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掲揚

この作品はフィクションと私のエッセイを織り交ぜた、落書き風の日記です。

 そういえば今日の飲み会って宅飲みだったっけ、居酒屋だったっけ。

 気怠さを微塵も隠すつもりのない男は、寝ぼけ眼を擦りながらそんなことを考えていた。そして、秋晴れの空を見事に表現できている青空を窓越しに眺めながら感心するのであった。その間聞こえてくるのは、空調の音だとか周りのヒソヒソ話だとか、あるいは無機質に淡々と授業をする教授の声だとか。

 睡眠導入に適したそれらの環境音は、当然ながら人間の生理的なあれを誘う。

 つまり、サバンナのドキュメンタリー映画に出てくるカバを彷彿とさせる大きな欠伸を一つ。

 最高の環境・最高のタイミングで、全身に酸素が巡り、その心地良さが最高潮に達しようとしていたその直前、男は何者かに突然後ろから背を叩かれた。行き場のなくなってしまったそれは、途端にむせ返りとして、意図も容易く小さな幸せを壊すのであった。怒りと言うには大袈裟で、しかし彼にとっては許し難い、この不快感をもたらした犯人の御尊顔をこの目で拝んでやろうと、上半身をぐるりと半回転させ、鋭い目つきで睨んでやった。

 するとその罪人は豆鉄砲を食らったかのように、「うわっ、顔こわっ」と逆に驚きを見せた。罪人もとい彼女の驚くその様は、この女が潔白であり危害を加えたのが男の方であると錯覚してしまいそうなほどであった。

 「……心臓に悪いって」と彼の表情は安堵と少しの気恥ずかしさに緩み、大袈裟に溜め息をついてみせる。

 それを最後まで見届けた彼女の方は、「……てか絶対授業聞いてなかったやろ」とあっけらかんとして、無邪気に茶化してみせる。

 水平線に沈む夕陽を映す水面。真夏のアスファルトに揺らぐ陽炎。

 畢竟、輪郭を捉えられず複雑に屈折するソレに、彼も彼女も心の隙間をくすぐられ、しかしながらお互いその正体を言葉で模ることはしない。

 そして『私』までもが、ソレを言葉にすることに躊躇してしまうのは、尊さという薄氷を踏まないようにするためなのか、将又その正体が陳腐であることを悟ってしまうことに及び腰になっているからなのか。

 いずれにせよ、『私』の心には既にどす黒い影が落ちてしまっているのである。

学生時代、定期試験前の放課後に好きな子に教えてもらった数式も

それを一生懸命に『私』に伝えようとしてくれた彼女の声音も

当時は一生涯忘れるはずがないと信じて疑っていませんでした。

かけがえのない尊い記憶だったからこそ、

ソレらは時間の経過につれて、より鋭利でグロテスクな凶器として自分に向けられていることに気づき、

それを境に、大切で愛おしいソレらに出会うこと自体に抵抗感を覚えるようになりました。

そしてタチの悪いことに、この感情だけはこの先忘れることはないんだろうなと。

漠然と持ち合わせてしまったこの絶望と向き合うため、今回執筆を決心しました。

自分を含め、人生を上手に消費できない誰かの自問自答の一助になれたら幸いです。


2026/01/24

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