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2人の奮闘虚しく、結局髪は結い上げるのではなく、片側に髪飾りを編み込んで垂らす形に落ち着く。
こればかりは仕方ない。
オルガもサネーラも頑張ってくれはしたが、一時的にピンで留めておいても、他の部分に手をかけている間にするりと落ちてしまい、一向に進まないのだから諦めるしかなかった。
オルガとサネーラの表情に一見変化はなかったが、そこはそれ、長い付き合いと言う奴で、2人が納得出来ていない事は手に取るように分かった。
とは言え、2人もメイドとして同行してくれる事になっているので、彼女達の準備もある。
そこで準備は手打ちとして、エリューシアはクリストファの部屋へ向かった。
部屋へ向かうと、扉の前でネルファが出迎えてくれた。
「これはエリューシア様、これから…ですか?」
「えぇ。
だから出発前にジールの様子を…と思ったのだけど…」
ネルファは邪魔をするように、扉の前に立ち塞がったまま退かない。
「クリス様は現在お休みです」
そう言われれば引き下がるしかないが、爽やかな良い笑顔のネルファに、つい片眉が跳ね上がる。
「……………」
「……………」
睨み合いが続いたが、エリューシアの方が先に白旗を上げた。
クリストファの命は、イルミナシウスのおかげで繋がったが、その後細やかな世話と調整をしてくれているのはネルファだ。
信じて託すしかない。
「……ジールの事…お願いします」
「勿論です。
あぁ、イルミナス様が繋いだ耳飾りは、身につけるか持って行くか…どちらでも構いませんが、必ず所持だけはお願いします」
パーティーの装いの為に、今はクリストファと分かち合った耳飾りは付けていない。
しかし、あえて言及してくると言う事は、必要な事なのだろうと、エリューシアは頷いた。
黒に近い深紫からヴィオラへの美しいグラデーションに、クリストファの色である深く鮮やかな金の差し色を加えたドレスは、エリューシアの年齢からすると、驚くほど素っ気なくシンプルだ。
しかし、随所に縫い込まれた宝石と緻密な刺繍が、贅を凝らした逸品である事を示している。
そのドレスに髪飾りだけでなく耳飾り首飾りも合わせている為、落としたりしないようチェーンに繋いでペンダントにして、ドレスの胸元に隠し持つ事にした。
玄関へ移動すると、既に両親を始めとした皆が揃って待っていた。
エリューシアが来た事に気付いたアーネストが、にこやかに振り返ったが、何故かそのまま微動だにしなくなった。
双眸を真ん丸に見開いたまま、フリーズしてしまったのである。
「お父様?」
エリューシアが怪訝に思って呟けば、セシリアも気付いたようで、隣で棒立ちになっているアーネストの顔を覗き込んだ。
「旦那様?」
ピクリともしない様子に、流石に尋常ではないと使用人達も騒ぎ始めると……。
「………ェ……ェ、ェル……エル、ルル…エ”エエエエエエ、エ”エ”エ”…エルルゥゥウウウウウウウウウ!!!!!!!!!」
叫ぶと同時に飛びついてくるアーネストに、流石のエリューシアもギョッとして身を引いた。
次に来るであろう衝撃から身を逃そうとするように、腕で自身を思わず庇う……………。
……………………何時までも訪れない衝撃に、そろそろと腕を下ろしてみれば、まるで子猫のように首根っこを、アッシュに掴まれているアーネストがいた。
ついでにジョイもアーネストの腰を引っ掴んでいる。
「ええい、放せ!! アッシュ! あんなにかわゆらしいのだぞ!?
傍で堪能したいと言う気持ちがわからぬか!?
ジョイもだ! 放せ! 放してくれえええぇぇぇぇええええええ!!!」
「旦那様、お時間でございます」
「そうそう、旦那様、遅刻なんてしたらグラストンのボンボンに、末代まで言い継がれるよ?」
「エルルに嫌われても良いのですか?」
「ぐ……」
アッシュに冷静に諭され、ジョイには笑い交じりに揶揄われ、トドメはセシリアの呆れた声。
まだ玄関だと言うのに…と思うと頭が痛い。
無意識に蟀谷を押さえてしまったエリューシアに、セシリアが声を掛けてきた。
「でも、本当に美しいわよ。
クリスも惚れ直したのではない?」
当然だが両親も現在のクリストファの状態はわかっていて、能力の詳細は省いたが、コンスタンスが身代わりとなって共に行く事は話してある。
エリューシアは会えなかった事を伝えれば、何故かアーネストがさまぁみろと変な笑いをし始めた。
そんなアーネストを、既にコンスタンスが待機する馬車に問答無用で放り込む。
出来れば違う馬車にしたかったが、時間が迫っているのも確かだし、クリストファに擬態したコンスタンスに、壊れたアーネストを押し付けてしまうと、絶対に面倒な事になるのはわかり切っていた。
それはあまりに可哀想なので、エリューシアとセシリアも仕方なく乗り込めば、程なくして出発となった。
貴族街の一等地にあるグラストン公爵邸だが、通りは閑散としている。
それが警備の為に人の出入りを制限しての結果か、それ以外の理由があるのかはわからないが、とりあえずエリューシアが馬車酔いする前に辿り着けた。
馬車から降りると、出迎えと案内の者の姿はない。
普通なら馬鹿にしていると怒り出しても不思議ではない場面なのだが、アーネストもセシリアも、微かに眉を動かすだけで、平然としていた。
「まぁ、使用人が減ってどうしようもなかったようだからな」
「シャーロットからの手紙にあった通りですわね。
とりあえず行きましょう。邸内の事はシャーロットが手紙で説明してくれましたので、困った事にはなりませんわ。
途中で此方の使用人とすれ違うかもしれませんけど……そうなると到着の報せだけは、先に入れておいた方が良いかしら」
「不要だろう。
私達にとってもアレにとっても、互いに既に敵なのだから、こうした歓迎なのだろうしな」
アーネストとセシリアの会話が途切れたところで、エリューシアが言葉を挟む。
「参加を決めたのは我が家とソドルセンの御大はお聞きしていますが、他にも?」
エリューシアの問いに、アーネストが考える様に視線を横へずらした。
ずっとクリストファの事やコンスタンスとの調整他に、気と時間を取られていて、そう言った事をエリューシアが確認する余裕がなかったのだ。
「他は確かヘイルゴット侯爵家とトルマーシ侯爵家。
伯爵位ではキップルとボルトマイス、ルダリーくらい…だったかな…我が家と懇意となると。
単に王派閥以外となると…あぁ、ザムデン前宰相の細君も参加すると聞いたかもしれない」
ふむ…とエリューシアは顎先に指の背を教えてて思考に沈む。
想定より多い……と言うか、王派閥以外の主だった貴族家は、ほぼ参加を見合わせると踏んでいたのだ。
そう予想したからこそ、エリューシア達ラステリノーア家とソドルセン家は相談の上で参加となったのだが、こう多いと警護の手が足りるだろうかと、エリューシアは不安を覚える。
現に、リムジールの姉カタリナの嫁ぎ先であるボーデリーや、宮廷魔法士を率いるメフレリエ、塔を統括するゼムイスト等は参加しないと聞いている。
他には辺境伯家も全滅だ。
辺境伯家は元々王家とは一線を画しているし、何より魔物の対処に忙しい時期なので、不参加は想定内である。
(私はお父様お母様、それにコンスタンスと行動を共にするし……って、あぁそう言う事…。
ヘイルゴット家はお姉様の護衛騎士ニルスの家ね。
トルマーシは私の護衛騎士セヴァンの家だわ。
キップルはあの一件で私に何やら誓ったミニーナとカーナの家。
ボルトマイスとルダリーは商会関係。
……侯爵家2家は武門で有名な家だから、警護は御自身達で十分。
商会関係2家とキップル家も、騎士を排出したりしてるし…まぁ、あまり分断されないようにだけは気を付けておきましょう。
あぁ、ザムデン前宰相の細君…ソミリナ様…だったかしら、一応其方にも気を配っておいた方が良さそうね。
さぁエリューシア、気を張り直しなさい。
向かうは敵本陣よ)
―――いざ、突撃!
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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