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「時間がかかっても、アヤコの力は凄いわ。
それで、なんだけど……司祭様も子爵様も、貴方を引き取りたいっておっしゃってるのよ……」
「え! 本当ですか!?」
これまでのアヤコの様子から、言い出したら聞かない部分があるとは言え、どちらかと言うと引っ込み思案なタイプかと思っていたツヴェナは、前のめりに確認してくるアヤコに思わず身を引いた。
「え、えぇ…本当よ。
勿論アヤコの気持ちが「行きます!」…ぁ、え、えぇ!?…あ…そ、そう…」
最初の頃の様子から、てっきり恐れて嫌がるかもしれないと思っていたのだが、アヤコも街に憧れる年頃の少女だったと言う事だろうか…ツヴェナは微かに首を捻るが、そう考えれば納得も行くと、自分に言い聞かせる。
言い聞かせなければ、自分の中に違和感と疑念が広がると、どうしてか思ってしまった。
だって……攫われたんじゃなかったのか?
攫われて混乱して……もう生国に帰りたいと、家族に会いたいと言う気持ちはないのだろうか?
それに、怖くて怯えていたんじゃなかったのか?
次々と湧き上がる全てに蓋をして回る。
「とりあえず、アヤコの気持ちを確認してからお返事しますと伝えて帰ってきたから、詳しいお話はあまり聞いてないんだけど……」
「ぁ、そうなんですね。ごめんなさい、あたしったら」
「いいのよ。吃驚するとは思ってたし。
だけど……ぃぇ、アヤコが前向きで良かったわ」
ツヴェナは自分の中に芽吹こうとする違和感に背を向け、目を閉じ耳を塞いだ。
「それじゃお受けすると返事しておくわね。
ただ神殿へ行くのか、子爵様の養子になるのかとかは、改めて相談して貰うって事でいいかしら?」
「どっちかしか選べないんですか?」
屈託なくきょとりと首を傾けるアヤコに、何故かツヴェナは薄ら寒いモノを感じる。口角は上がっていて、何時ものように愛嬌のある笑みを浮かべているはずなのに、目元が影を宿しているように見えて仕方ないのだ。
そんな感覚を否定するように一度大きく首を振ってから、アヤコにぎこちない笑顔を向ける。
「どう…かしらね。その辺は相談する時に聞いてみれば良いんじゃないかと思うわ」
「あ、そうですね! そうします!」
満面の笑みと言って良い表情を浮かべるアヤコ。
思い出したように席に座り直し、残りのスープを平らげた。
「ごちそうさまでした! それじゃあたしは先に洗い物しますね!」
重い鍋を洗うのはツヴェナには手に余る事が多くなり、それをやってくれるのはありがたいのだが、芽吹く前に目を逸らしたつもりの違和感が、根を張り葉を広げてじわじわと蔓延って行くのを感じる。
「そ、そう…助かる、わ……私は…じゃあ堂の掃除の方に…」
何となく同じ部屋にいる事が息苦しく、ツヴェナは逃げるように掃除へと向かった。
ツヴェナが食堂を出て行く音を背中で聞きながら、アヤコは灰を手に取り、それで鍋を擦り始める。
日本人であるアヤコには洗剤のない生活と言うのは本当に不便で、今でこそ慣れはしたが、全く抵抗がなくなった訳ではない。それどころか未だに抵抗アリアリで不衛生だと思うから、灰で擦るのはせめてもの抗いと言える。
勿論洗剤がない訳ではない。この世界にも洗剤と言うか石鹸はあるのだが、とんでもなく高級品だ。こんな過疎った片田舎でお目にかかれる代物ではなかった。
開き直らなければ、生活出来なかったのだから仕方ない。
だがやっと貴族とか神殿長とか言う人との接点が持てそうなことに、アヤコはほくそ笑んだ。
―――やっとだわ。これでこんな貧乏くさい、汚い生活ともおさらばよ
―――ほんと、この辺の死に損ないの世話なんて、嫌で嫌で仕方なかった
―――でも、これであたしのターンが来たんだわ!
ふと思い出して鍋を擦る手が止まる。
最初――この世界に落ちた最初は、何が何だかわからなかった。
流行の異世界転生モノとか勇者召喚とかの小説や漫画、アニメは良く見てたし、ゲームも好きだったから馴染みがない訳じゃなかったけど、最初に思った事は『あんなのは嘘。フィクションなんだ』と言う事。
召喚者がいて、世界について説明とかがある場合はそうじゃないのかもしれないけど、召喚者もいない、何の説明も貰えず、ただ放り出されるだけなんて、アニメや小説みたいにすんなり受け入れるなんて出来なかった。
少なくともアヤコ――下沼石 彩子には出来なかった。
見た事もない場所、スマホも使えなくて地図も見られない。当然通話は圏外で、自分の知ってる何もかもが、何処かに置き去りにされたような喪失感に、ただ怯えるしかなかった。
落ちる前に足元が光ったような気がしなくもないから、もしかしたら異世界転移かもしれないとは考えたが、そんな事を悠長に考えたりする余裕なんて、本当になかった。
身を潜ませ隠れるように、見つけた木の洞に入り込んだが、そこには持ち主のわからない骨や毛が散乱していて、思わず口から飛び出た悲鳴…。
地面や枝をよくよく観察すれば、見た事もないどぎつい色をした、見た事もない形状の虫が列をなしていて、あれに生きながら喰われるんじゃないかと恐怖した。
たった一人、日本の女子学生が知らない場所で……未知と危険に囲まれた状態で、どうやったら落ち着けると言うのだろう。せめて一人じゃなく友達…そんな贅沢は言わないが、誰か一人でも他に人が居てくれたら落ち着けたかもしれない。
しかし現実はそうではなく、たった一人。パニックになっても仕方ないだろう。
だから縋ってしまった。
突然耳裏を打つように…もしかしたら脳内に直接響いたのかもしれないが、今更それを確認する術はない。
声が聞こえたのだ。
声らしきモノ、と言った方が良いかもしれない。
だけど理解出来る音の並びだったのだ。
―――――コワイ
―――――コワイ ト イウ キモチ
―――――オマエ ハ コワイ?
―――――タスケテ アゲ、ル
―――――ソウ オマエ アゲル シナナイ
―――――ダカラ ヨコセ オマエ ノ
「フ……フフ…あぁ、あの時あんたの手を取って良かった」
アヤコの声に呼応するように、指先に花が開いて直ぐに散った。
「大丈夫よ、大丈夫。
あたしの中にいたら大丈夫だってあんたが言ったんじゃない。だからこれから一緒に行くのよ。
あんたの力があれば……聖女だって認められたら、本当にこの国の王子様とハッピーエンド出来るかも!
ま~この国に王子様が居れば…だけどね。
あ、でもこういう転移転生モノによくある、学校とか学園ってあるのかな?
あったらそこで、王子様じゃなくても貴族のイケメン捕まえるってのも王道じゃない?
この世界が何の世界かまだわかんないんだけどさ…あたしが知ってるストーリーだと良いな。そうしたらあたしが無双出来るってもんでしょ?
何よりあたしの意思とか都合なんて完全無視で転移させたんだから、その責任はしっかり取って貰わなきゃね。
責任取ってあたしに一番の幸せくれなきゃ、割に合わないって言うもんよ」
アヤコはニッと口角を引き上げる。
「あ~楽しみ……攻略対象にはどんなのが居るのかな…悪役令嬢も必須だよね。
フフフ フハ、アハハ……」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>