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伸ばした蔓の先端が、不可思議な動きをする…まるで周囲を観察しているかのようだ。
だが、ある一点で動きを止める。
止めた先にはエリューシアの姿。
その蔓は目があるようには見えないのに、まるで睨まれているかのような、言いしれない気分に陥る。
一気に距離を詰められれば、自分の後方にいるコンスタンスも危ないが、自分の動きが呼び水となる可能性を考えると、エリューシアは身動ぎさえ出来なくなっていた。
次の瞬間、膨れ上がった気配に咄嗟に身構える。
しかし何かが飛び掛かって来る事はなく、代わりの様に会場内は真っ赤に染まった。
動きを止めていた人々の皮膚を蔓が突き破り、そこから血が噴き出しているのだ。
あまりの光景と、噎せ返る血の臭いに思わず口元を手で覆う。
阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
伸びた蔓は人々の身体を苗床に、蔓先に蕾を付ける。
元の色などわからない…血飛沫で赤い斑に染まった蕾は、見る間に大きくなり、ゆっくりと綻び始めた。
その間にも人々は生気だとか魔力を吸い上げられているのだろう…早送り映像の様に彼等の肌は干からびて、肥え太った貴族達は骨と皮だけになっていく。
アヤコから伸びた、一回り大きく見えるソレも、苗床となった聖女から容赦なく全てを強奪している。
張りのあった女子高生の肌は、最早見る影もなく、老j人の様に皺くちゃになっていた。
一回り大きく、しかも口から這い出ようとしている魔物のせいで、アヤコは呼吸もままならない。
毛細血管が切れたのか、眦からは血交じりの涙が零れ落ちていた。
全てを奪われ、眼窩が落ち窪んだせいで、眼球だけが異様に目立つ。
その血走った眼球が、救いを求める様にチャズンナートへと向けられた瞬間、叫声が響き渡る。
「わああああぁぁぁぁぁ!!! く、来るな、来るなッ!!!!」
チャズンナートは、変わり果てたアヤコの姿と視線に、情けなく金切声を上げ続け、引けた腰毎後ろにずり下がった。
床を染める血溜まりに足を取られ、チャズンナートは見事に床に転んで尻もちをつき、そのまま後ろ手に這いずっている。
エリューシアは舌打ちをしたくなった。
こんな状況で魔物達……いや、厳密には魔物ではないので敵性存在と表現しよう…其等の注目を集める等、自殺行為に他ならない。
綻んだ蕾の花弁が解け、一斉に咲き誇ったその時、蔓達は一斉にチャズンナートめがけて飛び掛かった。
何とか助けようと手を伸ばす。
エリューシアにとっては、面倒くさいだけのリムジールの息子。
しかも今もって最推しに変わりない姉アイシアに、手を伸ばそうとした害虫。
それ以上に、大切なクリストファをずっと苛み続けた、不愉快極まりない相手だ。
そのまま敵性存在達に蹂躙されたとて、痛む心は持ち合わせていない。
そんなお優しい人間ではないと、エリューシアは冷静に自己分析している。
しかし、それでもクリストファにとっては血を分けた兄である事に変わりはない。
だからだろう、半ば無意識に身体が動きかけたが、その前にアヤコから飛び出た魔物の影が、エリューシアの行動を阻んだ。
アヤコから飛び出たのならば、その影がヴェルメに違いない。
他の人々から伸び出た蔓は、あくまでヴェルメの分身に過ぎず、寄生先から生気や魔力を集める為だけの装置。
だから分身達は大した攻撃力もなく、花開いてしまえば、後は速やかに散っていくと言うのは、既に調査で判明している。
散るだけに留まらず、最期は茶色い染みの様なモノしか残らない事も……。
しかし、ヴェルメ本体は違う。
芳香を用いて昏倒させる、酩酊させる等で相手を弱体・無力化する事が可能だ。
そして蔓での物理攻撃も可能らしいと言う。
ただ、聞いていた話と異なる事がある。
それは宿主の力を増幅すると言う話なのだが、その話からてっきり宿主の力の方がメインだろうと思い込んでいたのだ。
だがいとも簡単に覆された。
ヴェルメは宿主であったアヤコから全てを吸い上げ、あっさり捨てた…。
確かに姿も聞いていた話とは違う。
『人間の膝辺りの大きさで、ひょろりとした茎に大きな花』
間違いなくそう言っていたのに、現在のヴェルメはエリューシアが見上げる程の大きさがあり、蔓も太くぬらぬらとした粘液の様なモノをその身に纏わせている。
花部分は聞いていた通り大きいのだが、八重の薔薇を束ねた様に、幾つも咲き誇っているだけでなく、花芯部分に眼球が見て取れた。
ギョロギョロとした動きをする、花弁に埋もれた幾つもの眼球……悍ましい事この上ない。
そんな相手に、下手に背中を見せる訳にはいかず、エリューシアは身を低く構え、何時でも魔法を飛ばせるように魔力を集中させる。
だが、ここで予想外の事が起きた。
ヴェルメは、間違いなくエリューシアの排除に来ると思っていた。
それはそうだろう、今この場にイルミナシウスもネルファも居ないが、彼等から太鼓判を貰ったエリューシアが居るのだ。
ヴェルメを排除可能なエリューシアを、先にどうにかしようとするだろうと予測する事に、何らおかしなところはない。
しかし、ヴェルメは構えるエリューシアの頭上を飛び越え、一足飛びにコンスタンスの前に降り立ったのだ。
「な!」
「!?」
エリューシアは予測が外れた事で、コンスタンスは不意打ちを喰らって、2人共固まってしまう。
当然敵性存在が、エリューシア達の隙を見逃すはずはない。
間髪入れず、ヴェルメがコンスタンスにその蔓状の触腕を伸ばす。
凍らせて動きを止めるか、それとも直接浄化を試みるか、どちらにしても近くのコンスタンスに、影響が出ないとは言い切れない。
その一瞬の躊躇いが命取りになった。
容赦なく蔓が伸ばされる。
その間も芳香と言う名の瘴気が撒き散らされ、コンスタンスを庇う様に前に躍り出た蟲達が、ボトボトと床に落ちる。
コンスタンス自身も呆けた様に、瞼を落としかけていた。
もう間に合わないと、だけど諦めたくなくて、魔力を放とうとした刹那――空間が………ブレた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>