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不満な男

音楽は芸術である。芸術である以上最も大切なことは心を動かすことである。しかし最近はどうだ。人は音楽を流行りで聴く。ランニングのお供に、家事のお供に聞き流す。果てはAIに作曲させる。馬鹿げている。AIは人から芸術を奪っていった。人がやるべきことは家事や肉体労働。人は最も身近な文化的な活動を全て捨てた。もちろん数学や物理、化学に生物に地学といった人を支え育んだ芸術をも。AIが関わらない論文を読んだのは何年前であったろうか。

私の名は六嘉久蓮。音楽と学問を愛するものの世界から必要とされなくなった人間である。大学を卒業し大学院に進み、ガウスを夢に見るほど努力して月収20万もないポスドクに進み、准教授にいざなろうという時にアカデミックな人間という生物は終わりを告げた。人はAIの出した結論の真偽を確かめる機械になった。意味がなくなって風情がなくなった。友のススメで高校教師になった。そこそこ優秀な生徒達を教えていくほどに意外に自分は頭が良かったのだと思うようになった。そんな頃、突然私は教師を辞めさせられた。理由はよく分からなかった。

金はあるが独身の52歳。悲しくはない。今この先進国の日本では子を作るのは上流階級か考えなしか。教師時代にはそういうふうに考えていた。することがなく、芸術がなく、風情のない今となっては冷静な自分は人生の半分近くを棒に振った自分こそとも思うようになったようだ。

ベランダからタバコを吸いながら偏屈になった自分をしみじみ感じる。部屋から聞こえる曲がベルの音でかき消される。電話のかかるのは久しぶりであった。電話番号を見ると古い友人であった。名を肉戸凛。電話内容はシンプル。

「明日あの喫茶店で12時より会おう。」これのみであった。

次の日喫茶店を訪れた。相手より早く着いたを流す。昔ながらの店には風情が身を潜めていた。喜ばしい。遅れて来た友人は目を見て話しかけてきた。

「よく来たね。」遅れてきてこれである。「僕と君は似たもの同士だよ。どちらもものを考える葦だ。思考は深いくせに周りにはテキトーに風に揺られてるように見える。風に揺られることこそ本文なんて考える。だから相談がある。」同意しかねる。「日記は書いたことある?」「ない。」と答えた。

珍妙なことを言うので話を聞いた。要約すると未来の人類のために未開の星に行って一年に一度日記を提出して欲しいらしい。この計画は裏で世界的に行われていて条件に当てはまる者を意識だけその未開の星の人物に憑依させるらしい。

聞いてみたいので聞いてみた。

「信じられんどうやってそんな技術を開発したんだ?」淡々と友人に「未来のAIが考えた。だからよくはわからない。」と答えられる。

信じたくない。きっとあの何も考えてないような友人のことだから読み間違えだろう。「驚いた、あの子持ち歌手が。」

すると、「AIを子持ち歌手って見方をするのはなかなか珍しいね。そこまでして信じたく無いんだ。」なんて答えられてげんなりした。彼は私にAIに敗北したと認めさせたいのだろう。

もう一つ聞きたいことがあった。「なぜ私なのか。もっといい人はいたはずだ、私より賢く、私より運動ができ、私より偉いひとが。」

彼は答えた。「条件。意識を他者に移せる条件がある。四つ。一つはある程度以上文化的な素養があること。一つは絶対的な美学を持つこと。一つは様々な経験をしていること。そして、最も重要なのはいてもいなくてもいい存在、もしくは死にかけの存在。」彼からはここまで聞けば十分だった。「それに当てはまるとして面倒くさいからやりたくない。」と言った。昔から効率と暇すぎる日々を愛せない。忙しい中に効率を求めずやるべきことのなかに風情を見つけ、それを楽しむのが好きだった。でもわざわざやらなくていいことをやって忙しい日々を過ごしたいと思うほど馬鹿でもなかった。

友人はつらつら喋り出す。「君は効率を嫌い、それでいて暇を嫌う。そのくせ自分の得にならないと面倒くさいと言い出す。変な矛盾と葛藤に生きている。」注文していたムニエル定食が届く。どちらも手をつけない。「だから、君の好きな君の求める風情が得られる、君の好きな忙しさと文化の折り合った世界に送り込もうと考えた。持て余すなら使おうと。」

意外。いい話。友人は変な奴だが信頼できる。詐欺でもいいから体験したい。

すぐに車で近くの大学病院まで連れて行かれた。大きな反射板や励起光の照射装置といった量子もつれを起こすのに違うであろう装置がある。それに加えて見たことも無いレントゲン写真を撮るための装置のようなものがある。理系であるからして比喩は思い浮かばないし、適切な風景描写に難があるが奇妙な空間であったのは間違えない。私は遺品整理と遺言書のようなものを天涯孤独ながら風情として残し日本を、地球を旅立った。

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