おいしいカリーの作り方(ショート版)
結婚して一年が経つ太郎は、妻・美里 の母、絹代 の圧倒的な存在感に気圧 されていた。
美里は心優しく美しいが、絹代の魅力は別格だった。
絹代の料理はみんなおいしい。特に「愛情たっぷりカリー」は家族全員が絶賛する。
「お義母さんのカレーは最高です」
太郎が言うと、絹代は柔らかく微笑 んだ。
「太郎さん、違うわ。カレーじゃなくて『カリー』よ。愛情たっぷりカリー。」
その言葉に、家族は笑い、太郎も笑顔を返したが、どこか不思議な響きを感じていた。
ある日、絹代が太郎を呼び止めた。
「太郎さん、もう家族なんだから、私のカリーの秘密を知ってもいい頃ね。」
彼女の目は真剣で、どこか神秘的だった。太郎は好奇心と微 かな不安を抱きつつ、「ぜひ」と答えてしまった。
翌朝、絹代は太郎を自宅の奥の部屋へ案内した。薄暗い和室、窓から差し込む光が畳 に影を落とす。絹代は座布団に座り、静かに言った。
「これが私のカリーの元よ。」
彼女は深呼吸し、目を閉じた。まるで神聖な儀式のようだった。だが、突然、静寂 を破る音が響いた。
「ぷぅぅ…」
という音。太郎は耳を疑った。絹代の体が小さく揺れ、音は続く。
「ぷちゅ…ぷりゅ…ぷぅ…」
低く、断続的に響くその音に、部屋の空気が重くなる。太郎の心臓は早鐘 を打ち、額に冷や汗が滲 む。絹代は無心の表情で、まるで自らの身体で何か神秘的なものを生み出しているようだった。
やがて彼女は立ち上がり、静かに微笑んだ。
「準備できたわ。」
絹代は和式トイレへ向かい、しゃがみ込む。
「ぽとん…ぷるっ…」
鈍い音が響き、太郎は息を呑んだ。彼女が手に持つのは、明らかに排泄物だった。
「腸内熟成カリー…これが愛情たっぷりカリーの本当の名よ。」
絹代は穏やかに言い、皿に移して調味料を振りかけた。混ぜ合わせるうち、不思議なことにカリーの香りが漂い始める。
「これを食べて、真の家族になって。」
絹代の声は優しく、だが有無を言わさぬ力があった。太郎の手は震え、目の前の皿から漂う香りは確かにあの「愛情たっぷりカリー」だ。しかし、その正体を知った今、胃が締め付けられるようだった。
「このカレーを、、食べるんですか…?」
と震える声で尋ねると、
「太郎さん、違うわ。カレーじゃなくて『カリー』よ。腸内熟成カリー。」
絹代の目は鋭く、拒絶を許さない。
太郎は葛藤した。スプーンを握る手が震え、喉はカラカラに乾く。だが、絹代の視線に押され、ゆっくりとカリーをすくった。スパイスの香りが鼻をくすぐる。一口、口に運ぶ。瞬間、信じられない旨味が広がった。深みのある風味、複雑なスパイスの調和。思わずもう一口。太郎は呟いた。
「美味しい…」
だが、心の奥で別の声が叫ぶ。
「俺は…何を食べているんだ?」
食事を終え、絹代は満足げに微笑んだ。太郎は秘密を胸に閉じ込め、日常に戻った。だが、絹代への恐怖と敬意は深まり、あの味を求める自分に戸惑い続ける。夜ごと、夢の中であの香りが漂い、太郎は静かに葛藤 していた。