11.
「……これは、どういうことだ」
国の中でも王族や騎士団に関わる、特に位の高い貴族と言った限られた人間しか入る事の出来ない特殊な資料保管室。仕事を数日分予め終わらせておいた後にこの場所に籠って、1週間。室内では魔法が使えないように魔法障壁が張られたその場所で一人、リオンはクロエ、そしてエルヴィヒが受けたと思われる任務を調べていた……が、見つからないのだ。
ここであれば、この国内で起きている事で分からないことなどない。それ故にどのような特殊なものであろうとも、受理された任務記録は全て納められている筈なのに、まずあの二人が『任務に行った』という記録すら見つからない。それだけではない。保管室のクロエに関する資料を文字通りひっくり返すようにして片っ端から調べていると、更にあり得ない事実が判明する。クロエが#騎士団に所属している__・__#という記録すらも消されているどころか、今までのクロエの経歴書すらも見つからなかった……まるで最初からそこには何もいなかったかのように。
1週間。1週間だ。そんな長い間、何度も何度も1つの資料も漏らすことなく探し続けたのだ。それでも何一つ見つからなかった。
それに妙な焦りを覚えて、言葉が思わず口から零れてしまった。何が起こっているのか、検討すらつかない。確かにシトリーはクロエがエルヴィヒと共に#任務に就いた__・__#と言っていた筈だ。それなのに、何故任務記録がないどころか、クロエが聖騎士団団長として騎士団に存在していた記録すら消えているのだろうか。
そこまで考えたところで恐ろしくなった。
まるでクロエの存在が目の前から崩れ去っていくような感覚に襲われる。言いようのない嫌な予感がした。
それにエルヴィヒが関与しているであろうことも非常に気になった。確かに、クロエの#エルヴィヒに対する恋心__・__#を正面から叩き潰した理由は、大きく育ちすぎた嫉妬心が原因である。しかしもう一つ、リオンはエルヴィヒにクロエを関わらせたくないという感情も同じくらいに大きかった。あの男……この国の王族に深く関わると、きっと近い将来とんでもないことになる。
最近、王族に近い貴族の動きが怪しいのだ。軍備を増強し、農作物を貯蓄し、まるでどこかの国に戦争を仕掛けようとする直前かのような。否、きっと近いうちに戦争は起きるのだろう。リオンは何としてでも、その中心人物の一人となるエルヴィヒとクロエを遠ざけておきたかった。
だって彼女がエルヴィヒから離れてくれさえすれば、リオンはいつでもこの国から出られるような準備をしているのだから――。それが例え、クロエに恨まれる選択肢だったとしても。
そしてリオンは少しでも情報を集めるために、絶対的にこの件に関与しているであろうエルヴィヒの執務室に向かう。そこで、リオンはまたしても信じられないものを目撃することになる。
「お疲れ様です、リオン団長!」
「お前、誰だ?」
思わず目の前の男を警戒し、一瞬だが殺気を孕んだ低い声が出る。言葉遣いが荒くなってしまったのも仕方がないだろう。それほどまでに驚きが大きかった。
彼をエルヴィヒの執務室で迎えたのは、全く知らない若い男だった。歳は、リオンよりも少し下だろうか、どことなく影がある印象を受けるエルヴィヒとは真逆の容姿――見るからに快活なことが分かる男だ。それになんだか馴れ馴れしい。汚い任務ばかりの黒騎士団では見ないタイプの顔である。
「俺はエルヴィヒ様の後任として、本日から配属されたラッシュ=ハーピストと申します」
「エルヴィヒの後任、ですか?僕はそんな話は一度も聞いていません」
「え!?そんな、おっかしいなー。俺は確かに国王陛下から直接移動を命令されたのですが、団長がそれを聞いていないとは……」
ピラリと男が、見るからに上質な紙を差し出す。見てみると、確かにそれは国王の印が入った移動通達書類だった。
書類は確かに本物であるし、目の前の男は嘘を言っているようには見えず、一先ず警戒は解くが、まだ何が起こっているのか把握しきれていない。
「この部屋はラッシュ、貴方が片付けたのですか?」
「いいえ?俺が来た時からこの状態でしたが、何か問題でもありましたか」
エルヴィヒが今まで使っていた筈の執務室内は妙に綺麗だった。いつもであれば、どれだけリオンが注意しても、書類にお菓子、仕事に必要ないであろう玩具といったものが乱雑に置かれているというのに。まるで#こうなることを全て知っていた__・__#かのようだ。
チラチラと視線で、室内を探っていたことがバレたのだろう。リオン自身もあからさますぎたと思うが、ここまで来たら、素直に白状するしかない。
「……少々調べたいことがあるので、一時的にこの部屋を貸して頂けますか?」
***
部屋を空けさせたは良いが、結局のところリオンは何も見つけることが出来なかった。部屋の隅々まで全て調べつくしたというのに、何も、だ。エルヴィヒはかなり雑な人間だ。お菓子は基本手を付けたものをいくつも出しっぱなし、オモチャや他の騎士に悪戯するための道具を大量に置く――とにかく関係のない私物を執務室に大量に持ち込むのである。
だからエルヴィヒの私物一つすら見当たらないその部屋は、不気味さすら感じさせた。
エルヴィヒの執務室でヒントになりそうなことが何一つ見つからないという事実に対する手詰まりと失望を感じていると、そこにとある人間が訪れる。
「リオンさん、いらっしゃいますか」
「……シトリーさん」
「貴方はクロエさんの事を覚えていますよね?」
「は?何を言っているんですか。僕が彼女の事を忘れる筈がないでしょう。まさか、こんなところまで揶揄いに――」
「違います!違うんです」
シトリーは身体の力が抜けたかのように泣き崩れる。
彼女はリオンのぶつけてくる強い言葉に違うのだと主張しながら、ゆっくりと事情を話し始めた。
曰く、リオンが部屋に訪ねて来た後、数日間。いつも通り仕事をしていたのだが、急に聖騎士団の新たな団長だという男が訪れたのだそうだ。そして、その男に言わせるに、長年空席だった聖騎士団団長に自分が任命された、と――。
しかもクロエの事を知っている筈の部下に話を聞いても、誰一人として、クロエとは誰だ、団長の座は長年空白だったと同じことを答える。わけがわからなくなったシトリーは、少し前にクロエについての用事で訪ねて来たリオンであれば……!と考えてここまで彼を探し、訪ねて来たようだった。
「実はこちらでも調べた結果、クロエさんが聖騎士団団長として所属していた記録が全て抹消されていたのです。それどころか彼女の経歴や今までの記録すらも全てが消されていました」
人間一人の記録だけではない、その人物に関わっていた殆どの人の記憶が消えている。リオンの嫌な予感は確信に変わった。クロエは何か大きな事件に巻き込まれている。
「……これもあのエルヴィヒの仕業ですか」
「それは正直分かりません。しかし一つ言えるのは、彼にはこんな事を仕出かすほどの魔力はなかった筈です」
誰に訊ねても解決できない疑問と、誰も答えることのない静寂だけが部屋を支配していた。




