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 公爵邸からは、目と鼻の先と言う程度には近い神殿へ、馬車で移動する。

 普段なら徒歩で済ませるような距離ではあるが、今日と言う日と時間を考えて、渋るエリューシアを押し込んだ馬車が、程なくして神殿の敷地内に到着した。

 まだ夜も明けていないと言うのに、領民達の姿がちらほらと見えるのだから仕方ない。

 神殿の警備も、普段からは考えられない程の厳重さとなっている。


 馬車から降ろされたエリューシアは、そのまま控室に連行されて行った。



 暫定中央からは、クリストファが誕生日を迎え15歳となったら、戴冠の儀を行いたいと言う要望は伝えられていた。

 しかしそれにクリストファは首を縦に振らなかったのだ。


 精霊力による自動防御・自動カウンターを身に備えた今となっては、危惧しすぎだと思うのだが、エリューシアとの婚姻が成立する前に王位を得る事は、彼にとって想定外も甚だしい事でしかなかったらしい。

 確かに他国との関係性他で、政略的に婚姻を迫られる可能性もあっただろうが、自動カウンターを得てしまった以上、クリストファが望まない婚姻を外野が結ぶ等、不可能であるにも拘らず、こうしてエリューシアの誕生日を待つくらいには拒否していた。


 とは言え、当然ながらエリューシアは15歳に至っていない。

 尤も、15歳で成人と言うのも、なんとなくそうなっていた…程度のモノで、何かしらの根拠があるものではないし、法律化されている訳でもない。

 成人年齢なんて、世情次第で如何様にも変わるものだ。

 戦争の有無や平均寿命の長さ等々…それに王族ともなれば其処(そこ)に政略はつきもので、10歳に満たない姫や王子が婚姻…なんて言うのも珍しい事ではない。


 だから諸々と踏まえても、エリューシアの誕生日を待つ必要はなかったのだが、ごねて暴れる人物が一人だけ居たのだ。

 父親であるアーネスト・フォン・ラステリノーア……ラステリノーア公爵当人である。


 暫定中央から陳情がこようが、クリストファが養子となったベルモール公爵家から頭を下げられようが、今は修道院に身を寄せる友人シャーロット…彼女はクリストファの母親でもあるが、その彼女から頼み込まれようが、頑として受け入れなかった。


『エルルが成人するまで婚姻等認めない!

 クリス……エルルに無体な事をしたいのか!? そうか、そうだろう!!

 私の娘はこんなにも美しく愛らしいのだからな!!

 ふはは! 美しいだろう? この真珠の肌に触れたいのだろう!!??

 だが断る!!

 エルルは清らかな乙女のまま成人を迎えるのだ!!

 せめて……せめて成人くらいまで良いじゃないか!!』


 恐らく勢いで叫んだだけで、考え抜いた言葉ではないだろう。

 少なくとも実の娘の真珠の肌とか……もう色々と台無しな発言である。


 嫁に出したくない、もう少し誰かの大事な人になるのではなく、自分の娘だけであって欲しい……世の父親心理と言う奴なのだろうが、結局は最愛の妻の泣き落としに屈し、14歳の誕生日を迎えた今日の婚姻に同意させられたのだ。








 息が白くなる程寒いのに、神殿周辺を埋め尽くす領民達は、警備の騎士達に注意された訳でもないのに、誰もが静かに、ただ時を待っていた。


 ゴーンと重厚な鐘の音が響き渡る。

 教会の軽快な音と言うより、寺の鐘と言った感じの重厚な音色で、エリューシアはこの鐘の音も好きだった。

 王都の鐘の音はもう少し軽やかで、この音色も今日までかと思うと、瞼の奥が熱くなる。


 控室からオルガとセシリアの介添えで、婚礼衣装に身を包んだエリューシアが現れた。


 愛娘を送り出す役目の為に廊下で待っていたアーネストと、着替えを邪魔してはいけないと控室の外で同じく待っていたアイシアは、エリューシアの姿が目に入った瞬間、固まってしまい動けないでいる。


 実を言うと、ドレスを確認し眺める時間さえなかったのだ。

 たっぷりと制作時間はあったのに、ネネランタ夫人からドレスを引き渡されたのは昨日。

 エリューシアだけでなく、ラステリノーア一家全員が、ただの1度も目にしないままの当日となっていた。


 だが、それも致し方なしな出来栄えだ。

 何もかもが純白なドレスは、全体的にすっきりとしたデザインなのだが、緻密で繊細なレースが惜しげもなく使われているだけでなく、真珠と金剛石が(ちりば)められ、降り注ぐ陽光までがデザインとして織り込まれている。

 当然の如くロングトレーンで、流石のエリューシアも補助なしに歩く事は難しい。

 ヴェールもドレスを上回る長さだし、ティアラ等の宝飾品も、地面にめり込むんじゃないかと心配してしまう程重く豪華だ。着る者の苦労を考慮するのを諦めたな…と、エリューシアは苦笑いと共に、内心で毒づいてしまう。


「………」

「あぁ、エルル、なんて美しさなの!!

 やっぱり私の妹は天使だわ! いえ女神の方が相応しいかも!!」

「えぇ、本当に綺麗よね……って、旦那様?」

「お姉様、ありがとうございます。

 ……? お父様?」


 目を輝かせてウットリとエリューシアを堪能するアイシアの隣で、石の如く固まってしまったアーネストに、セシリアとエリューシアは不思議そうに首を傾ける。

 そんな母娘の前で、未だ固まったままもアーネストの頬が、滝涙で濡れた。


「エ…エルル………うぅ、嫁に等行かないでくれ……こんな綺麗なエルルをクリス等にくれてやる訳には……エルル…もう少し父様と過ごしておくれ」

「えーっと…」

「はぁ…いい加減になさいませ。

 春にはシアも嫁入りですのよ?

 と言うか、エルルの挙式が終われば、シアもキャドミスタの方へ出立となりますのに……」

「ぅぅ……ぅ、うわぁぁぁぁぁんんん」


 まさかギャグ漫画のガチ泣きシーンを見る羽目になるとは、夢にも思わなかった。

 エリューシアとセシリアは勿論、アイシアや使用人達が入れ代わり立ち代わり宥めるが、一向に泣き止まないアーネストに困り果てる。しかし、時間は待ってくれない。

 刻限になったと知らせに来た神官が、涙と鼻水で顔がゲテゲテになったアーネストを、無情に引っ立てた。

 慌ててセシリアがアーネストの顔を整えて送り出す。


 ホールに続く大きな観音扉が見えてきた。

 神官達に先導されて続くエリューシアに、アーネストがくしゃりと顔を歪めた。


「…幸せになりなさい。

 これまでずっと私やセシィ、何よりシアの事、家の事、領民の事を考えてきてくれたが、これからは自分の事、そして……あぁ、認めたくない…認めたくないが……クリスの事を一番に考えて、誰より幸せになって欲しい」

「お父様………はい」


 まだ式場に入っても居ないのに、エリューシアまでもう泣き出してしまいそうだ。


 大きく重厚な扉が数人掛かりで開かれる。

 真珠深として何となく赤絨毯のイメージがあったが、敷かれているのは白の絨毯だ。

 そして対面する扉から、先んじて進み出ているクリストファの姿も見える。


 これまで社交の場に出る事の少なかった彼の、希少な正装姿だ。しかも婚礼用で純白に金飾りという見目麗しい姿で、ホールからは一斉に感嘆の溜息が響き渡った。

 そこへエリューシアがアーネストのエスコートで姿を見せれば、会場内が一気にどよめく。

 招かれた面子が面子なので、品の良い小波程度で収まったが、この場の儀礼が終われば、待っているのは領民達。

 どれほどの騒ぎになるだろうと、エリューシアはゆっくりと進みながら小さく苦笑を零した。


 アーネストがエリューシアの手をクリストファへと向ける。


「泣かせたら承知しない。

 ……誰よりも幸せにしてやってくれ……頼む。

 そしてクリス君…いや、クリス、今日から君も正式に私の子だ。何かあれば頼って来なさい」


 アーネストが離れていく。

 それを見送ってからクリストファが、声を詰まらせながら囁いた。


「エル…綺麗だ。

 本当に……ずっと綺麗だって思ってたけど、もう神様に攫われてしまうんじゃないかと心配になる程綺麗だ」

「イヴサリア様は女神でいらっしゃるのよ?

 そんな心配は、私の方がしないといけないわ。

 だって、元々ジールは綺麗で素敵で、私には勿体ない人だもの」

「それはエルの方だよ」


 『んんっ』と神官から促しの咳払いが、耳に届く。

 思わず顔を見合わせ、どちらからともなく笑みが零れ落ちた。


 隣が父アーネストからクリストファへ変わり、神殿長の待つ主祭壇へと進む。

 世界は変わっても、やはり日本人の作ったゲームの世界観なのだなと思う。

 婚礼式典の進行諸々が、日本のそれ、まんまだ。


 だけど、そんな欠片を見つけても、やはり自分達はこの世界に生きていて、決してゲームじゃない。

 だからこの先の未来は、エリューシアにもわからない。わからないからこそ努力が不要になる事はないだろう。


 神父でも牧師でもないのに、神殿長が『病める時も(以下略)』と口にする。

 それにまずクリストファが答えた。


「はい、誓います。

 生涯エルだけしか愛せないから」


 それなりに年齢を重ねた神殿長が、思わずポカンと呆けてからフッと笑った。

 そしてエリューシアへと視線を移す。


「汝、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、愛し敬い、共に歩む事を誓いますか?」


 何故か隣のクリストファが不安そうな表情をするのが見えたが、答えは決まっている。


「はい、誓います」


 エリューシアがはにかむ様に微笑めば、クリストファは感極まったのか、泣きそうに顔を歪めた。


「ずっと、一緒よ」

「うん、ずっと…生きてる間もその後も……僕にはエルだけだ」


 神殿長が微笑みながら『良い式でした。どうぞ永劫の幸福を』と言葉を贈ってくれた。

 そして婚姻の成立を宣言する。

 途端に会場内に祝福の嵐が巻き起こった。



 この後は盛大な祝福の中、王都まで…何故か馬車で移動する事になっている。

 新たな王と王妃の誕生を祝う為なのだろうが、実際に戴冠の義はまだ先なのに…と2人は疲れた様に笑いあったが、その心の内は幸福感で満たされていた。













ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。

本日更新話を以て完結となります。

此処(ここ)まで描き続けられたのは、一重に皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

またリクエストを下さり、きっかけを作って下さった事も、本当に御礼申し上げます。

広げた風呂敷は回収頑張ったつもりなのですが、抜けがあったらどうしよう…とgkbrしておりますが(笑)

そして『目指せ! ハッピーエンド』と書き進めて参りましたが、最後の最後で『痒い…痒すぎる』と一人悶絶しながら書いておりました(爆笑)

『かゆ…うま…』に至れないのも紫らしいっちゃらしいですかね。


もし宜しければブックマーク、評価、リアクションや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!

(ブックマーク、評価、リアクションもありがとうございます! ふおおおって叫んで喜んでおります)


また次回作でも応援いただけましたら、泣いて喜びます。

最後に……重ねて、本当にありがとうございました!!

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