始まり
「なぁ、刀児ー。」
うしらから気の抜けた声が聞こえる。聞き慣れた声。
「どうした?山谷。」
山谷は俺がこの地域本部で知り合った唯一親友と呼べる人物だ。
「聞いてくれよー、さっき上官から聞いた話なんだけどさぁ、俺たち本部に行くらしいぜー。」
「……はぁっ!?」
広島県広島市出身、中学卒業後軍に所属し早2年。家族は俺と同じ軍人の父と、家で僕の帰りを待ってくれている母。そしてもうすぐ14になる妹がいる。そんな極ありふれた四人家族である。そんな俺のところに今の話がやってきた。本部に行け?どう言うことだ?意味がわからない。本部は基本、参謀部が集まっており、「頭のいい人の集まり」と言うのが俺らのイメージだ。そんな所に俺らを入れる?意味がわからない。改めて言おう意味がわからない。参謀本部は基本忙しいが、最近人手が足りていないらしいが、そのことなのだろうか。そう言えば、父が言っていたな。本部が忙しいせいか、情報の伝達が滞り、前線の兵士たちは異常な労働時間とストレスにより、使い物にならなくなっていた、と。現場では参謀の命令は絶対などと言って無理やり働かされた人はたまらないだろうな。
「まぁ、前線に立たなくていいだけマシじゃねーか。」
「相変わらず山谷は自分第一だな。」
「?…当たり前だろ?人間は生きてなんぼなんだから。」
「まぁ、そうだけどさぁ。」
そっと呟いた俺の言葉は山谷には届かなかった。
「…と言うことだ!準備が出来次第、出発せよ!では、一同!解散!!」
「「「はっ!」」」
上官の挨拶が終わり、全員が上官と日の丸に敬礼しながら上官の退出を待つ。上官はドアを開け、後ろを振り返り日の丸に一礼。足を一歩踏み出し廊下に出た。そのことを確認して初めて、俺たちは動くことを許される。
「やっぱ上官怖えー。」
何人かの隊員たちが言葉を漏らす。一部屋に十五人程度。横に五人、縦に三人並んでいる。どうやら今回は移転する人のみ集められた様だ。次々と、隊員たちは言葉を漏らしていく。そんな中、明らかにこっちに話しかけてきてる奴がいた。
「やっぱ俺たち本部行きだったな!」
内心、間違えだろうと思ってたけど。
「ああ、今も疑ってる。」
まだ信じられない。まぁ、仕方ないだろう。なぜ選ばれたのか。どうして俺たちなのか。一切明かされていない。上官から言われたのも「本部に行ってお国のために尽くせ。」だけだった。なんかもう全部がふわふわしている。
「で?これからどうする?」
「ひとまずは準備かな。急がないと上官に怒られそうだし。」
「はっ、だな!」
俺と山谷は部屋に向かった。
「今から行けば間に合うか?」
「うーん、どうだろう。」
俺たちは汽車の時間表と睨めっこしていた。実はもう、消耗品がいくつかなくなっており、買いに行きたいのだか、時間があれだったら行けないしな…と言うのが今の現状。俺たちの言う汽車はそのままの汽車だ。民間用に使われていた汽車はほとんどが軍用になり、軍の物流を支えている。だが、最近、深刻な問題が起き始めていた。石油不足だ。汽車を作る材料はどうにかなる。だが、エネルギー自体はどうしようもない。こればっかりは参謀部もお手上げの様で、往復回数を減らして運行されている。この状況と今の状況をかけ合わせる。何と喜ばしいことでしょう。一つ乗り遅れるだけで次の汽車は新しくお日様が登ってから。簡単に言うと乗り遅れたら終わり、ってこと。
「考えても仕方ねぇ!ひとまず行くか!」
「あぁ、そうだな。」
本編「あの花の丘で」よりちょっと前に遡る、お兄ちゃんのお話。国家の下で必死に働く兄の奮闘、仲間との絆、家族への愛。本編で描かれなかった兄の物語をご堪能あれ。by夢花見