4.
書類にサインした後。クロエは任務についての概要説明を受けていた。今回の正確な任地は事前に言う事は出来ないが、内容だけは軽く開示してもらえたのだ。
それでその任務内容というのは#いつも通りの魔物退治__・__#だというのだが、その魔物達の様子が異常なのだという。魔物というのは通常は単体行動であり、何かしらの目的を持っての共闘などはしないのだが、その地の魔物は何かしらの指示を受けているかのように連携の取れた闘い方、そして行動をとっているらしい。
それだけではない。どれだけ魔物を倒しても、次の日には同じ位置に同数またはそれ以上の数の魔物が配置されている。報告によると段々と魔物は強くなっているようで、先日も魔物の討伐のために並の兵士を複数名その地に送ったところ、一日も持たずに壊滅してしまったのだそうだ。そしてそれらは段々国の首都へ向かうように侵攻してきている。
まるで此方の行動を何処かから全て監視、そしてそこから戦略や戦い方を学習し、対処しているかのようだとエルヴィヒは語った。
そのため、今回は騎士の中でも指折りの実力を持つ人間――単体での行動でも強い人間を集めたかったそうだ。
でもきっとエルヴィヒのことだ。まだまだ隠している情報がいくつもあるのだろう。それなりに長い付き合いなこともあり、それくらいの予想はついた。そんな危険性が分かったところで、今更断るなんて選択肢は存在しないが。
「……で、レミーは親友である私に何の報告もなくこんな未知数の化け物が出てくる、それに加えて現地で何が起こるかも分からない危険な任務を受けようとしてたんだ。悲しいなー。傷付いちゃったなー」
机に伏せながら、下から見上げるように少し恨みがましさが籠った目でジェレミーを睨む。とは言っても、これも仕事だという事など重々承知しているクロエだが、極秘と言えど流石に何も話してもらえなかった事には不満を覚えた。もし、万が一にも命を落とすことがあったとして、その時に何も言えないのは嫌だった。これはかつて大切な人になんの言葉も掛けられずに死別してしまったクロエの我儘な意見ということは本人も重々理解してはいたが、所詮理論と感情は違う。
先程のなんの油なのかは分からないが、変な臭いとテカりがあった酒場の机に比べたら、エルヴィヒの執務室の机はまだ綺麗だな~なんて関係ない事を考えながら、ジェレミーを前にいじけてみせる。ちなみに、綺麗だったのは、机の上に置いてあったお菓子の外袋やら、くしゃくしゃに丸められたきっと任務の書類であったであろう紙をクロエが突っ伏すために机の下に落としておいたからである。顔を若干歪めたエルヴィヒに対して、クロエ本人は、机の上を掃除してあげたんだから、感謝しろくらいにしか思ってない。
「流石に部下にこんな明からに危険な任を負わせるわけにはいかないだろう。もちろん、団長もここに残っていてほしい。彼の代わりは俺にはできない……だから俺が白騎士団の中では適任だったんだ。でも言っておくが、クロエ、お前を説得して任務に参加させろという命令には従うつもりはなかったんだ。確実に危険なものになるし、お前は王都から離れたくないだろうと思っていたから」
「レミー……貴方――」
親友が任務に誘うような行動も見せず、クロエに王都から姿を消すことを言うでもなくいなくなろうとしていたことに不満を覚えたが、その理由を知ったら、そんなことを責めるどころではなくなっていた。
ジェレミーはクロエのリオンに対する恋心も、ここに団長としている理由も全て知っていた。出来るだけリオンの近くにいたいというクロエの心情も理解していた。だからこれはジェレミーなりの応援、クロエをリオンから引き離さないためのこの行動だったのだろう。そんなジェレミーの行動にちょっとした感動を覚えていると、横から余計な茶々を入れられる。
「ええー!?堂々と俺の命令無視するつもりだったって言っちゃう?悲しいなー。傷付いちゃったな―」
「は?真似しないでください。気持ちが悪い」
「別に貴方になんと思われようと構わないので、命令無視の件に関しては否定するつもりはありません」
「ひどっ!君達って本当に人目がないところでは俺の事堂々とディスってくるよね。俺、王子様なのに……そんなに俺の事嫌いなのー?」
「え!?」
「ん?もしかしてそんなに俺の事嫌ってないの!?だとしたら嬉し――」
「嫌われているって自覚がちゃんとあったんですね。ちょっと見直しちゃいました。普通に嫌いですけど」
クロエはエルヴィヒによって今まで散々迷惑を掛けられてきたが、実際はそこまで嫌っているわけではなかった。
今回の任務の人事が上手くいった事で調子に乗っているその姿から、この任務もクロエを巻き込んだことを含めて彼の計画通りに進むのだろうということが察せられたため、それが癇に障ったのと、先程散々煽られたことに対してのちょっとした意趣返しのようなものだった。『貴方に人間としての好意は抱いていない。だから調子に乗るな!』と。
しかしいつも迷惑を掛けられている事は事実だ。
会う度にウザったい絡み方をしてくることだけではない。仕事で一緒に任務に赴けば、任務中にも関わらず、部下の指揮を全てクロエに任せ、どこかに遊びに行って帰ってこなかったり、真面目に任務をこなしたかと思えば、『めんどくさいなー』などと言って、書類の作成をサボった挙句にクロエに全て押し付けてきたこともあった。
この国の騎士団にもしも、慕われていない上司ランキングがあれば、確実に1位を取れているだろう。
そして極めつけに、クロエがリオンと話していればかなりの頻度でそこに割り込んでくる。まさに邪魔者。目の上のたんこぶのような男だった……振られてしまった今となっては怒りすらも特にわかない行動ではあるが。いつも通りにエルヴィヒを冷たくあしらいながらも、むしろ今回はその彼の自己中心的で身勝手な行動に助けられている自分に溜息が出る。
「うわーー。なんか、本気で傷付いちゃったかも」
「え?」
その言葉に一瞬耳を疑う。
視線を向けてみると、厚顔無恥で人に迷惑をかける事など気にもしない、生意気な事実王子様が悲しそうな声で俯いていたのだ。
この男の事だから普段の行動で何かしらの恨みを買っていたのだろう。何度か部下から暴言を吐かれていたり、仕事をサボったという理由でリオンに厭味を言われている姿を見かけたことがあるが、そんな時でもヘラヘラと笑っていたあの男が――だ。
「……なんか、ごめんね。今まで特にクロエちゃんにはすごく迷惑かけてきたよね。自覚はあったんだ。でもね、俺ってこういう人間だからさ。だとしても、嫌ってるって堂々と言われると流石にきついな」
「っごめんなさい。調子に乗って言い過ぎました。本当はそこまで嫌ってなんて――」
しゅんとして、ぺしゃりと悲し気に表情を歪めるその姿にクロエは思わず、言い過ぎてしまったと後悔する。
いくら自分が嫌いかつ満場一致で嫌なタイプの人間だと言えど、彼も人間だ。流石にこれから一緒に任務に行く人間にこんな事を言われたら、心情的に響くのかもしれない。
案外年下らしく弱い、庇護欲をそそられる様な一面もあるじゃないか。反省しているという態度がちょっと可愛いかもしれない……そう思ったクロエが馬鹿だった。
「なーんてね!騙されちゃった?騙されちゃったのかなぁ?リオンや部下にもその言葉を何万回も言われてる俺がそんな事で傷つくわけないじゃーん。でもクロエちゃん、意外~。俺の事そこまで嫌ってなかったんだね。さっきの言動含め、俺普通に嫌われて当然の事繰り返してきたのにね。うん、いい子いい子」
先程とは打って変わって、こみ上げる笑いを堪えきれないと言った様子のエルヴィヒ。そこでクロエは彼の演技に自分が見事に騙されていたことを悟った。
無駄に高い身長から繰り出される頭ぽんぽんが不愉快だ。渾身の力で叩き落としておく。
「っ~~~~!!!!最っ低!!嫌いです。今ので完璧に嫌いになりました!」
「ええーひどいなー。俺はクロエちゃんの事もジェレミー君の事も好きだよ」
「俺の事まで巻き込まないでください。迷惑です。ちなみに俺は貴方の仕事を堂々とサボって、かつ押し付けてくるところが嫌いです。今すぐ改善して、仕事してください」
「う゛……ちょっと気分が――って事で、今日は#解散__かいさーん__#!出発は明後日にするから、二人共準備しておいてね!!」
「は!?え???」
ジェレミーが仕事の話をした途端、さっさと追い出される……聞き捨てならない情報を付け足して。
「はああぁあああ。あの男……仕事しろって話題になるとすぐに体調悪いフリするし、なにより出発を明後日にするとか急すぎるでしょ。私、明後日はまだ休日よ?」
「すまない。これはこの任務に誘った俺が悪いな。今からでも出発までの期間を少し延長してもらうか?」
「んーん。ああは言ったけど、大丈夫。持ってくものもそんな多いわけじゃないしね」
ここでクロエはふと気が付く。ずっとリオンに言われた言葉が心の深くに突き刺さっていた筈なのに、今では少し心が軽くなっていた。そんな自分に少し薄情さを感じながらも、先程までのやりとりにクスリと笑う。たまには引っ掻き回されるのも悪くないかもしれない、なんて思いながら。
こうして絶望から始まった一日の夜は明けていく。何かが大きく変わる予感を携えて――。




