第七幕。宰相、レノハ
俺が毎日、嫌だ嫌だと言いながらも書類仕事を懸命にこなしているのは、宰相というなんともめんどくさい地位を国王が俺に押し付けたからだ。確かにこの地位を押し付けられた当時は腐死病で壊滅的な被害を受けた俺の村を復興するのにそれなりに役に立ったのも事実だが、それが終わってしまえば単に迷惑な肩書きが残っているだけだ。
「お前が俺の養子になれば楽なのにな」
と、国王は溜息混じりに言う。それは俺が楽になるという事ではなく国王が俺にその地位を押し付けて隠居するという事に他ならない。
「誰が国王になんかなるかあかんベェ」と、最初にそういわれたとき俺は言い返してやったが、急に国王が泣き出しそうな顔になって「れのはァ~」と俺に抱きついてきたのでそれ以降は仕方なく笑ってごまかす事にしている。
あの、妙に艶っぽい顔は反則だろう。
宰相というだけあって部下だけは生え抜きの優秀な、それこそ俺が居なくても政務に差し支えの無いぐらい優秀な奴らがそろっているのだが、どいつもこいつも出世欲のカケラも持たない奴らで、「おまえ、俺の代わりに宰相やれ」といっても「嫌ですよ面倒臭い宰相なんかになったら週末まで城に出勤してこなくちゃいけないじゃないですか宰相なんてやるのはよっぽどの暇人ですよ」と、俺が宰相を辞めたがっているのと同じ理由で首を横に振るのである。
だが、仕方なく面倒臭い書類仕事を午前中のうちにぱっぱと片付けてしまった俺は、生まれて初めて新しい自分を発見するという珍事に直面した。
こうも書類仕事が恋しくなるとは思わなかった。
仕事に忙殺されていた昨日までが懐かしい。
「とりあえず、御用件をどうぞ、『森の魔女』殿」
早く自分の縄張りに帰って草むしりでもしてろやこのアマ。と、内心では思いつつも表面上は笑顔を浮かべて丁寧な言葉遣いをする。
魔女はそれを受けて、向かいの椅子に座ったままぼーっとした笑みを浮かべた。
お茶を持ってきます。と、明らかにこの場から逃げ出すための言い訳としか思えぬ言葉を発言してこの場を立ち去ろうとする秘書と、「なんで森の魔女なんか通したんだよこのフヌケ。宰相になるのがイヤだって言うならせめて自分の仕事ぐらいちゃんとしやがれや」「だってアンタ今日暇だって言ってたじゃないですか。国内視察って言い訳で城下町のお姉ちゃんナンパするなら森の魔女だって美人だしナンパしがいがあるんじゃないですか。というか私みたいな一介の秘書が魔女をとめる事なんてできるわけ無いでしょうだってこの国の王子三人のオキニの女性なんですよ」という視線だけの会話を交わした後で俺は魔女のほうに向き直る。この魔女は空気が読めない性格だが、逆にいえば今の俺と秘書が交わした心の会話にも気づけないという事で、俺はそっと安堵の溜息をつく。
「・・・・・・ところで魔女殿、御趣味は何ですか?」
「え?趣味?・・・・・・日光浴かしら」
「それはそれは、太陽の光を受けた貴方は大層美しく輝いている事でしょう。城の様な重苦しい空間も貴方が居るだけで華やぎます。しかし私のようなものからすれば森と共に暮らす貴方は手の届かぬところに咲く高嶺の花も同じ。貴方の愛を一身に受ける森に私は嫉妬の炎を燃やす事しかできないのでしょうか!」
何処かから「魔女のことを迷惑そうにしてたのにちゃっかりナンパしてるんじゃないですか」という声が聞こえてきそうだったが、気にしない。
このナンパはただのナンパではなく城下町のオネエチャンをナンパできなかった事に対する八つ当たりだからだ。
(・・・・・・まあ、どう言い訳したところでナンパしているのには変わりがないんだけどな)
とりあえず、と、俺は魔女の両手を握る。森の魔女は女としてはやや背の高いほうだったが、俺も男にしては背の高いほうだったので、やや前屈みにならなければならない。あえて俺の息が魔女にかかるような角度にして、俺は魔女に囁きかける。
「魔女殿・・・・・・ああ、貴方はなんと罪深い方なのでしょうか。貴方の名前を呼ぶだけで私は天にも昇る気持ちになってしまいます」
「え?あの、え?」
「ぜひとも貴方には私の傍にいてもらいたい。魔女殿、この心臓の鼓動が聞こえますか?小鳥のさえずりよりも美しい貴方の声がこうも私の心臓を高鳴らせるのです。薔薇の花すらも色あせる貴方の笑顔のせいでこうも私の血は騒ぐのです」
そっと魔女の手を俺の胸に当てた。自分の銀色の長髪やほっそりしたようで筋肉のついたこの体が、女性に対しどれだけ強力な武器になるかは心得ている。
魔女も例外ではなかったようで、俺の握った手をもじもじと気恥ずかしそうに動かしながら目を逸らす。
「さ、宰相閣下、いけませんよ、昼間から」
「じゃあ夜までこうして共に語らいながら待つとしましょうか」
オイオイ何でそこまで飛ぶんだよ俺はちゃんと段階だった恋愛をしようとしてるんだからな。
・・・・・・とは、思ったが言わない事にした。
「貴方を前にすると、誰もが鼻の奥がつんとするような少年になってしまいます。これを愛と呼ばずになんと呼びましょう!」
もう、魔女は顔を林檎のように真っ赤にさせて俯くだけで、何も言わない。
何も言えないような状況に、俺が仕向けた。
「貴方のためならば私は全てを捧げられます。貴方のその微笑が独占できるのならば私は何もかも投げ打てます、貴方に愛されるためならば私は・・・・・・」
「あの、宰相閣下」
さらに森の魔女への愛を説こうとしたところで、森の魔女に口を挟まれた。
さっきまでの恥ずかしがっていた様子は微塵も無く、しれっとした表情をしている。
「今言った事、本当ですね?私のために全てを投げ打てるという言葉」
「え、はい、そうですが」
今度は俺がしどろもどろになって答えた。正確には全てを投げ打てるというのは魔女の微笑が独占できたらという条件付だったはずだが、たいした違いは無い。
「じゃあ、イングリットを解放して私に預けてくださいね」
あ、と俺は一瞬間抜けな声を出して、ぴしゃりと片手で顔を覆う。俺が魔女から手を話した瞬間に、魔女はひらりとまるで魔法のように俺の元から離れる。
甘い言葉をささやいて魔女に本題を忘れさせようという試みは、さらにその上を行く魔女に計略によって利用されたのだ。いや、これは自滅か。
「それは出来ません」
もう色仕掛け作戦は通じないと諦めて、きっぱりと断る。
それから俺はどかっと部屋に置かれた豪華な椅子に座った。
魔女は世間知らずではあるが決して馬鹿ではない。その上で言うと馬鹿三兄弟の二つ名で知られるこの国の王子たちによって男に対して無駄に強い耐性を持っているのだった。
「では、私もイングリットと同じように監禁しますか?」
魔女が両手を広げて言う。
「まさか。また森が襲って来たらこまりますから」
先代の魔女を先代の国王が監禁したとき、怒り出した森が急速に増殖して、王都が木々で覆い尽くされた事があったという。そもそもどうして国王が魔女を監禁しようとしたのかは定かではないが、同じ事が今の時代にも起こるのはごめんだった。
何せ、そういうことが起こって事後処理に追われるのは俺だ。
「じゃあ、イングリットも開放しなければいけませんよ」
「力技に、出るおつもりですか?貴方はあくまで人と森の間に立つ存在でしょう。そこまで一個人に肩入れすることは森が許さないはずですが?」
魔女がその気になったら人はかなわないが、それはしないだろう。森と人との境界線に立ち、その双方が境界線を越えないようにするのが仕事である魔女自らが境界線を越えるなどという話は聞いたことも無い。
「いいえ」
魔女は予想通りに首を横に振る。
「ただ、私はイングリットを次世代の森の魔女にするつもりがあると、そういうことです」
魔女は予想外のことを言った。
※ ※ ※
「いいでしょう。あの少女については貴方にお任せします」
衝撃の事実を伝え終わって、さて反撃開始とばかりに口を開きかけていた魔女は俺の言葉が理解できずに一瞬固まった。
「あ、相変わらず決断が早いですね・・・・」
「それだけが、私のとりえですからね」
俺がいつもの口癖で答えつつ、椅子から立ち上がろうとする魔女を手で押し留める。
魔女が何かを言うよりも前に部屋の外に誰も居ない事を確認して部屋に鍵をかけた。ここは二階だが、念のために窓にカーテンも引くと、部屋の中は薄暗くなった。山の中腹に立てられたこの城の窓景は荘厳だったが、やむを得ない。
「御安心ください、魔女殿。決して魔女殿をどうこうしようというわけではありませんから。いえ、ですから何もしませんって。何もしませんって言っているでしょうその手の上の種をしまってください魔女殿っ!」
ただの植物の種でも魔女が持てば凶器になる。何かを誤解して凶行に走ろうとした魔女に俺はすがりつくように懇願した。
「とりあえず男と暗闇で二人っきりになったら手近にある武器を手にとって相手が混沌するまで力の限り殴り続けなさいって親友だった女の子が昔教えてくれたわ」
「それは力のないフッツーの女の子の場合ですっ!魔女殿はその気になれば人だって簡単に殺せるんだからもっとよく考えてから判断してください!」
思わず声を荒げてから後悔する。これでは迫力で威嚇しているように思われるだろう。
魔女が懐からもう一つ種を取り出したのを見て、俺は再び溜息をついた。もうこれ以上口論を繰り返しても堂々巡りの口論が続くだけだ。
俺は魔女の持つ種には気がつかない振りをして眼鏡をかけなおした。
「私には、娘が一人居ます」
「・・・・・・あれ、既婚者だったの?」
「よく言われます。若く見えるからでしょうね」
「いや、そうじゃなくって、貴方みたいな見かけだけ清廉潔白で中身はいつも人のことを小馬鹿にしているような最低な人を好きになるような人が居た事に驚いたのよ」
身も蓋もない言い方にちょっと俺の目が細くなった。魔女なら俺の性格ぐらい見抜いているだろうとは思っていたが、こうも神経を逆なでするような言い方をされるとは思わなかった。
空気を読め。
そろそろ真面目な話をしようっつー雰囲気だっただろうが。
「ああ。さっき私にしたみたいに軟派した女の子に孕ませちゃったってこと?」
「・・・・・・そういうことを言うのは女性としてどうなのでしょうか?」
「女性じゃないわ、女の子よ。お、ん、な、の、こっ」
いっしょだろう、そんなもん。
俺は遠い目になって昔のことに思いをはせた。
「・・・・・・思えば、あのころは私も蒼かった。あんな女性に引っかかって人生を狂わせられるとは思っても居ませんでした。私がこんな性格になったのも元はといえばあのクソアマのせいでしたね・・・・・・ふふふ。忘れていた憎しみがだんだん蘇ってきましたよ。これが殺意っていうやつなんですね」
ふふふと笑いながら俺は空を眺める。おーい、もどってこーい。という声がどこからか聞こえるが空耳だろう。
「・・・・・・・・・・・・」
俺がさらに遠い、幼少時にまで思いをはせて現実逃避をしようとしていると、急に呼吸が苦しくなった。見るとツタが首に絡み付いて遠慮なく首を絞めている。
「ま、魔女殿、だから種はしまってくださいといったんですっ!ちょっと現実逃避したぐらいで首を絞めないでいただきたいっ!」
魔女の手元にあった種はいつの間にか芽吹いて強靭なツタを伸ばしていた。それが俺の首に絡み付いているのだ。
背筋に、恐怖が走った。実に理不尽だ。ほんの少しの気まぐれで人を殺し、個人の我侭で国の存亡すらも左右する。法律も道徳も通じない。
何よりも腹が立つのは、それが魔女自身の力ではなく森という強大な存在の尻馬に乗ったものでしかないという事だ。
「それで、あなたの娘さんがどうしたのかしら?」
「つ、ツタを離してからお聞きください!これでは拷問と変わりませんよ!!」
「あら?私に口答えするつもりなのかしら?えいえい」
声色だけはかわいらしく、魔女がツタをさらにきつく締め上げる。将来国を担う事になるであろう馬鹿三兄弟は「あの俗離れした世間知らずっぷりが可愛くてさ~」「街の女のとかと違って清楚で潔癖ってところも可愛いよね~」「一見いろいろな事を知っているようで無知なギャップがあの娘の売りだな」といっていたが、世間の常識が通じないということは、人を殺す事にも眉一つしかめないのではないだろうか?
人間と、同じ価値観が通用しないということではないだろうか?
遠ざかりかけた意識でそう思って俺が無理矢理引き剥がそうとツタに手をかけたとき―――
ふっ。と首を絞める力が緩んだ。
「ごめんなさいね」
魔女の口から出たのは謝罪。
慌てて魔女を見上げたら、魔女は反省したようにそっと目を伏せていた。
その様子がとても儚げで思わず許してしまいそうになり、ぐっと留まる。
許すのは理由を聞いてから。魔女に人間の常識が通じるのかを確認してからだ。
「イングリットのこと、腹が立ったのよ」
「・・・・・・ああ、申し訳ありません」
何のことはない。あの少女を監禁した俺に対して腹が立っただけのことだった。
なんとも当たり前な、人間らしい感情だった。
魔女は俯いて黙ってしまった。自分の弟子が受けた仕打ちに対する仕返しにしても、やりすぎたのだと思ったのだろう。
しかしその程度のことは、森の中で育って加減を知らない女性ならば仕方がないことだった。
そもそも、ここで文句ごうごう言ったとして、魔女の機嫌を損ねてしまって困るのは俺自身だ。歯がゆいが、相手が子供じみている分こちらはよりいっそう大人の対応をしなければいけない。
「・・・・・・イングリットさんは」
とりあえず会話をつなごうと、俺は思いついた事を口にする。
「貴方にとって、『家族』なんですね」
恐らく核心をついたであろう俺の質問に、「そうよ」と魔女は即答してから、魔女ははじめて気がついた感情と、即答した自分に驚いて小さく首をかしげる。
あのチッコイ妹以外家族と思っていないようだった魔女がこうもいい顔をするようになったことに俺は少し感心した。
最も信愛するものたちに裏切られ、その結果自分だけが生き延びた問いう点で魔女とイングリットは同じだ。今、魔女はイングリットに自分の過去を照らし合わせているのだろう。
だったら平静でいられるはずもない。俺の首を絞めたくなるのは、確かに誉められた行為ではないものの、分からない理屈ではなかった。
俺も含めて、人はとかく誤解しがちだが、魔女は見かけによらず幼い。森に愛されているというその特殊な立ち位置と、神にも似た所業の数々のせいでやたらと偉大に見えるだけで、単なる世間知らずの甘えん坊だ。逆に感情のままに動くという事に慣れていない分、いざ取り乱すとどこまでも危険な方向に突っ走っていく。
魔女がイングリットに自分と全く同じ道を歩む事を押し付けなければいいが。と、俺はらしくも無い事を考えた。だが、それは無駄な心配だろう。既に魔女は、イングリットを自分の後継者にするつもりだ。それこそが、イングリットの望む事だと信じ、イングリットと魔女が個々の意志を持った違う人間だという事も認めないまま。
同じような経験をしたからといって、同じような想いを抱くとは限らないのに。
やれやれ、面倒ごとはごめんだぞ。と、俺は心の中でがりがりと頭を掻いた。
とりあえず、自分と自分の主だけは被害をこうむらないように対策を練っておこう。と思いながら、俺は一人で考え事に没頭してしまった魔女を見下ろす。
俺の視線に気がついた魔女は、面白い事に気がついた子供のようにきらきらした目で俺を見つめ返した。
「腐死病が絆を結ぶとは、奇妙な事もあるものです」
どういう思考回路をめぐったのか、そう、魔女は呟いた。
「と、とにかく、話を戻しましょう」
あまりにも爽やかに笑った魔女に惚れそうになって、俺は慌てて眼鏡をかけなおす。娘とほとんど歳の代わらない女に心を奪われそうになったのは初めてだった。
「私には娘が居ます」
「・・・・・・あれ?そんな手前のところで本題から逸れちゃったんだっけ?」
「・・・・・・・・・・・・」
アンタが話を逸らしたんだろう。と今すぐに突っ込むのはさすがに怖かった。
「コスモスという名前なのですが」
「え?あの王子の許婚のコスモス?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だからそろそろ黙って俺に好きなように話させろ。と突っ込みたいのを無理矢理抑える。
「知っているなら話は早いです。そのコスモスが、イングリットによって腐死病に感染してしまいました」
え?と呟く声は魔女のもの。
俺ならばそんな失態は犯さないだろうと、奇妙なところで俺を信頼していたのだろう。
その信頼は重い。
「現在クソおう―――王子殿下によって対処療法が取られていますが、命も助けたいというのが父親としての本心です。貴方が腐死病に対抗するイングリットの体質について調査すれば、何とかベッタラ以外に腐死病の治療薬が作れますか?」
魔女は再び「え?」と呟いて、それから思い出したように魔女のチッコイ妹が俺についた噓について解説を始めた。
俺から見れば、絶望的な事実を。
※ ※ ※
「つまり、腐死病を直す手段は、あの少女も持ち合わせていないという事ですか・・・・・」
がくっと膝の力が抜けた。椅子に座っていたのでなかったら今頃床の上にひざまずいていた事だろう。
「イングリットは潜伏期間中だったから特殊なの。大事をとって新陳代謝を低下させて腐死病の進行を遅らせる薬を飲ませていたしね。あれによってイングリットは死を免れていたし、私とロッキンツォンは森に守られていたからこそ使える裏技だったのよ」
そんな俺を同情するような目で見つめる魔女。
その目が癪に障った。
魔女ならそもそも、その奇跡で腐死病そのものを根絶させられるだろう。と、ライヒビに住む誰もが思っていることだが、だれも魔女がそうしないことを責めたりはしない。
生きていくためには人が自然を犯さなければいけない以上、自然が人を犯すのも阻止させない。そのためにいるのが魔女。森が、森であるための戒めとして設けた存在。
だから、魔女は人に肩入れしない。
そうだというなら、力を貸す気もないのに人間に同情するのもルール違反だろう。
『助けられる力はあるけど助けない。けど、あなたの悲しみはわかります』・・・・だあ!?
全てを捨ててでも助けられるならば助けたいと思う。自分にコスモスを助ける力があったならば喜んで宰相の地位だって命だって捨てる。仮にそのためにライヒビを滅ぼす事になっても構わない。その気持ちは魔女ごときには分からない。
力があるのに、使おうとしないのがその証拠だ。
「ところで、王子殿下が取ったという対処療法って何のことかしら?」
魔女が小首をかしげる。
そうだ。いじけている暇は無い。こうなったら王子殿下の対処療法で、ベッタラの実る春までコスモスの生命を持たせる事に賭けなければいけない。
「風呂に入れる。という事らしいですよ。貴方から教わったと、王子殿下は仰っていましたが」
魔女が絶句する。
次の瞬間、魔女は種すらも使わずに、普通の少女となんら変わらぬ力で俺の襟を締め上げながら怒鳴るように風呂の位置を聞いたのだった。