19.
結局、クロエがあの会心の一撃を与えた後、魔物二体――もといリードともう一体の魔物は、湖の更に奥に逃げ、姿をくらませてしまった。
当然、クロエも追おうとしたが、予想以上に『万象浄化』で魔力を使い過ぎていたのだろう、その魔力の豊富さから、無限の魔力倉庫とまで称された彼女は、初めて魔力切れというものを体験することになり、そのまま意識が深い底に落ちた。
***
落ちた意識の底。真っ暗闇の中に立っている感覚で、無意識の中、夢の中なのに#意識が醒める__・__#。
暗くて、何も見えない筈なのに、視える。そしてどこに向かうべきなのかも自然と理解できた。ヒタヒタと水の上を身体が勝手に進んでいく。
この夢は、最近ずっと見ている夢と同じだ……ぼやけた意識の中で、クロエは考える。別に内容が同じというわけではないのだ。なんとなく、この独特の静謐な空間に漂う魔力のようなものが近いような気がしたのだ。
そうして短時間なのか長時間なのか分からないが、歩いた後、ピタリと足が止まった。身体が勝手に、てのひらを目の前のモノにピタリとくっつける。冷たい。触れた所から体温が奪われていく。まるで氷のような冷たさだった。
そうして結晶の中身を見つめる。触れた物体の中に納まるモノ。それは、クロエが見上げる程に大きな、透明な結晶の中に閉じ込められた……見覚えのありすぎる腕、見覚えのあり過ぎる足、そして見覚えのあり過ぎる顔に、髪の毛。そこにいたのは、クロエと全く同じ姿を持つ女性だった――。
「っ――」
声が出なかった。ソレが、クロエと同じモノだ――と認識した瞬間、結晶の中に身体がズブズブと飲み込まれていく。抜け出そうにも、身体に力が入らない上に、頼りの魔法も使えない。自分が自分でなくなるような、恐ろしさに意識が塗りつぶされる。
嫌だ。怖い、やめて――。
何度心の中で繰り返すが、飲み込まれる速度は変わらない。遂に身体が半分飲み込まれ、後は顔と右半身だけとなったところで、揺すられる感覚と共に意識が醒めた。
***
「クロエちゃん!!」
「…………エルヴィヒ」
目を開けて一番に飛び込んできたのは、いつになく焦った様子のエルヴィヒだった。彼はクロエの肩を思い切り掴んで、揺すっていたようで、肩が痛いと起きて早々に彼女は文句を言う。
辺りを見回すと、自分がいるのは、戦っていたあの湖ではないことに気付く。それと同時に、リードと魔物を自分のせいで追えなかったことを思い出し、クロエは自分自身に怒りがわいてきた。
このまま再び魔物と対峙しに行こうとする自身の焦燥感を抑える。あの後何があったか、あの時のエルヴィヒの行動について、それらの事実をまず確認しなければならない。重要なのは冷静に現状を把握することだ。
「私はどれくらいの間寝ていたのですか?」
「2日。さっきは溺れたみたいに藻掻いてたから、魔力の回復を待たずに起こさせてもらった。君、これでも魔力が完全に切れてて、絶対安静の状態だったんだよ?」
「……とりあえず、お礼は言っておきます。起こしてくれて有難うございました」
「うん。どういたしまして」
この男が素直だとなんだか気持ちが悪いとクロエは失礼なことを思う。
しかしながら、エルヴィヒに感謝しているのは本当だ。あのまま夢の中で過ごしていたら……と考えると、恐ろしくて仕方がなかった。
彼の話を聞いている限り、クロエはあの場で魔力切れを起こした後、ずっと眠っていたらしい。
魔力というのは基本的に生命力と繋がりが深い。それ故に魔力を使う者は、眠ったりなどした方がより、魔力が回復しやすい傾向にある。
だから酷い魔力切れを起こし、瀕死の状態になると、基本的に意識が途切れるのだ。今回もクロエの身体は勝手に休眠状態に入った。
しかし、クロエは今回かなり深刻な状態だったらしく、この基地にいるうちの何人かのメンバーで代わる代わるクロエの状態を見て看病をしていてくれたらしい。
そして今は丁度エルヴィヒの看病の順番であり、珍しく真面目に仕事をしていた彼は、クロエの急変に気が付いて彼女を起こしたのだった。
「そういえば、エルヴィヒ。貴方が私にあの時渡した杖はなんだったのですか」
「ああ。あれはね、この地方に古くから伝わる『聖杖』っていう特殊な道具。君の浄化の力を解放するための鍵のようなものさ。いや~、城の宝物庫から持ち出すのには苦労したよ」
「……何故、私にあの杖を渡したのですか?貴方は、何を知っているんですか?」
「ん?何って、全部?君が知らない事もたくさん」
にっこりとエルヴィヒが微笑む。
クロエは思う。この男は、クロエ以上にクロエの事を知っているのかもしれない、と。なにせクロエが目覚めたあの力『万象浄化』は文字通り浄化の力であり、二神の内の一柱である女神が持っていたとされる聖なる力だ。
あまり文献が残っていないため、クロエもあまり詳しくはないが、あの力について書かれた文章を読んだことがあった。
『万象浄化』は女神が力を与えたとされる『守護の一族』に代々引き継がれてきた筈のものなのだ。だから、クロエなら使いこなせると考え、あの杖をあの瘴気をなくすというタイミングで、あの解決手段を与えて来たエルヴィヒは明らかに怪しかった。
そして問いに対して、帰ってきた答えは『知っている』というものだ。きっとこれはブラフでもなんでもない。エルヴィヒはクロエに関すること、そしてきっと出自についても、何かしらの情報を確実に持っている。
「きっと、そのうち君にも分かる」
この男が何を考えているのか分からない。信用できない。いつでも逃げられるように、後ろから撃たれても反撃できるように、準備しておかなければ――そうクロエは改めて決意した。




