79
「お久しぶりです。
お元気そうで何よりだ」
明るい声で近づいてきたのは、やはり無駄に浮き上がっていた男女2組。
トルマーシ侯爵夫妻とヘイルゴット侯爵夫妻だ。
エリューシアとアイシアの専属護衛騎士の生家と言うだけでなく、アーネストとセシリアにとっても学院の先輩にあたるらしく、親し気に挨拶を交わしている。
そんな夫妻達からちらちらと送られる視線に、コンスタンス扮するクリストファと苦笑しあっていると、流石に両親も気付いたらしい。
「あぁ、済まない。
我が家のもう一人の娘で、名はエリューシアと言う」
ヘイルゴット夫妻の方は兎も角、トルマーシ夫妻は息子がエリューシアの護衛騎士なのだが、これまで顔を合わせた事はなかった。
聞けば、セヴァンは独断で公爵家の門を叩いたらしく、公爵家召し抱えになると同時に、生家と疎遠になってしまったのだと言う。
「それにしても、本当に精霊の愛し子様なのだな。
セヴァンは家を離れてから、文の一つも寄越さないから、噂しか聞いた事がなくてな。
実の所半信半疑だった」
「うちのニルスもだよ。
折角、公爵家に籍を置かせて貰えたのに、顔出し一つしないのだからな。深青の淑女の護衛の護衛騎士になったと言うのも、風の噂で初めて知ったくらいだ」
夫君がそんな話をしていると言うのに、夫人達の視線はエリューシアと、隣の顔だけクリストファに釘付けになっている。
「なんて麗しい御姿なのでしょう。
あぁ、いけませんわ。
ご挨拶申し上げます。
私はナーレア・トルマーシと申します。以後お見知りおき頂ければ嬉しく思います」
「まぁ、私も…公爵令嬢に御無礼を…。
ケナリル・ヘイルゴットですわ。
あぁ、でもお隣の黄金は……その、やはり…?」
婚約そのものは成立しているし、中央には届け出てあるが、まだ大々的に公表した訳ではないので、一応の確認と言う奴だろう。
「それにしても御労しい。
もしや……」
そう言いながら、ヘイルゴット夫人が周囲へ素早く視線を走らせた。
その様子に隣のトルマーシ夫人が片眉を跳ね上げる。
「ちょっと…流石に品がなくてよ?」
「あら、やだわ」
どうやらこの場に集った夫人達の中で、ケナリル・ヘイルゴットが一番落ち着きがないようだ。
とは言え窘められれば、直ぐに引き下がるし、仲の良い仲間内だからこその態度だろう。
「ですが、困りましたわね。
見知った顔が少なくて…」
セシリアが苦り切って呟くと、それに答えたのは侯爵達だ。
「あぁ、仕方ないですよ。
殆どが子爵位以下ですし、中には準位の方もいるらしく、とてもではありませんが、我等には把握が難しい」
「そもそも、前もって何方が参加する等の情報は一切知らされておりませんし、調べるにしてもあまりに期間が短すぎて、到底……」
侯爵達は肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「王都に長い皆様でも難しかったのですね」
「私達は王都に来てまだ日が浅く、疎いからね」
セシリアが伏し目がちに呟くが、アーネストは平然としたものだ。
その様子にスヴァンダット老が溜息を吐いた。
「だからもう少し王都に来いとあれほど…」
老人の悲壮感を詰め込んだ演技に、その場の空気が和らぐが、ヘイルゴット夫人の囁きで再び空気が重くなる。
「それにしてもお聞きになりまして?
パーティーの主催であるリムジール様と、主役達ですが、まだ此処にいらっしゃらないんですって」
聞き及んでいなかったのか、スヴァンダット老は目を見開いて固まる。
「それは……誠か?」
「ソドルセン様はまだお聞き及びじゃなかったんですね。
何でも市街を馬車で巡ってから来るらしいですわ」
「「「「「……は?」」」」」
トルマーシ夫妻とヘイルゴット夫妻を除いた全員が首を傾げた。
「王族でもあるまいし…って、一応『元』とはつくが王族…か?」
スヴァンダットが呆れたように零すが、それをヘイルゴット夫人が素早く拾い上げる。
「リムジール様ではなく、メインは聖女らしいですわ。
聖女アヤコ。
まぁ平民以下からの人気は凄いですから…」
「平民以下だけでなく、最近では王派閥は勿論の事、そうでない貴族達も、文官人事を預かるソマエタ伯爵を始めとして、じわじわと浸透し始めていますわ。
ほら、あそこに…」
ヘイルゴット夫人ケナリルの言葉を、トルマーシ夫人ナーレアが補って、視線を滑らせた。
その先には、此方に近づいてくるソマエタ伯爵を筆頭に、その娘ヨナメル他が居た。
彼等は少し手前で止まり、ソマエタ伯爵が深く頭を下げた。
彼に声を掛けたのはヘイルゴット侯爵だ。
「伯爵、お久しぶりですな。
御噂は聞き及んでおりますよ。
なんでも…斬新な人事を敢行なさったとか」
「ヘイルゴット侯爵、お声がけ感謝いたします。
斬新とおっしゃっていただけるとは、感無量でございます。
我が娘が受けた恩義に報いる為、また王都の民、延いてはこの国の民の為にした事でがございますが、自身の働きを閣下に認められるのは、本当に嬉しく思います」
ソマエタ伯爵が自身の預かる文官人事部に働きかけ、主だった役人を聖女派…行きつくところ王派閥の面々に入れ替えているのは、かなり有名な話らしい。
それにしても『斬新』と言われたにも拘らず、それに対し素直に嬉しそうにしている様子に、嫌味の通じない相手らしいと分かる。
とは言え、それが聖女…ヴェルメの支配なりを受けての事か、それとも生来純朴なのかは、今は判断のしようがない。
エリューシアがざっと視た感じ、ヴェルメの影響は非常に薄く感じられた。
どちらかと言えば、娘らしき令嬢達の方が、気持ちの悪い気配が濃い。
ふと向けられる視線に気付いて、エリューシアは顔を上げると、ソマエタ伯爵と目が合った。
「その……もし良ければ妖精姫様にお言葉を賜われれば…」
遠足前の幼稚園児よろしく、ほくほくと何処か落ち着きのない伯爵の態度に、微かな引っかかりを覚える。
もしかすると、伯爵自身は聖女やヴェルメの影響下にないのかもしれない。
同じように無言で走査しているであろうコンスタンスに視線を向けると、彼女も自信なさそうに頷いた。
顔はクリストファなのだが、実を言うと、エリューシアにはもうクリストファの顔に見えていない。
クリストファっぽく見える…かもしれないコンスタンス…というのが、一番近い感覚だろう。
念の為アーネストとセシリアに目線で伺いを立てれば、微かに首肯していた。
とは言え伯爵はまだしも、娘他は完全に警戒対象だ。短く挨拶のみで様子を見る。
「初めまして」
家名他続けようとしたところで、ソマエタ伯爵の娘が言葉を被せてきた。
「あたくし、ヨナメルって言います!
そっちの貴公子様、名前を教えてくれませんか?」
「な!?
ヨナメル、お前そんな非礼な事を……」
進み出ようとするソマエタ伯爵令嬢ヨナメルを阻むように、トルマーシ伯爵が割って入る。
「随分と礼儀のなっていない令嬢だ。
まだこういった場は早かったのではないか?」
「も、申し訳ございません!
その…娘は先頃の学院での騒ぎで大怪我をしてしまってから、つい甘やかしてしまったようで……。
本当に申し訳ございません!
ヨナメル、はら、下がろう」
ソマエタ伯爵が、嫌がって手を振り払おうとする娘を引っ張っていると、アーネストが口を開いた。
「そうだね。
下がった方が良い。
私の娘には精霊の加護があるせいか、下手に近づくと「お父様放して!!」………」
今度は公爵であるアーネストの言葉を遮る。
まだ幼い……と言っても、エリューシアとは1歳しか差がない。
確かにエリューシアには前世の記憶があり、年相応とは言い難いが、それにしたってあまりに不敬が過ぎる。
「なによ。
お前なんかアヤコ様の足元にも及ばないわ。
それより其方の貴公子様、あたくしと仲良くしてくれませんか?」
ヴェルメの能力に、『欲望に忠実になる』と言うモノがあったとは聞いてない。
聞いてないが、思わず気の毒に…と、エリューシアは自分のやや後ろに立つコンスタンスに、そっと憐憫の視線を送ってしまった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
こちらももし宜しければブックマーク、評価、リアクションや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
(ブックマーク、評価、リアクションもありがとうございます! ふおおおって叫んで喜んでおります)
もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>