますか?ないとして、自分で何処かの町や村に行って生活費を稼ぐ事ができますか?」


あたしはぶんぶんと首を横に振る。頼れる家族も、一緒に何かをしてくれる人ももう居ない。それはあたし自身がコスモスに言った事。

自力で生活費を稼ぐと言うのも却下だ。仮に腐死病が直っても、腐死病で滅びた村の住人だというだけで周囲の風当たりは冷たい。あたしが子供だと言う事もあって、どこに行っても邪険にされるのは想像ができた。

今後の先行きが急に不安になって肩を落としたあたしに、ロッキンツォンさんは眉をしかめる。


「プライベールという町を知っていますか?」


ロッキンツォンさんは、全く関係がない話を始めた。


「魔女の館から歩いて一日ぐらいのところにあるちいさな町です。貴方の知的レベルの低さから判断して私が何を言いたいのかあなたには全く理解出来ていないと思うのではっきり言うと、その町は一度、腐死病に滅ぼされかかりました」


あたしははっと息を呑んで、それから首をかしげる。滅ぼされかかったと言う事は、滅ぼされなかったと言う事だろう。腐死病でも滅びなかった町の存在など聞いたことがない。


「ベンド山という山の山奥にある少し閑散とした町なのですが、その時期がちょうど狩りのシーズンでしてね。町の伝統の熊狩りのために大半の男性と一部の女性は町を離れて山にこもっていたんです。だから町に居たのは留守番に残った女性や子供たちだけでした。運がよかったと言うべきなのか、腐死病が流行ったのはちょうどそんなときだったので、大半の人間は難を逃れる事ができたんですよ」


「・・・・・・運がよかったなんて、いえないでしょう」


熊狩りに参加しなかった女性や子供なんかの弱い人間だけが腐死病で死んだと言う事なんだろう。

町は滅びなかったかもしれないけれど、それは幸運ではない。

生き残った人間がどんな気持ちになるのか、あたしは身をもって知っている。


「そうですね。生き残ってすまないと零していた人も確かに居ました。ですが、口に出して言う人こそ居なかったものの大抵の人間は運がよかったと思ったようですよ」


「・・・・・・そうなんだ」


そう思う事が悪いと言うわけではない。

現にあたしだって心の片隅で自分はラッキーだったと思っている。

今あたしが生きているのは、村の人達があたしに生きて欲しいと願ったからなのに、自分が幸運だったんだと思ってしまっている。

生き残ってよかったと思う、醜い自分が居る。

その気持ちに向き合って、生きていかなければいけないのだろう。


「貴方が知っている人間で、プライベールの生き残りは三人います。一人はこの国の宰相、ナタリエル・テリテマ・ゲンテリリエール・トマコ・チェミエンス・ニャマラ・スズラヒ・レノハ。そして森の魔女、サチ・アデライト・ジェディラル・マダリテリテールティング・メズアマティティテルト・ハルと私、サチ・アデライト・ジェディラル・マダリテリテールティング・メズアマティティテルト・ロッキンツォンです。あと、その服に頭の悪そうな字を書いた方と貴方が知り合いなら、ナタリエル・テリテマ・ゲンテリリエール・トマコ・チェミエンス・ニャマラ・スズラヒ・レノハ・コスモスさんも一応あの街の人間の血を引いていますね」


あたしはぼんやりとロッキンツォンさんの話を聞いて、暫く立ってそれが人の名前なのだと漸く気がついた。

・・・・・・長いよ!!

まあ、名前の長さが本題じゃないので、突っ込みは避けておくけど。


「ロッキンツォン、さん?」


「そう。私や姉や宰相は、運よく腐死病から逃れることが出来たプライベールの生き残りなのですよ。・・・・・・まあ、私や姉は熊狩りに参加したから生き残ったわけではないんですけれどもね」


まあ、そこはいろいろとややこしい事情があるのですが、省かせていただきます。と、ロッキンツォンさんは言って苦笑した。


「宰相も、元は平民だったんですよ。でも腐死病に感染したプライベールの人たちを救うために王都まで直訴に行ったんです。当時は流血沙汰とかもあって処刑台に立ったこともあるそうです」


「そ、そんな人に宰相やらせてるのかこの国は……」


「それで結局彼は、『テメエが何にもしてくれねえって言うなら俺が何とかするから、俺に権力よこしやがれ!』って国王に唾を吐きかけて宰相の地位に納まったそうです」


「……い、いろいろ型破りなのね」


王様も、宰相閣下も。


「さて、本題から逸れてしまいましたね。話を戻しましょう」


そういってポンと手をたたくロッキンツォンさん。なんだかロッキンツォンさんの言葉や言動には人を惹きつける力があるような気がする。演説上手だ。

魔女から、魔女の住んでいた町が腐死病あったと言う話は聞いていたけれど、こうして改めてロッキンツォンさんから具体的な名前を挙げられると話の重さが変わってくる。


「解かりますか?貴方も私達も、同じように腐死病によって家族を失ったんですよ。人を殺し、本来人と人との間の絆を切り裂く存在であるはずの腐死病が、貴方と私達をめぐり合わせたんです。これもまた、縁、なんでしょうかね?」


腐死病が、人を結び合わせる。

同じ生死の苦しみを知っているものどうしの絆と言うのは、ひょっとしたら家族の絆よりも強いかもしれない。

腐死病が絆を結ぶとは、奇妙な事もあるものだ。


「そこで、姉からの提案です。貴方、森の魔女のあとを継ぐ気はありませんね?」


「え?魔女?しかも何で否定形で問い?」


あたしは一瞬目をぱちくり。


「縁、ですよ。腐死病で家族を失ったもの同士、寄せ集めで新しい家族を作っちゃおうという姉らしいじつに本能的な発想です」


ちょ、ちょっと待って!

あたしに森の魔女の後を継げと!?


「無茶だー無茶言うなーッ」


「ええ、それで構いません。姉の後を継ぐ気はないと、そういうことですね?」


改めて確認され、ぐっ、と答えに詰まる。

ロッキンツォンさんはなぜか厳しい口調。・・・・・・あれ、ひょっとして今あたし、責められてる?


「・・・・・・そういうわけじゃ、ないけど。身寄りがないのは確かだし」


あたしがそういうと、ロッキンツォンさんはあたしを指差した。

いや、正確には、あたしの服を、だが。

コスモスが血で文字を書いた、服の上を。


「コスモスさんとお知り合いのようですが、あの方に頼るわけにはいかないのですか?」


「・・・・・・それは」


わからない。


「正直なところ、あたしは貴方に姉の後をついで欲しくないと思っています。それは貴方が魔女として必要な知識を身につけられるだけの頭のデキをしていないと言う事や貴方みたいな破天荒そうな方が魔女になったら国の恥だとか言う事以前に、魔女になると言う事は、人ならざるものになると言うことですから、人間として培った絆は捨てなければいけませんし、人間と心を通わせあう事もできなくなります。基本的に、魔女は―――独りです」


独り。

イタカの村を去った後のように、独りになる。


「もちろん、姉の傍らに私がいるように、貴方が魔女になっても俗世から隔離されるわけではありません。貴方に好意を感じる人間もいるでしょうし、あなたも他の人と変わらないといってくれる人も居るでしょう」


でも、とロッキンツォンさんは言葉を区切った。


「魔女と人間がわかりあうことは出来ません。人間にとって大切なのは『人』であって、当たり前のように人間を優先させます。人を食う獣を『悪』とみなして追い払い、庭に救う雑草を『害』とみなして刈り取ります。それは人間を主体として考えているからです。人間から見れば害悪であると・・・・・・それは、間違った考え方ではありません」


確かに。

人は、危険だといって熊を狩る。熊は害獣と呼ばれる。

人は、食べるために兎を狩る。兎にとって人間が害獣だとは誰も思わない。


「けれど、魔女にとっては違います。獣が人を食らうのも人が獣を食らうのも同じ事。腐死病が人を殺すのも、魔女にとっては自然の摂理であって悪ではないのですよ」


あたしはハッとした。

魔女には腐死病を止める力がある。けれど、魔女であるからこそ腐死病をとめてはいけない。魔女にとって人間は最優先すべきものではないのだから。

魔女は、人のために存在するのでは、ないのだから。


「一応、もう一度問います」


森の魔女とロッキンツォンさんだけを家族として、人間を捨てて魔女の後を継ぐ気があるのか、それとも人間のままでいるか、決めろとロッキンツォンさんは言った。

答えなんて、決まってる。


「貴方は森の魔女になる気がありますか?」


「もちろんよ」


「もちろんすぐに答える必要はありません。この件が終わってから―――はい?」


理解できなかったらしい。

じゃあ言い直そう。


「森の魔女に、なります。だって当たり前でしょ?あたしはイタカの村で、切り捨てられる存在だったから切り捨てられたのよ。森の魔女が孤独だと言うなら、逆に言えば魔女さんはあたしを絶対に裏切れないって事じゃない」


「ぜったい、ですか?」


「形のあるものはいずれ失わるわ。あたしはそれを知っているから、絶対ってものに憧れるの。何かおかしい?」


ロッキンツォンさんはがりがりと苛立たしげに頭をかいて、時々舌打をしたり唸り声を上げながら考え込んでしまった。あたしを魔女にしたくないと言うのはどうやら本当の事らしい。


「わかりました」


やがて、ロッキンツォンさんは言った。


「帰ったら、一緒にチョコレートケーキを焼きましょう」


「・・・・・・一緒に?」


一緒に何かしてくれる人はもう居なくなった。

昔から家族が欲しかった。

ロッキンツォンさんは微笑んだ。


「そう。あなたと、私と、森の魔女の三人で一緒にですよ。だって、家族なんですから」


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