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主役達は招待客の祝福を受けながら、取り囲まれている。
エリューシア達はそれを壁際から眺めているが、ヘイルゴット侯爵が自身の肩を揉みながら零した。
「もう帰りませんか?」
スヴァンダット老がふむと考え込む。
「王派閥の動向が気になりましたし、リムジール殿を歓迎する面々も把握しておきたかったのは事実ですが、正直面倒そうなのはガロメン侯爵だけじゃないですか」
「聖女殿の人気ぶり、民衆の熱狂ぶりは問題ないと?
しかし精霊の金と銀を見ても、反応が薄い事は気になりませんか?」
ヘイルゴット侯爵の言葉に、トルマーシ侯爵が危惧を口にする。
「出来れば聖女とグラストン嫡男とは、直接言葉を交わしてみたかったけれど、どうやらそれは難しそうだしね」
「そうですわね。
何も起こらないうちにお暇するのは良いかもしれませんわ」
アーネストとセシリアも賛同する。
「確かに……。
この国に生まれたにも拘らず、金と銀を前にして、妙に冷めた反応はワシも気になっておった。
とは言え、このまま居ても、これ以上の収穫はなさそうじゃしの。
ふむ……ならば、この後ワシの邸に来ぬか?
細やかなもてなししか出来ぬだろうが、歓迎するぞ」
エリューシアは大人達の会話を聞きながら、それも仕方ないかとクリストファを演じるコンスタンスに目配せをした。
彼女も異はないらしい。
目の前にヴェルメに繋がる聖女が居るのだから、もう少し近くで鑑定をしたかったが、人々に囲まれ動けないでいるのだから諦めるしかない。
(聖女から漂うヴェルメの気配が思った以上に薄いのが気になるのだけど……寄生すると聞いてたから、彼女を鑑定すればもう少し見えると思ったのに、聖女の気と混ざり合ってるせいか、はっきりしないのよね。
まぁ、こんな人の多い場所でやり合うのも得策ではないし、イル様やネルファが居ない現状、今日引き下がるのは英断かもしれないわ)
エリューシア達がホールを後にしようと、壁際を離れ出入り口を目指し始めたその時、幾つもの衣擦れと靴音が追いかけてきた。
その音に振り返れば、そこにはグラストン公爵リムジールが立っていた。
「おや、もう帰るだなんて寂しい事はしないでくれないか?
主役達の紹介もまだだったろう?」
エリューシアは、これまでリムジールと直接対面した事はなかったが、笑顔なのに笑っていない彼の薄気味悪さに、無意識に手を握りしめていた。
「折角だ。
君等からも祝いの言葉を頼むよ。
チャズ、アヤコ、こっちへ来なさい」
リムジールが呼んだ途端、主役達を取り囲んでいた紳士淑女達が一斉に下がった。
しかも、リムジール同様の薄気味悪さに縁どられた笑みを貼り付けて……だ。
その統制された動きと、一様な表情は不気味さを感じさせるのに十分すぎる。
エリューシアは思わず怖気を感じて身を固くした。が、近づいてきた聖女の顔を見て、ぎくりと身体を強張らせてしまう。
(……ぇ…?
なんだろ……何処かで見たような…)
エリューシアは自分の記憶を必死に弄った。
彼女の遺留品らしき校章…あれはアパートからほど近い私立の女子高の校章。
エリューシアの前世である真珠深の居住地域は、昔から行方不明や迷子の多い地域らしく、電柱だけでなく、駅の掲示板や飲食店の壁の隅に『探しています』という文字をよく見かけた。
(駅…?
ううん、違う……あれは確か……ガラス…そう、近所のコンビニだわ)
引っ張り出した記憶は、コンビニの自動ドア横のガラス面。
奇しくも真珠深が最後に行こうとしていたコンビニである。
その近く…終の棲家となってしまったアパートに引っ越したのは、秋が深まり肌寒くなって来た頃だった。
電柱に迷子猫や迷子犬、交番に行方不明者の情報募集の張り紙は、それまでも良く見ていたが、初めてコンビニでそんな張り紙を見たのをとても珍しく感じ、妙に記憶に残っていたのだ。
じっと見ていると、アルバイトかそれとも店のオーナーかわからないが、少し草臥れた中年男性が、しみじみと話しかけてきたのを思い出す。
『うちでバイトしてた子なんですよ。
笑顔の可愛い子だったんで、もしかすると誘拐とかに巻き込まれたのかもって…うちにも警察が聞き込みに来ましてね。
お姉さんも、彩ちゃんを直接見たとかじゃなくてもいいんで、もし何か気になる事があったら、うちでも警察でも、どっちでも構いませんからお願いします』
頭の中に、萎れた男性の声が木霊する。
ただ、そうなると彼女は真珠深が死亡するより前に、行方不明になっていたと言う事になる。
真珠深の転生が原因で、聖女がこの世界に落ちたのではないのなら、それは確かに一安心出来ると言うモノだが、別の視点から見れば、一体彼女はどれほどの時間を彷徨っていたのだろう。
行方不明になってから、仮に彷徨っていたのだとしたら、恐らく『境界世界』のような場所だったのではないだろうか?
空間と空間の狭間、何もない真っ白な空間。
アマリアの居た空間。
だが、アマリアは女神から役目と力を授けられていた。だからこそあの空間で狂う事なく自己を保てていた。
しかし、聖女が迷い込んだのが偶発的だと言うのなら、女神からの手も届かなかった可能性が高い。ただでさえ現在進行形で微睡んでいるのだ。気付かなかったとしても、十分に想定内と思える。
発現した聖力も、女神からのギフトと言う訳ではなく、空間を突き破った時に得た力ではないだろうか…。
ならば彼女が自己を保てた感情と言うのは何だったのだろう。
家族や友人達への慕情。
ただただ帰りたいと言う願い、そう言う本当に細やかな願いだけが、支えだったのではないだろうか?
まだ大人になり切れない、子供と言ってもいい年齢の女の子が、たった一人で何もない空間に投げ出され、たった一人で彷徨って……挙句たった一人で見知らぬ世界に落ちてしまっただなんて、その絶望たるや、想像するに余りある。
勿論それはエリューシアの考え、もしかすると思い込みと言うだけで、実際の所はわからない。
しかし、そう思った瞬間、エリューシアは切ない胸の痛みに苦しくなった。
エリューシアが、自分で気付かないまま胸元を押さえて俯いている間に、リムジールと主役達が近づいてくる。
だが、徐々にざわざわとした不快感が近づいて来たのを感じ、エリューシアはハッと顔を上げた。
さっきまでと変わらぬ歪んだ笑みを貼り付けたままのリムジールと、彼とそっくり同じ笑みを浮かべた青年が歩いてくる。
彼等の半歩後ろに聖女もついて来ていたが、様子が少しおかしい。
頭でも痛むのか、聖女の視線はエリューシア達に向く事なく、耐える様に歯を食いしばっていた。
そしてそっと手を蟀谷に添える。
だが、そんな様子に気付いていないのだろう。リムジールは自身に敵対する者達にしか、意識が向いていない。
「さぁ、祝福の言葉を頼むよ。
けれど、其処のスペアは下がってくれないか? 気分が悪い」
「父様が言ってるんだ。
スペアは弁えろよ」
品性の見えない下卑た笑みを浮かべる親子だが、反応しないクリストファに舌打ちをする。
当然と言えば当然だ。
彼らが罵っている人物は、クリストファに見せかけたコンスタンスであって、本人ではない。
「スペアが嫡男を押し退ける等、許されない事だと言うのがわからないのか……」
「おい! 聞いてんのか!?」
掴みかかろうとするチャズンナートに、エリューシアは咄嗟にコンスタンスを庇う様に一歩前に出る。
間違いなく精霊防御と精霊カウンターは発動すると踏んでの行動だ。
だが、その刹那、ぶわりと膨れ上がる様に濃くなった悍ましい気配に、顔を向けると同時に絶叫が響き渡った。
「い……いゃ…ぃぃぃいぎぎゃああぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>