プロローグ
プロローグ。
雨がしとしとと降っていた。
イングリットの体は、その雨に体力を奪われ、もはや動く気力すらもわかない。
それがどういうことなのか、イングリットは理解している。
(死んだら、そのあとどうなるんだろう)
もう薄れかかった意識の中で、イングリットは思う。もちろん、死後の世界とか、そういう死んだあとの魂の行き先のことではない。そんな非現実的なものがこの世に存在しないことぐらいは田舎の村の子供でも知っている。
ただ、肉体。
この身体は、死んだあとも放置されるのだろうか。誰にも目を向けられないままここで腐るか、あるいは獣たちの餌になるのだろうか?
そんなのは嫌だ。
あたしはイングリットだ。人間だ。誇り高き父と慈悲深い母との間に生まれた人間だ。たとえ死して人里はなれた大地にその屍が打ち捨てられようとも、誰がこの身を汚すことを許されようか!
あと少し。もう少し頑張れるはずだ。
こんな森の中で死ねるはずがない。
父の誇りにかけて、救わなければいけない人たちがいる。
母の愛にかけて、守らなければいけない約束がある。
じり。と、イングリットの手が地面の泥をつかんだ。その手は硬く、硬く握り締められ、寒さで細かく震えながらも強い意志がこもっているようだった。
じり。
もう動かないと思っていた足に力が入る。
じり。
光を失っていた瞳に命の炎が宿る。
じり。
体が再び自由を取り戻す。
(やり遂げてやる)
心の中で呟いて、イングリットは一気に起き上がった。
気がつくと雨も小降りになっている。
いける。
いまなら、まだ頑張れる。
・・・・・・けど。
「・・・・・・とりあえず、一眠りしてからにしよ」
イングリットはそう一人ごちてごろんと横になった。