第13話「決着――侯爵家の終焉と新しい盟約」
翌朝、王都には爽やかな風が吹いていた。
裁判は終わり、リオン侯爵の一派は全て処罰された。王国には、再び平和が訪れた。
私は父と共に、宮廷での仕事を始めることになった。宰相補佐の父を支え、同時に王国騎士としての任務も果たす。忙しい日々だが、充実していた。
「リアナ、これを見てくれ」
父が書類を差し出してきた。
「新しい法案だ。魔法具の使用を制限する内容だが、君の意見を聞きたい」
「分かりました」
私は書類に目を通した。
契約の書のような危険な魔法具が、二度と悪用されないための法案。妥当な内容だと思った。
「良い内容だと思います。ただ、ここの条項は少し厳しすぎるかもしれません」
「そうか。では、修正しよう」
父との仕事は、意外にも楽しかった。
以前は、父とまともに話すことも少なかった。だが今は、対等な仕事仲間として向き合っている。
「リアナ、お前は本当に成長したな」
父が嬉しそうに言った。
「あの事件がなければ、お前のこの才能に気づかなかったかもしれない」
「父様……」
「だから、感謝している。お前が戦ってくれたおかげで、家族も王国も守られた」
父は私の頭を優しく撫でた。
その手は、温かかった。
午後、私はセルゲイと共に、リオン侯爵の屋敷を訪れた。
彼の財産は王国に没収されることになり、屋敷も解体される予定だった。その前に、何か残すべきものがないか確認するためだ。
「ここが、全ての陰謀の発信地だったのか」
セルゲイが屋敷を見上げた。
「ええ。でも、もうここには誰もいません」
屋敷の中は、もぬけの殻だった。
使用人たちは既に解雇され、家具も運び出されている。
私たちは各部屋を確認しながら、奥へと進んでいった。
書斎に辿り着くと、そこには大量の書類が残されていた。
「これは……」
書類を確認すると、それはリオン侯爵が長年にわたって行ってきた不正の記録だった。
賄賂、脅迫、横領——全ての証拠が、ここに残されている。
「これは、王国に提出すべきですね」
セルゲイが言った。
「他にも被害者がいるかもしれない。この証拠があれば、全員に正義を取り戻せる」
「ええ、そうしましょう」
私たちは書類をまとめ、持ち帰ることにした。
屋敷を出る前に、私は庭園に立ち寄った。
そこは、意外にも美しく手入れされていた。色とりどりの花が咲き、噴水が静かに水を湛えている。
「こんなに綺麗な庭園を持っていたのに、心は醜かったんですね」
私が呟くと、セルゲイが頷いた。
「外見と内面は、必ずしも一致しない。だからこそ、人は本質を見極める必要がある」
「そうですね」
庭園のベンチに、一人の老婆が座っていた。
リオン侯爵の母親だった。
「あなたは……リアナ・ヴァレンティア」
老婆が私を見つめた。
「はい。お会いしたことはありませんが」
「息子が、お前のことをよく話していた」
老婆は悲しそうに微笑んだ。
「強い娘だ、と。そして、自分が負けた相手だ、と」
「リオン侯爵の……お母様」
「息子は、間違ったことをした。それは分かっている」
老婆は俯いた。
「でも、私は母親として、息子を愛している。だから——」
彼女は私に頭を下げた。
「息子のしたことを、許してくれとは言わない。ただ、あなたに感謝を伝えたい」
「感謝……?」
「あなたが息子を止めてくれたから、もっと大きな罪を犯さずに済んだ。もし、あなたがいなければ、息子は人を殺していたかもしれない」
老婆は涙を流した。
「だから、ありがとう。息子の罪は、私も一緒に背負っていく」
その言葉に、私は胸が痛んだ。
悪人にも、愛する家族がいる。
それを、改めて実感した。
「お母様」
私は老婆の手を取った。
「息子さんは、終身刑になりました。でも、面会はできます。どうか、会いに行ってあげてください」
「本当に……?」
「ええ。家族の愛だけが、彼を救えるかもしれません」
老婆は嗚咽を漏らし、私の手を握りしめた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
屋敷を後にする時、私は複雑な気持ちだった。
正義は果たされた。だが、誰かが傷ついている。
それが、現実なのだ。
「リアナ」
セルゲイが私の手を握った。
「お前は、正しいことをした。それを誇りに思っていい」
「……ええ」
王宮に戻ると、国王が私たちを呼んでいた。
謁見の間で、国王は厳かに宣言した。
「リアナ・ヴァレンティア、セルゲイ・アルノ。そなたたちの功績を讃え、特別な任務を与える」
「任務、ですか?」
「そうだ。王国の平和を守る、特別警備隊の創設だ」
国王は書類を差し出した。
「そなたたちが隊長となり、魔法具の悪用や陰謀を未然に防ぐ組織を作ってもらいたい」
私とセルゲイは顔を見合わせた。
それは、大きな責任を伴う任務だ。
だが——。
「お引き受けいたします」
私たちは同時に答えた。
国王は満足げに頷いた。
「よろしい。そなたたちなら、必ずや素晴らしい組織を作り上げるだろう」
謁見の間を出た後、セルゲイが言った。
「大変な仕事になりそうだね」
「ええ。でも、やりがいがあります」
「そうだね。君と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる」
彼は私の手を握った。
「これから、僕たちは対等なパートナーとして働く。婚約者としてではなく、盟約者として」
「盟約者……」
「ああ。共に戦い、共に守り、共に生きる。それが、僕たちの新しい関係だ」
その言葉に、私は深く頷いた。
もう、婚約という義務の関係ではない。
対等な、盟約の関係。
それが、私たちの選んだ道だった。
その夜、私は王立図書館を訪れた。
リュートとの約束があったのだ。
地下書庫で、彼は温かい紅茶を用意して待っていてくれた。
「リアナ様、お疲れ様です」
「リュート。いつもありがとう」
「いえいえ。それより、聞きましたよ。特別警備隊の創設」
「ええ。大変な任務だけど、頑張ります」
リュートは微笑んだ。
「あなたなら、きっとうまくやれます。それに——」
彼は本棚から一冊の本を取り出した。
「これを、あなたに」
「これは?」
「あなたの物語を、僕が書き記したものです」
表紙には、金色の文字で題名が書かれていた。
『王立図書館で拾った世界をやり直す約束――ただし代償は私の婚約者』
「リュート……これって」
「あなたの冒険の記録です。契約の書との戦い、陰謀との戦い、そして愛の物語」
彼は本を私に手渡した。
「いつか、この物語が誰かの役に立つかもしれない。だから、大切に保管してください」
「ありがとう、リュート」
私は本を胸に抱きしめた。
「あなたは、本当に強い人です」
リュートが言った。
「だからこそ、これからも多くの人を救えるでしょう。期待しています」
「頑張ります」
私は微笑んだ。
「そして、また図書館に来ます。だって、ここは私の大切な場所だから」
「いつでも、お待ちしています」
図書館を出ると、セルゲイが待っていた。
「話は終わったか?」
「ええ」
「なら、帰ろう。明日から、新しい仕事が始まる」
「そうですね」
私たちは手を繋ぎ、夜道を歩き始めた。
月が、静かに輝いている。
星々も、私たちを見守っている。
全てが、ようやく落ち着いた。
陰謀は終わり、契約の書は封印され、新しい任務が始まる。
そして——私たちの未来も、これから始まる。
「セルゲイ」
「ん?」
「これから、どんなことが待っているんでしょうね」
「分からない。でも——」
彼は私を見つめた。
「どんなことが待っていても、僕たちなら大丈夫だ」
「ええ。そう思います」
私たちは、新しい一歩を踏み出した。
王立図書館から始まった物語は、ここで一つの区切りを迎える。
だが、それは終わりではない。
新しい物語の、始まりなのだから。




