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若干うす暗く感じる廊下を進んで行くと、小走りで何処かへいく使用人が見えた。
かなりの者が辞めたと聞いているし、身に着けているお仕着せも、デザインが同じではなく、他家の使用人が援護で入っているのだろうと推察出来る。
そんな状態だから当然来訪を告げる担当者も居なかったのだが、途中で此方に気付いたのか、上質なお仕着せに身を包んだ男性が、慌ててやってきた。
額の汗を拭いながらやってきたその男性は、エリューシアを見るなり、ギョッとしたように息を飲んだが、直ぐに我に返ったようで、ぎこちないながらも両親と言葉を交わしだした。どうやらグラストン家の使用人である彼と、両親は顔見知りであるらしい。
その最中、エリューシアは隣に立つコンスタンスの様子を窺う。
補助としてのエスコートが出来ない理由付けとして、腕の負傷を装うかと話していたが、結果的に足の不調を装って貰う事になった。
足の不調であれば、当然エリューシアの補助が出来ない言い訳にもなるし、『杖』という武器を堂々と持ち込める。
特に緊張などしている様子はないし、杖も違和感なく使いこなしていて、大したものだと感嘆するしかない。
これまでもアマリア捜索等で、前線に出ていたらしいから、その美しい横顔に似合わず修羅場を経験しているのだろう。
「……?」
エリューシアの視線に気付いたコンスタンス……その顔はクリストファそのものだが、声は擬態が難しいようで、視線で『?』を飛ばしてきた。
それに小さく笑んで首を振る。
そうしている間に、両親とグラストン家の使用人との話は終わったらしく、促されて歩き出す。
「このまま会場へ入って良いようだよ」
アーネストの言葉を補う様に、セシリアが後を引き取った。
「さっきの使用人とは何度か会った事があるのよ。
夫君よりシャーロットの方を慕っている様だったけど、流石に自分まで辞めるのは気が咎めたみたいね。
執事も領地に行ってて、実質使用人を統括しているのは彼みたいだわ」
「リムジールには来訪を伝えて貰えるようだから、問題ないさ」
会場へ入れば、既に多数の貴族達で賑わっていた。
だが、エリューシア達が会場に足を踏み入れた途端、一瞬にして視線が集まり、がやがやとした雑音が瞬時に消え失せた。
彼等の目は一様に大きく見開かれ、その視線はラステリノーア公爵夫妻を通り抜けて、やや後ろを歩く少女と、杖を突く少年に釘付けになっている。
しんと静まり返った会場内に、誰ともない呟きが響いた。
「(嘘……だろ)」
その小さな呟きを切っ掛けに、会場内にどよめきが広がる。
「(銀色が光ってるわ)」
「(本当に…? 本当に…精霊の…?)」
「(それに見て、あの黄金! あれって……精霊の金よね?)」
「(信じられない…何故今まで隠れていたんだ?)」
「(私達がどれほど不安だったか…)」
「(金と銀が揃ってるなんて……はぁ、素晴らしいわ)」
「(いや、だったら何で今まで出てこなかったんだ? 王都がこんな状態だって言うのに)」
「(そうだよな…だから聖女様が立ってくれたんだし)」
「(私達は聖女様につく)」
「(本気で言ってるの? 精霊の金と銀よ!?)」
「(御髪だけじゃないわ…見て、あの瞳……何て美しいの…)」
「(宝石眼だ)」
「(あぁ、精霊の御加護よ…何て事!)」
「(我らはどうすればいいんだ…)」
誰かは感嘆し、誰かは疑う。
他にも動揺や困惑を内包した声が、そこかしこで上がった。
そんなざわめきを気にするでなく、貫禄のある老人が近づいてくる。
「来た様じゃな」
エリューシアが知る姿は、裏通りの雑貨屋店主としての姿だけだが、あの時も十分正体不明な人物だった。
そんな老人に、アーネストが一歩進み出て挨拶する。
「スヴァンダット老、御無沙汰しております」
「まったくじゃ。
もう少し中央に顔出ししてくれと、あれほど頼んでおったのに…。
それにしても、来てくれて助かった…どうにも目立ってしまって、居心地の悪い事悪い事…。
こんな異例尽くしのパーティーとは思ってなかったわい」
「まぁアレの采配での催しですから想定内です。
これまでは夫人…元夫人と言った方が良いでしょうね。彼女が采配していたと、公になったと言うだけの事ですよ」
呼ばれている楽団は、会場の大きさからすると考えられない程少人数だし、会場や其処を彩る調度品も不揃いだ。
それだけでなく軽食類も肉類がメインで、菓子やデザートの類は見当たらない。
飲み物を運ぶ使用人の姿も少ないし、招待客の装いも、安っぽくちぐはぐな印象が残り、家格にあった装いをしているラステリノーア一行と、ソドルセン公爵等一部が、無駄に浮き上がってしまっている。
とは言え王城でのパーティーではないし、個人主催なら考えられなくはない……ただし、子爵位等下位貴族なら、もしくは仲の良い友人同士なら…と言う但し書きはつく。
時間も夜会と言うには早い時間だし、招待客も王派閥の面々側は、ホストであるグラストン公爵を除けば、最高位は将軍とは名ばかりのガロメン侯爵のみ。
彼等以外はほぼ低位貴族ばかりだからこその采配なのかもしれないが、それなら内輪だけのパーティーにして欲しかったと言うのが、正直な感想だ。
「(おお、エリューシア嬢も、暫く会う事は叶わなかったが、本当に美しくなられたの。
それにクリストファ殿も、久しいの)」
スヴァンダット老人の声を潜めた挨拶に、コンスタンス扮するクリストファが、無言で一礼する。その様子にスヴァンダットが微かに目を瞠った。
先回りする様にアーネストが小声で囁く。
「(スヴァンダット老、黄金鳥は現在…)」
言葉を濁して杖の方へと、促すように視線を流した。
それに気づいたソドルセンが表情を曇らせる。
「(ふむ…学院での一件も聞き及んでおる。
済まぬ…暫定中央の力不足…抑えきれず、だ)」
何か誤解してそうな物言いに気付いたが、訂正する事は出来ないし、今はその必要もない。
それよりエリューシアはまず、スヴァンダット老がクリストファと誤認してくれた事にホッとした。
ここまで見事な擬態だから、大丈夫だろうとは思っていたが、不安がなかった訳ではない。
突き刺さる無遠慮な視線を気にすることなく、ゆっくりと目線を巡らせた。
(………ヴェルメの気配は漂ってるけど…ツヴェナ神官達から発せられていた気配と違って、本当に薄っすらと…だけね。
でも、此処に聖女とやらが来るのでしょう?
御披露目だもの……なのにこんなに薄いって…ヴェルメと言う存在は、一体何処に隠れていると言うの…?)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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