16.
クロエがジェレミーとエルヴィヒに情報を共有してから数日経った日の夜。
クロエは夜番が丁度回ってきていたので、騎士達の訓練を終え、今日の仕事がひと段落ついたのを確認してから夜番用の施設に移動する。そこは監視塔のようになっていてかなり寒い。毛布一枚だけで来たことを後悔した。
しかし今から帰るというわけにはいかないので、自分自身に火属性の熱魔法を張り巡らすことで寒さをしのぐ。それと同時に、いつでも戦闘が出来る体勢を取りながらも、暖かくなった監視塔のてっぺんでボーっと考え事をしていた。
『私はコールが向こう側にいた時、戦えるのだろうか。殺せるのだろうか』
『もし彼自身の意志で向こうについていたその時。私は恩人を取るべきなのか、それともこの国を取るべきなのだろうか。その時、今の仲間――レミーやシトリー、部下達、エルヴィヒ……そしてリオンを殺せる?』
一人でこの場に存在している。それだけで様々な疑問や未来への憂いが頭の中を覆いつくす。ただただ不安だった。未来の自分は何を選択すれば正解なのか、後悔しないのか。もし選択する時が来たとして、その時に悔いのない選択なんて出来るのだろうか。
しかしながら、ここまで来てもジェレミーとシトリーは当然として、リオンの事まで考えてしまっている自分にクロエは少し笑ってしまった。そしてそれと同時に、心の奥に『ああ、やはり自分は彼の事がどうしようもなく好きなのだ』という考えがストンと落ちた。
どれだけ酷い言葉を掛けられようとも、どれだけ考えないようにしようとして離れても、嫌いになんてなれなかった。それだけリオンは、クロエの中で大きな存在なのだ。
だからこそ、これからの方針をどうすれば良いのかが分からないのだ。どちらを選んだとしても、きっと自分は後悔するのだろう。その考えが、ずっと頭の中でチラついていた。
そんなことを悶々と考えていた時だ。誰かが梯子を登ってくる気配がして、後ろを向くと、ジェレミーがそこにいた。
「レミー?どうしたの?」
「いや、少し話したくてな。ココア、持ってきた。甘いもの好きだろう」
「えっと……ありがとう」
まだホカホカと湯気を立てるココアを受け取る。一口飲んで、甘いそれに癒されながら、ホゥっと息を吐き出すと、息が白くなっていた。
暫くお互いに飲み物を飲んで、一息吐く。そんな時間が暫く続くが、その気まずさのない静かな空間は気の置けない仲であるということもあり心地よかった。
「……クロエ、お前、無理していないか?」
飲み物が空になったところで、ジェレミーが静寂を破る。こちらを落ち着かせるような優しい声音だった。
「なんというか、最近色々なことが続いていただろう。この任務に誘ってしまったのも俺だしな。……心配なんだ、お前の事が」
クロエよりも高い位置から此方を伺うような視線を注がれる。しかし、何も答えられなかった。なにせ色んな可能性を考えてしまっているのだ。
もしかしたら今後、この親友である男もその妹であるシトリーも裏切らなければならない状況に陥ることがあるかもしれない。それを考えると気まずく、話しにくかった。誰しも『今後、貴方を殺すかもしれない状況で、殺せるか分からないから悩んでいる』などと言われた時には良い気分にはならないだろう。
だからと言って、コールと相対する可能性があることに悩んでいるという部分だけ話して、誤魔化したところで、この無駄に勘の良いこの男は騙せないだろう。
だから何も答えなかったのだ。
「これは俺の独り言なのだが――」
このままでは、クロエが何も言わない事を察したジェレミーがわざとらしい前置きをしてから話し出す。
「俺はな、ブレイカー伯爵家の嫡男ではあるが、別にこの国に心の底から仕えているわけじゃない。実際、白騎士に所属していると分かるが、この国はお前が考えている程綺麗な面ばかりではないぞ」
クロエは彼の言葉を聞きながらも、まだ顔を上げることはない。そんな様子を眺めながらも、不穏な事を言っているジェレミーは話を続ける。
「まあ、そんな国にいる中、だ。俺は今まで割とクロエ、お前に助けられてきた局面が多いんだ。心が折れそうだった時も、お前の見せた、そして行動した優しさに何度も救われた。そんな人間は俺だけじゃなくて俺の妹のシトリーも同じだ」
だから――俺はお前がこの国を裏切るというのなら、一緒について行こうと思っているんだ。
そこまで言われて、その意味を理解した瞬間、クロエは凄い勢いで顔を上げて、ジェレミーの瞳を見た。曇り一つない瞳だった。妹であるシトリーよりももっと深い紫色。その瞳はクロエだけを真っ直ぐに、ただじっと見つめる。
クロエが悩んでいる事を、内容を全て分かっていたのだ、彼は。
ズルい、と思った。普段は筋肉の事しか考えていない、無言無表情、トレーニングの時だけ笑顔を見せる変態野郎なのに。本当にクロエが悩んでいる時だけは、話を聞いてくれたり、こうやって自然と全てを察する男なのだ。
「レミー……ありがと」
ジェレミーもすぐに出す答えは求めていない。でも言った言葉は真実である、とその瞳が、表情が伝えてくれていた。だからお礼だけを言った――。




