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王派閥の主だった者達は、既に大半がグラストン公爵リムジールに下り、現在は王派閥の末端貴族達と中立派を取り込んでいる最中で、アヤコが今癒しているのは王派閥の末端貴族のほうだ。
満足気な末端貴族に、ガロメンが満面の笑みで話しかける。
「どうですかな?」
「はぁぁ…これは素晴らしいですな。
儂は病を得て長く、もう先はないと言われておりましたが、身体のだるさが嘘のように消え去りましたぞ。
その上この気持ち良さは……まるで天上の蜜の味わい…」
「はは、お気に召したようですな。
我が義娘の手にかかれば、病等塵芥の如く払ってしまえますからな」
だが、癒しを施しているアヤコの顔色は冴えない。
よくよく見れば、その指先は震えている。
――ちょっと…なんでこんなに辛いのよ…
――これまで沢山の人間に種植えたんでしょ?
――そいつ等から生気とか吸い上げてるんじゃないの?
――だったらエネルギーは十分なはずでしょ!?
内心でヴェルメに罵声を浴びせる。
何時頃からだろう…癒しを使おうとすると酷く頭が痛むようになった。
あまりの痛みに、普段の生活にも支障が出る程で、養父の使用人とは言え、薄汚いモッソンと言う小男にまで甚振られる始末。
ヴェルメに命じて頭痛を抑え込んだ後は、当然のようにモッソンの事は締め上げてやった。
養父にもその現場を見つかったが、最終的には押し黙った。
――あたしを抑え込もうなんて、ホント何様のつもりよ
――あたしがいないと困るのはあいつ等の方なの
――それを思い知らせてやっただけなのに、あれからどいつもこいつも怯えた顔して…
――気に入らないったらないわ
――ちょっと蔓で拘束して顔が丸くなるまで殴っただけじゃない
――それもこれも、あの小男が先に手を出してきたからだし
――反対に血が飛び散って、こっちの方が迷惑被ったって言うのにさ…
――あ~イライラする
表情を取り繕う事もせず、終わった所で立ち上がった。
「もう終わってしまうのですか…どうかもう少し…」
締まりのない身体を揺す振りながら、癒しを受けていた貴族男性が顔を上げた。
アヤコは一瞥しただけで、そのまま歩き出す。
「お、おい、もう少し愛想よくせ………」
ギロリと睨まれて、ガロメンは言葉を途切れさせた。
「ッ……いや、良い」
施術を受けていた男性は伯爵だから、ガロメンは身分差で黙らせればいいかと思い直す。
だが今は、何よりアヤコを怒らせる方が恐ろしい。
最初、奇跡の力を持っているとは言え、たかが小娘、思い通りに操れると高を括っていた。
使用人であるモッソンにも、厳しく躾ける様に言い渡したのはガロメンだ。
それなのに、アヤコは男性であるモッソンを、自らの力を使って虫の息になるまで叩きのめしたのだ。
自分の方が脅される力関係と言うのは気に入らないが、アヤコの力無しではどうにもならないのだから仕方ない。
それに元々、ガロメンは虎の威を借る狐でしかない。
身分と地位に胡坐を掻いて踏ん反り返るだけが能の、矮小な存在なのだから、力を示されれば途端に及び腰になるのは、ある意味当然だった。
ガロメンはその場を後にするアヤコから向き直り、少々不満そうにしていた末端貴族を見下ろす。
「いや、もう十分だろう?
病のだるさは抜けたのだろうが。
これ以上は贅沢と言うもの…そうだろう?
それにちゃんと此方の意を汲んでくれれば、更なる癒しも考えてやらぬではない」
睥睨された男性はヒッと息を飲んでから愛想笑いで頷き、すごすごとその場を離れた。
そんなやり取りの後、今日癒しの場として自邸の一室を提供したリムジールが、至極機嫌良さそうにやってきた。
「おお、ガロメンか。
順調なようだな」
「これは殿下…」
恭しく頭を下げれば、リムジールはそれを手で制する。
「良い。
堅苦しい事は抜きにしよう」
リムジールはスンと表情を消し、周囲に視線を走らせる。
「それで、どうだ……?」
「は、はい。
中立派にも手を伸ばし始めておりますが、誰もが癒しの後は此方に協力的になっております。
一度癒しを味わえば、最早あの心地良さから抜け出せず、次をと求めるのは必定」
「そうかそうか。
私はこのまま凋落する気はない。
これまでずっとあの愚かな兄を支え、火中の栗を拾い、煮え湯を飲まされても我慢してきた。
私を見下し、捨てた者達に何としても一矢報いてやる」
「殿下…。
我はずっと貴方様こそが玉座に相応しいと思っておりました」
リムジールは大仰に頷く。
「よくぞ聖女を見つけて献上してくれた。
私が全てを掌握出来た暁には、必ずや其方の働きに報いよう」
「勿体ないお言葉です。
それで……どうなりましたか?
あの田舎公爵からの返事は」
リムジールの眉間に皺が寄るが、直ぐに口元に歪んだ笑みが張り付く。
「あぁ、参加しない訳がないだろう。
ただでさえ傾いた天秤が、不参加であれば更に此方優位に傾くだろう事は想像するに容易い。
アーネストもソドルセンの老害にも…絶対にとどめを刺してやる。
妖精姫とあの憎きスペアにも悔しい思いをさせねばな…私の可愛いチャズンナートの邪魔になる等、許し難い。
それにあの女……シャーロットを引っ張り出す事は出来ないだろうが、その顔は必ず歪ませてやる」
虚ろな目でぶつぶつと呪詛のように呟くリムジールに、ガロメンは微かに眉根を寄せるが、どのみち同舟だとそっと目を伏せた。
癒しの場と言いながら、様相は酒宴と大差ない一室から出て来たアヤコは、ぐったりとバルコニーの手すりに凭れ掛かった。
――あぁ…本気でだるさが辛い…
――ヴェルメ…頭痛が収まったらコレって、いったいどう言う事なのよ
――餌は十分なはずでしょう?
――なのになんであたしにこんな負担がかかってんのよ……ありえないわ
―――――……………
――なんなのよ、返事くらいしないさいよ!
だが、ヴェルメからの応えはなく、アヤコは力なく溜息を吐いた。
何気なく見上げれば、星々が薄闇に染まり始めた空を彩り始めている。
その空はアヤコに、遠く……下校時に見上げた空を思い出させた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




