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昏倒させる、酩酊させる等は可能らしいから、それらによって理性の箍が外れた結果、欲望が表面化しやすいのかもしれない。
それに伯爵本人は兎も角、令嬢集団は、かなり聖女とやらに傾倒しているようだ。
「あれ…聞こえてないの?
そこの貴公子様、貴方よ貴方!」
父親に腕を引っ張られていると言うのに、それを物ともせず、クリストファもどきなコンスタンスに、尚も近づこうとする姿は、少女と言うには醜悪な生き物に見える。
「やめなさい!
ヨナメル…一体どうしてしまったんだ!?
ほら、下がるんだ!」
まだ幼いと言ってもいい娘と引っ張り合いが拮抗している伯爵は、どれほど力がないのかと呆れたくなるが、その隙をつく様に、ヨナメルと一緒に居た別の令嬢が進み出た。
「じゃあアタシならどうですか?
従者様か何かなのかしら…前髪で目元が隠されてるのも素敵…」
「ちょっと! あなたチャズンナート様にキャーキャー言ってた癖に!」
「何よ。いけない?
それにチャズンナート様は、アヤコ様の婚約者だもの、近付けないんだから仕方ないでしょ!?」
クリストファに模したコンスタンスは、足の負傷を装っているが、それだけでなく、目元を前髪で覆っている。
理由は宝石眼を模す事が出来なかった事と、黄金に輝く髪色の方に意識を向けて貰う為だ。
それはそれとして……彼女達は忘れているのだろうか…?
金は王家にのみ現れる色だと言う事を。
まぁ、現在王族として見る機会が多いのはリムジールで、彼の金髪はクリストファの髪色と違ってかなりくすんでいる。
勿論金髪と言って差し支えない程度ではあるのだが、正直クリストファの髪色と並ぶと、一気に黄色がかった薄茶髪と言った具合に色褪せて見えてしまうのだ。
チャズンナートに至っては、その髪色は母親であるシャーロット譲りの榛色で、金髪でさえない。
だから王家の色と言う認識がないのかも……いや、この国の生まれなら、本来あり得ない事だ。
(もしかして色覚に異常を来してる?
精神的な部分にばかり気が向いてしまってたのかも……ツヴェナ神官達にもっと聞き取り調査をしておくのだったわ…)
後悔先に立たずではあるが、先だってのどよめきの中に、『金』や『精霊』と言う言葉が聞こえていたから、全く認識出来ない訳ではないと思われる。
となると考え得る原因は、ヴェルメの昏倒や酩酊させる能力の影響による認識能力の低下、もしかすると影響深度の程度と言う可能性もなくはない。
(でも、少なくとも伯爵令嬢の御一団は、認識が出来ていないと言う事…かもしれないわね)
「いい加減にしたまえ。
伯爵…貴方の娘とその御友人方には教育が行き届いていないようだ。
精霊の金と銀に不用意に近づこうとするのも許し難いが、わかり易く身分差もあると言うのに、何と言う態度だ」
トルマーシ侯爵が目を吊り上げてキレる。
その地が唸るような低音に、ソマエタ伯爵は狼狽し、エリューシアは思考の海から引き戻された。
「も、もも、申し訳ございません!!」
ソマエタ伯爵が真っ青になってヨナメルを引っ張り、他の令嬢達も控えていたトルマーシ家の護衛らしき人物達によって、エリューシア達と引き離された。
「お父様、放して!
あたくしはアヤコ様の為ニ、お役にた…ッ…た、たた…タタタタたな…いト…種ヲモット…モット……モ、モモ……」
「ヨ…ヨナメル!?」
ヨナメルの身体が、がくがくと震え始めたが、その時、外の方から歓声が響き渡った。
『聖女様!!』
『アヤコ様!!』
『わしらの希望!!』
『聖女様万歳!! 公子様万歳!!』
『チャズンナート様ぁぁ!!』
『リムジール殿下万歳!!』
会場となっているグラストン公爵邸が、文字通り揺れた。
王都に住まう民達の声が、まるで大きな塊のように襲い掛かってくる。
「……またあの暗愚な時代に戻りたいのか…」
スヴァンダット老の呟きが零れた。
民衆の声は収まる様子はなく、その声を背に受けて、リムジールが会場に姿を現した。
「あぁ、遅くなって済まない。
我が息子と聖女の婚約は民達にも目出度い事だったようでね。
一目なりともと言う要望に応えていて遅れてしまったんだ、許して欲しい」
まるで冴えない三流舞台を見せられているような錯覚を覚える。
ゴテゴテと装飾品で飾り立てられたワインレッドの上着が、品位に欠けていて悪目立ちしていた。
自分こそが主役だと言わんばかりに、リムジールが招待客に声掛けをしていく。
流れてくる声に、本当の主役である聖女と公子は、準備が整ってから会場入りするらしいとわかった。
「もう帰って良いかな」
誰に問うでなく、ボソリと落とされたアーネストの呟きは、浮いた一団の総意に他ならない。
そんなしらけ切った一団に、リムジールはご機嫌な様子で近づいてきた。
しかし、その中に淡く発光する銀色を見つけたらしく表情が抜け落ち、その後ろの黄金色にも気付いたのか、彼の顔には歪んだ喜悦が遅れて浮かぶ。
リムジールは飲み物を配っていた使用人とすれ違いざま、酒が入っているだろう脚付きの盃を2つ手に取った。
そして右手に持った方の盃を傾けながら、直ぐ近くで立ち止まる。
「やぁ、すっかりご無沙汰だったね。
アーネストはけんもほろろだったが、私は寛容だから不問にしてあげよう」
そう言ってもう一方の手に持っていた盃を、リムジールはアーネストに差し出した。
アーネストは、ピクリと眉を動かすに留めるが、たっぷりと時間をおいてから渋々受け取る。
それに肩を竦めてから、リムジールはエリューシアに視線を移した。
一瞬、羨むような、妬むような……複雑な色がリムジールの表情に浮かび上がる。
「見事な銀色だ。
しかも光り輝く等伝承にもなかった。
宝石の煌めきを放つ紫眼も美しい。
だが………………それだけ…だろう?
役に立たない過去の遺物と違って、この国の未来を担う二人を祝福する宴なんだ。
無粋な真似はしないで欲しい。では存分に楽しんでくれたまえよ」
建国神話を過去の遺物扱いとは恐れ入る。
その神話に寄りかかって、散々甘い蜜を吸い上げ、胡坐を掻いてきた王家の生き残りが何を言う…と、喉まで出かけたが、何とかその言葉は飲み込んだ。
アーネストは受け取った盃を口にすることなく、通り掛かった使用人に返す。
それを苦笑交じりに見ていたヘイルゴット侯爵が、リムジールが去って行った方を見ながら沈痛の面持ちで零した。
「だが……本当にクリストファ殿には目もくれないんだな…。
養子に出したとはいえ実の息子だろうに……。
嫡男至上主義も、あそこまで行くと気味が悪いよ」
エリューシアはその言葉を聞きながら、自分以外にはちゃんとクリストファに見えている事を喜べば良いのか、それとも聞かされた話以上に酷い彼の父親の態度を悲しんで憤れば良いのか、よくわからなかった。
賑わう会場から離れた一室では、メイド達に囲まれたアヤコが、不機嫌な顔で椅子に座っていた。
この世界に落ちた最初は、肩にも届かなかった髪だが、今では結い上げるのに問題ない程度には伸びた。
色味も明るい茶色だったのは、脱色をかけてから染めていたせいで、今ではメイド達の手入れのおかげも手伝って、艶のある栗色に落ち着いている。
少し癖があって、あちこち跳ねやすい髪質は変えようがないが、メイド達の手にかかれば、嘘のように綺麗に結い上げられて、アホ毛も見当たらない。
後はチャズンナートの瞳の色である青――青と言っても明るい青なのでサファイアではなく、ブルージルコンがメインにあしらわれた髪飾りをつければ準備は終わる。
――はぁ、今日は最悪よ
――まだ暗い間から叩き起こされて、朝食もほんの少ししか食べる余裕がないまま馬車に詰め込まれてさぁ
――施しと言うか癒しを使わなくて良かったのは助かったけど…
―――――……………………
――って、聞いてる?
――おーい、ヴェルメ?
―――――……!
――ヴェルメ…?
―――――ヲヲ、フサワシイ
――は? 相応しいって何が? あ、もしかして髪飾り?
―――――チカク、アレハ イラナイ……ダガ…
――ちょっと、何の話してんの? 髪飾りの話じゃないの?
―――――…………………
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