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綺麗に結い上げていた髪を両手で引き掴み、海老反りになって悲鳴を上げる。その拍子にブルージルコンの髪飾りが落ちて、カンと乾いた音を立てた。
彼女の様子に、掴みかかろうとしていたチャズンナートは動きを止めて、驚愕しながらも汚いモノでも見るような目を向ける。
「な、なんだってんだよッ!? ハァ? おいっ!?」
仮にも婚約者となった女性が、悲鳴を上げるほど苦しんでいるのに、チャズンナートは不快感を隠しもせず一歩下がった。
リムジールも不愉快だと言いたげに、アヤコに侮蔑の籠った目を向ける。
「なんなんだ……このような場でそんな無様な姿を見せる等……やはり平民は平民か…」
「リムジール殿……そのおっしゃり様は流石にどうかと思いますぞ」
聞くに堪えない言葉に、スヴァンダット老が苦言を呈した。
「ゃめ……やめ、てよおお……ヴェル、ヴェヴ…ベベべベル…ルるるる、め……メ……やめろ…って…イ…って……んで……」
「お、おい、いい加減にしろよ!!」
尚も苦しむアヤコに、チャズンナートがキレた様に怒声を浴びせる。
だが、その瞬間、状況が一変した。
「っく…ぁ……ぁ、ぁぁ、ァ…ァググゲ……ンギ…ギギ……」
「痛い…痛い痛い!! ぃ…た……ぃ、ぃぃ、ィィィィィィィィイイイイイイ」
「な……あぁ、何…が……ぁぁが、ガガガ…」
まるで舞台背景の様に、この場を取り囲んでいた人々が、奇怪な笑みを貼り付けたまま、動きを一斉に止めた後、アヤコと同じく頭を抱えて苦しみだした。
例えるなら壊れたゼンマイ仕掛けの玩具…。
思わず心配になる程苦しみ藻掻いて居ると言うのに、ガクガクと小刻みに震える動きは、酷く不気味で滑稽だ。
エリューシア達も想定外の様相に、その場に張り付けられたように動けない。
「何だと言うんだ!?」
「わかんねーよ!! アヤコ!? おいッ、お前どうにかしろよ!!……
こんな…どうすりゃいいんだ……」
リムジールも訳のわからない状況に、周囲を見回してから、問う様にチャズンナートへ顔を向けた。
だが、当のチャズンナートは、未だ苦しんで呻き叫ぶアヤコの腕を掴んで、ぐらぐらと揺さぶっている。
エリューシアはその光景に一瞬頭が真っ白になってしまったが、ある意味修羅場を潜り抜けてきた経験は伊達ではない。
直ぐに気を取り直し、会場を一瞥する。
壊れたブリキ人形になっていないのは数えるほどだ。
エリューシア達ラステリノーア一行、トリマーシ夫妻とヘイルゴット夫妻、そしてスヴァンダット老……他にはキップル伯爵夫妻とネネランタ夫人、ルダリー伯爵が、少し離れた場所で真っ青になって集まっていた。
商談でもしていたのだろうが、この状況では青くなっても仕方ない。
其処へ、これまで何処に居たのやら…前宰相、ザムデンの細君ソミリナが鋭い視線を走らせながら、やや急ぎ足でやってきた。
彼女は前王家とザムデン宰相他の悪事を暴いた立役者の一人だ。
ソミリナは此処リッテルセン王国の生まれではなく、遠く東に離れた国…魔法大国とも言われるチュベクで、王族の血を引く公爵令嬢として誕生した。
その後政略で、フルク・ザムデンに嫁ぎ、今に至る。
数々の不正に手を染めながらも、それを上回る功績のおかげで、最終的に伯爵位への降爵で留まったフルクからは離縁を望まれていたが、彼女はそれを蹴って今なお夫であるフルクを支える道を選んだ。
フルク・ザムデン前宰相は、政略で嫁いできた…当時は幼いと言っても過言ではないほど年若いソミリナを大事にし、愛していたのは紛れもない事実で、自分の汚名に巻き込む事を良しとしなかったのだが、ソミリナは一切譲らなかったのである。
宰相としては色々とあったが、領主としては民から慕われる夫妻だったので、今は静かに領地の運営に勤しんでいた。
今日のパーティーの主催でもあるリムジールからすれば、兄ホックス王を失脚させ、自分達を窮地に立たせた憎き女性であるにも拘らず、何故招待したのかと不思議だったが、後から聞いた話によれば、実は夫妻で招待されていたらしい。
残念ながら夫君のフルクは、領地からの移動が老体にはきついと言って辞退したようで、夫人だけの出席となっていた。
何のかんのと言っても、ザムデン前宰相がリムジール達を世話をしていたのは事実だから、もし顔を合わせれば、また何か面倒事に巻き込まれるとでも思ったのかもしれない。
「皆様、緊急事態ですので非礼は不問にして頂けますと幸いですわ。
この場に奇妙な…魔力だと思うのですが、溢れておりますの。
お気付きでしたら良いのですが、万が一があるかもと…」
ソミリナは全員を見回し、最後にエリューシアで視線を止めた。
「はい。
把握しております」
「そう、流石エリューシア様だわ。
過日のオザグスダム王国を欺く策は、とても素晴らしかったと聞いています。
戦争を回避してくれてありがとう。
ずっと御礼を申し上げたいと思っていたのだけど……こんな場所でお許しくださいね」
魔法大国とも言われるチュベクの令嬢だったのだ。当然ながら魔法の才は並ではない。
だからもし気付いていないのなら…と心配して声を掛けてくれたのだろう。
話が変わって恐縮だが、『オザグスダム王国を欺く策』と言うのは、彼の国の王子王女一行が、リッテルセン王国に戦争の火種を蒔きに訪れた事があるのだが、その送還劇の事を指している。
火種の事を知っていた王子ユトーリは兎も角、王女ユミリナと付き添いのシシリーは、全く知らなかった。
そんなこんなで王女ユミリナ他を生かしたまま逃がすべく、オザグスダムの港近くで、王子の乗った船の乗組員全員に、大掛かりな幻影を見せたのだ。
その魔具を作成したのがエリューシアで、実行したのはカリアンティ達である。
オザグスダムの港に近づくまで、乗組員達に王女達も同乗していると幻を見せ、タイミングを見計らってマクナスが船体を一部破壊しつつ爆音を演出、カリアンティが魔具を用いてオザグスダム港から砲撃されたと、誤認させたのだ。
そして逃がしたユミリナ王女と付き添いのシシリー、強かなメイドのクッキーの死を偽装したのである。
「とんでもございません」
「もし許されるなら、今度ゆっくりとお話をさせて頂きたいわ」
「はい、是非。
私も楽しみにしております」
ホラー映画の一幕のように、壊れ狂った人々に囲まれる中でする話ではないと、エリューシアは浮かんだ笑みを消し去った。
「ですがザムデン夫人、此処は危険です」
「えぇ、まだ動ける者達と一緒に避難しようと思っておりますわ。あちらのルダリー様達にもお声がけをしております。
こちらで避難する方がいらっしゃったら、御一緒にどうかと…お声を掛けに来ましたの」
なるほど。
確かにバラバラに避難するより、纏まって避難した方が、護衛もしやすいかもしれない。
「ありがとうございます。
では私以外の全員を、御一緒にお願いできますか?」
「な!?」
「エルル!!??」
「お嬢様!?」
「待ってくれ、騎士たる者が先に避難する等、同意する訳にはいかない」
エリューシアから発せられた言葉に、アーネストやセシリアだけでなく、その場の皆が驚愕し、到底受け入れられないと拒否した。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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