ぬらりひょん
セミの声でじわじわと汗がにじんでくるようだ。私は夏の日差しに目を細めて、ちょうど家の前を通りかかった郵便局員さんに「お疲れ様です。暑いですね」と声をかけた。すっかり顔馴染みだ。
どこに行っても「何年前からいたっけ?」と聞かれる。答えるついでに「影が薄い?」と返すが、そういうことではないらしい。
「すごく馴染んでるんだよ。もっと前からいるみたいな気がして」
初めて言われたときは、きょとんとしてしまった。自覚がないから、よくわからない。私としては自然に過ごしているだけだ。夫は「自然体だから、そう思うのかもよ。ぬらりひょんみたいだね」と言う。
「ぬらりひょん?」
「妖怪の総大将」
「それはどんなことをする妖怪?」
「いつの間にかそこにいる」
「なんかよくわからない妖怪だけど、総大将なの?」
「そう」
夫はぬらりひょんについて語った後、出社していった。
午後になって、公園に子供を連れて遊びに出かけた。同じような年頃の子供たちが駆け回っている。まだ少し青いどんぐりを拾った。殻に亀裂が入っている。
「ねぇ見て! どんぐりの目みたい。どんぐりの妖精さんかもしれない」
子供と遊んでいると、たまに私の方が子供なのではないかと思うことがある。砂場でトンネルを作るのに夢中になってしまったり、ファーストフード店のおまけに心躍らせてしまったりと、枚挙にいとまがない。
一度霊感のある人に見てもらったら「あなた……すごく小さいのがいっぱい憑いてるわ」と言われてしまった。色々なものを面白がるから、憑いてきてしまうらしい。
憑いてくると言っても、幽霊ではないそうだ。小さい妖怪や妖精の類いらしい。私は彼らの好む性質で、守護霊のようなものだよ、とその人は言った。大きい守護霊団と、小さいのがたくさんいるらしい。守護霊って一人じゃないのかと私は驚いた。
確かに、蝶々が羽化するときに教えてくれるだとか、カラスとあっち向いてホイができるだとか、少し不思議な話は色々とある。
砂場をスコップで掘り返す子供をながめながら、今朝の夫の話を思い出す。
妖怪のぬらりひょんも、案外私のような性質なのかもしれない。もしも副大将として呼ばれてしまったら、困るけれど。