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好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します  作者: 皇 翼


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7.

夢を、見ていた。

その夢の中ではいつも通りの日常が流れていて、とても幸せな――でも、だからこそ夢だと分かる夢。


「クロエさん」


そう、彼――リオンに優しく微笑まれるだけでクロエの心は舞い上がる。

しかし、彼とはつりあっていない事も、この気持ちが迷惑なことも、クロエ自身が一番良く理解していた。


***


クロエ=アールテイル。

彼女の『アールテイル』というこの名前は#とある人からもらった__・__#優しさの形であると同時に、自身の過去が存在しないという証でもあった。


クロエには過去がない。

それは何か後ろ暗いことがあって隠したや消したという意味ではなく、文字通り『存在しない』のだ。

頭の奥底にある最初の記憶は木材や肉が焼け焦げた臭い、全身を刺すように包み込んでくる冷たい空気、灰を吸い込みすぎたのか息を吸うたびに痛む爛れた喉、そんな痛みの記憶だった。


自分の名前も生まれも両親の顔も声も、どうしてそこにいるのかも、何もかもがわからない。唯一直感的にわかるのは、自分にはもう『何もない』ということだけだった。


しかし何かを目指して、幼い彼女は歩き続けていた。どこに向かっているのかはわからない。けれど、どれだけ痛かろうが歩き続ける。『何か』から見つからないようにしながら、深い森の中を突き進み続ける。

火傷した足にささくれた木片が刺さり、傷口には歩くたびに冷たく硬い雪が食い込む。肺に空気を取り込むたびに痛みで咳き込みそうになるのを努めて最小限の音に抑えながらも、ただひたすら足をすすめた。

そうしてその村の最北端に到着した瞬間、足が止まる。きっとここが自分の目的地だったのだろう。自然と詰めていた息が吐き出されたのが分かった。


しかしそれと同時にその風景を目に入れた瞬間、言いようのない絶望に体が支配されてしまった。何もわからない。何もわからない……はずなのに、涙が溢れて止まらない。

そして体は勝手に進み、手はそうするのが自然だとでも言うように、まだ熱が燻る焼け跡に手を差し込んで何かを探し出そうとする。

何を探しているのかなんて分からない。でも、大事なものがこの下に埋まっているような、これを探さないと、見つけないと、自分が自分でなくなるような――そんな気がした。

そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。足や指に痛みすら感じなくなった頃、後ろから温かい何かにぐっと抱きしめられた。


「もう、いい。もうこれ以上はやめるんだ。全て、俺が――」


そう声をかけられ、同時に何かを探し続けるその手を静止するように掴まれる。暫くは後ろも向くことなく抵抗するように手を動かそうとしたが、疲れていたのもあるだろう、そのうち体から力が抜け、意識を失った。


これが父親代わりであるリード=アールテイルに出会う前のクロエにある過去の記憶。

目覚めた時には全身が包帯だらけで、点滴をいくつか刺された状態だった。指の先すらも戻ってきていた痛みによって動かすことが出来なかったのを憶えている。

そしてある程度回復した後にあの時、クロエの行動を止めて、保護してくれたのだという人間とその親友であるという男に引き合わされた。クロエを保護してくれた男の名はリード=アールテイル。彼女に『クロエ』という名前を与え、自身の家名も分け与えてくれた人。記憶がない故に自分で理由も分からず無気力になっていた寄り添い、彼女に生きる意味と理由を与えて、生き方を教えてくれた人である。


少し経ってから知った事だが、リードは黒騎士団の団長だった。

彼は何も持っていなかったクロエに愛情を注いでくれると同時に国の人々を救い、誰からも尊敬されている、そんな人だった。色んな人から慕われ、頼りにされる。クロエがそんな偉大な存在であった彼の強さ、そして優しさに憧れ、騎士を目指し始めるのもすぐだった。


魔力を持つ人間すらも少ないと言われるこの世界。しかし幸いなことに彼女は魔法を使えるだけでなく、その中でも限られた人間しか持たない『天賦魔法』を持ち、かつ一等特殊な性質である白魔法適性値が標準よりも群を抜いて高かった。

そのような経緯もあり、彼女は危険と隣り合わせではあるが、騎士の中でも爵位を買えるほどに高給取りと言われる聖騎士――この職は白魔法適性という限られた者しか持たない性質がなければ、入団すら出来ない特殊職である――の団員になることが出来たのだ。


そうして騎士として当時聖騎士団団長であったコール――リードの親友であり、クロエをリードと共に育ててくれた恩人――の下で働くことになった。鍛練、そして時々行くことになる魔物退治は一筋縄ではいかない。苦しく、死の恐怖すら何度か感じたが、憧れの心が消えることはなかった。

そんな時だ。彼と出会ったのは。


分かってはいたのだ。彼の様な人を好きになれば、苦労することくらい。後悔するだなんてことも理解していた。

そう、そのまさに後悔するであろう相手であるリオンと初めて出会ったのは17歳の時。当時最年少で聖騎士団の副団長にまで登り詰めたクロエは仕事で小さなミスする事が多かった。勿論、魔物の討伐の方ではない。副団長としての仕事は団長の代理に始まり、部下のまとめ役や国中枢や他の騎士団への重要書類の作成、貴族に招かれるパーティーへの参加など多岐に渡る。

単純に慣れていなかったのだ。副団長の立場にまで上り詰めたは良いが、今までは戦闘関連の勉強や鍛練だけにしか目を向けてこなかった。がむしゃらにそればかりを磨き続けてきたのだ。そんな彼女に、急に闘いとは関係がない、事務作業や社交をしろと言われても、無理なことは明白だった。なにせ興味がなかったのだ。それが必要だと思うことが出来なかった。だから当然、身に付けようとしても身が入らない。


そしてそのクロエが作成でミスした書類に文句を言いに来たのが、当時の黒騎士団副団長を務めていたリオンだった。

最初は本当に嫌な人間だと思った。重箱の隅を楊枝でほじくるようにクロエの細かい欠点を見つけては、厭味をふんだんに織り交ぜながら指摘してくる、そんな彼を。

その上、元々負けず嫌いな性格であるクロエも負けずに言い返す故に、言葉はエスカレートし、言い争いから実技での殺し合いという名の決闘にまで発展してしまう。結局毎回雌雄が決する前に他の団員達に呼ばれたのであろう、リードとコールによって止められ、二人共烈火の如き勢いで怒られる。それが日常だった。

本当に大嫌いだったのだ。何かと突っかかってくる彼の事が。


しかしある日、そんな考えは覆されることになる。


それは黒騎士団との合同任務の時。慣れない事に対する疲れが溜まっていたのであろうクロエが珍しく戦闘中にドジを踏んでしまい、膝をつくほどの怪我を負って、転倒した時。部隊とは少し離れた場所にいた彼女が魔物に止めを刺されそうになっている丁度その時に駆け付けたのがリオンだった。

そしていつも通りのネチネチとした厭味を言いながらも丁寧に、壊れ物に触れる様な手で手当てをしてくれたのだ。その時に彼に対する見方が変わった。クロエ自身も自分の事を単純だなと思ったが、気付いた……否、気付いてしまったのだ。


だってその時の彼は、本当に心配そうな顔をしていて、まるで自分が怪我をしたかのように顔を歪めていた。だから鈍いクロエでも分かってしまった。彼は本当に自分の事を心配してくれていたのだ、と。それに怒りなどの感情なく、振り返ってみると、今までも厭味ったらしい指摘ばっかりだったが、確かにその指摘はクロエが次回行動を改善する際の参考になっていた。


そこからはまるで答え合わせのように、記憶のピースと彼の行動の真意がカチリとはまっていく。

今までもリオンはクロエに厭味や文句を言いながらも最後まで仕事を手伝い、終わるのを見守っていてくれたことを。ダンスやパーティでのマナーについても、黒騎士団団長であるリードから頼まれて仕方なく、あまりにも酷すぎて見てられないから――などと言って、クロエと喧嘩しながらも、クロエを時々煽って、それらが完璧に出来るようになるまで付き合ってくれていたことを。


それらに気づいてからは、クロエのリオンに対する態度は一気に軟化した。

クロエの態度が変われば、自然とリオンの態度も変化する。


数年後にクロエがリードとコールという大切な人達を失くし、絶望に暮れていた時も隣で寄り添ってくれた。

それに、お互いが団長としての役割を負うようになってからは、昔のような厭味の応酬もいつの間にか殆どなくなっていたのだ。


だから、呼び出されて、気持ちが迷惑だと宣言されたあの時。あんなネチネチとした遠回しな言い方をされたのは久しぶりだった。

あんなにも傷ついたのはそういう理由もあったのかもしれない。

本当に大切な気持ちだったのだ。あんな風にクロエに寄り添ってくれたのは、リードとコールという親代わり以外ではリオンが初めてだったから。


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