「まどろみの駅」
その駅には、時刻表がなかった。
誰もが「いつか来る」列車を待っていたが、誰一人、焦っている様子はなかった。
真白は、春の匂いが混ざった風に髪を撫でられながら、ベンチに腰を下ろした。
ベンチの端には、見知らぬ少年が一人、スケッチブックを抱えて座っていた。
「…何を描いてるの?」
真白が尋ねると、少年はほんの少し口角を上げて、ページをこちらに向けた。
そこには、この駅の風景が、夢の中のような柔らかいタッチで描かれていた。
「君も、あの列車を待ってるの?」
「うん。きっと、私の行き先を知ってるから」
少年は頷いて、また線を重ねはじめた。
空は薄桃色に染まり、風がページをめくる音だけが響いた。
やがて、遠くから静かな汽笛が聞こえた。
けれど真白は立ち上がらず、そのまま風景を見つめていた。
列車は通り過ぎ、誰も乗せずに去っていった。
「まだ、行かなくていいの」
そう呟いた真白に、少年はうなずいた。
駅は今日も、誰かの“まどろみ”の中にあった。