第二章 〜天使と悪魔と学園生活〜
四月二日、月曜日。
僕の高校最後の一年、実際には人生最後の一年が始まった。
だけど、ゲームは既に、始まっていたのだ。
○ ○ ○
僕が色々と考え事をしていた所為もあっただろう。だけど、一番の問題は、僕が気付かなかった事にあるのではないだろうか。
曲がり角で食パンをくわえた少女とぶつかった。
セーラー服姿で、鞄を片手。肩までの茶髪。そして、いわゆる美少女だった。
距離にして三十センチの出会い、だった。
……曲がり角で食パンをくわえた少女、ですか。
ベタ過ぎる展開、これもその一つなのではないだろうか。
せめて食パンではなく、お茶碗なんて物を持っていれば一時代築けただろうが、生憎、食パンだった。この場合、トーストといってもいいかもしれない。生の食パンではないから。バターを塗っているのか、狐色の表面が光っていた。
ドキドキ、心拍数バクバク、という展開。
しかし、これでは語弊があるので言い直す事にしよう。
曲がり角で食パンをくわえた『自転車に乗った』少女とぶつかった。
こうなると状況の持つ意味が変わってくるぞ。
彼女は自転車に乗っていて、僕の三〇センチ手前、秒速十メートル。鞄片手の手放し運転。くわえたパンで声も出せない。
加害者と被害者の関係だった。
ドキ…ドキ……ツー、心拍数低下、先生、患者の心拍停止です! という展開。
こんな状況でラブコメなんて口にできる奴は、よほど自分の生命力に自信がある奴だろう。ゴキブリ並みの生命力に、クマムシ並の耐久力。
こんなフラグは立てたくなかったし、イベントだってスルーしたかった。
立つフラグは死亡フラグ。起こるイベントは、それから彼を見た人は誰もいなかった、というゲームオーバーの時に出てくるエピローグ。
これって、死ぬんじゃない?
僕は何も思い起こすことも無く、というか暇もなく。
笑った家族の表情が脳裏を通過することも無く、今まであった幸せな出来事が走馬灯のように見えることも無いまま。
タイヤが肉にめり込む感触に戦きながら突き飛ばされた。
「いっっ!!!?」
一瞬だけ宙を舞う僕。響き渡るブレーキ音。コンクリートに叩き付けられ皮膚が破ける痛み。
だが、一瞬だけ見えたソレにより、僕の思考は止まった。
呼吸は止まらなかった。
「ご、ごめんなさい! だ、大丈夫ですか……?」
少女が自転車を降り、すぐに僕の元に駆け寄ってくる。
傷が消えるように治っていくのを感じながら、この奇妙な感覚以上に、この奇妙な感覚が悪魔との契約のおかげとも気付かずに、その奇妙なソレに僕は震えた。
少女改め殺人未遂犯は、僕のクラスメイトだった。
その少女の影は、歪に忌まわしく呪われたような。
気色悪く触れたくもないくらい、人型を逸脱していた。