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「……なんですが、どうでしょう?」
ずっとコンスタンスが何か話していたようだが、エリューシアは思考の海に沈み込んでいたようで、何を聞かされていたのかよくわからない。
「えっと……ごめんなさい。
その、衝撃が色々と大きすぎて、話について行ききれてないと言うか……」
「いや、うん、エルル嬢が戸惑うのもわかる…と言うか、それ普通だから」
ギリアンが大きく頷いてくれていた。
「あら、そんな突飛もない事はお話ししてないのですけど?」
「あのなぁ…それ、お前の感覚が変なだけだから!」
『えぇ!?』と酷く不本意そうに可憐な唇をへの字に曲げるコンスタンスを後目に、ギリアンが一旦整理しようと言ってくれる。
そして出てきた話を簡潔にまとめてくれた。
ソナンドレ側は準備万端で、メフレリエもそれに異議はないと言う事。
グラストンのパーティーには、コンスタンスが『擬態』を使ってエスコートすると提案している事。
ギリアンとコンスタンスが、ここまで手の内を明かしてくれるのならば、エリューシアも詳細は省くにしても、クリストファの状況は説明しておいた方が良いだろうと、渋りたくなる気持ちを抑え込んで口を開いた。
「ジ……クリス様は現在身動きが出来ない状態です。
状況的に……ではなく物理的に…」
「は?
……何があった?」
ギリアンの声が低くなる。
仲の良い友人なのだから、心配になって当然だ。
命に別状はないが、体力が落ちていて、パーティーまでに復帰は難しいとだけ話す。
嘘は言っていない。
少し前まで確かに命の危険があったが、今はイルミナシウス達のおかげで危機は脱したと言って良いだろう。有体に話して、無駄に心配を助長する必要はない。
何故そうなったかも問われたが、例の事件の傷の後遺症と言えば、納得してくれた。
これについても決して嘘ではない。
話は一段落したが、じゃあそれで決定…とはいかない。
何故ギリアンに…となったかと言えば、消去法で残った候補と言うのも事実だが、そこには面倒な理由も内在していた。
そう……こういう事態になると面倒この上ない『精霊防御』と『精霊カウンター』だ。
正直、敵陣に乗り込むような物なのだから、ダンスだ何だと浮かれる事はないが、それ以前にコンスタンスでは手を繋ぐ事も難しいと思われる。
ギリアンについては学院とクリストファという縁があったから、辛うじて吹っ飛ばなくなっただけで、そうなるにも年単位の時間が掛かった。
コンスタンスについては、エリューシアに仕えたいと言う気持ちを受け入れはしたし、個人で召し抱える事も問題はないが、似た立ち位置になるアッシュやジョイでさえ、無意識のその力が発動しなくなるまでに、かなりの時間を要したのだ。
コンスタンスはきょとんとしていたが、実施するのは危険が伴うので、出来れば口頭の説明で理解して欲しいと、懇々と話をする。
もう微に入り細に入り嚙み砕いて話したのだが、どうしても一度実践してみたいと言い出した……解せぬ…。
しかしギリアンが大丈夫だと言うので、別室に移動して実施する事になった。
まぁ、結果は御想像の通りだ。
指先が触れるより早く、コンスタンスの小さく華奢な身体は、思い切り吹き飛んだ。
ギリアンが魔法でクッションとなる壁を作ってくれていたので、大怪我には至らずホッとしたが、コンスタンス自身も備えていたらしい。
吹き飛んだあと、彼女(彼女と言うのも語弊があると思うが、届け出は女児との事なので……)の背後から無数にも思える黒い影が幾つも床に落ちた。
蟲達も主人であるコンスタンスを支えようとしていたと言う事だ。
その光景にゾワリと背筋を這う何かがあったが、それを何とか捩じ伏せてエリューシアは大丈夫かと訊ねる。
「えぇ、勿論ですわ。
あらまぁ…この子達ったら…大丈夫ですわ。少々潰れても補充は無限に出来ますし、御心配には及びません」
にこやかに言われ、エリューシアは顔を引き攣らせた。
その顔にギリアンが笑いを堪えていたのには、しっかりと氷点下の視線を送っておく。
実験も無事(?)終了したので、再び最初の部屋へ戻り、ソファに落ち着いた途端コンスタンスが口を開いた。
「エリューシア様、それでなんですけど……パーティーのエスコートはやはり私にお任せいただけませんか? エスコートと言うより、傍に居るだけになりそうではありますが」
「え…でも……」
コンスタンスが眉をハの字にしてから、少し姿勢を整えた。
「えぇ、わかってますわ。
見事に吹っ飛ばされましたもの。でもギリアン様だとやはり余計な憶測を生むと思うのです。
手を触れる事が出来ない状況……例えば、そうですね……腕を負傷してる風を装うとかは如何でしょう?」
魔物の蟲を使ってどの程度擬態出来るのかわからないが、有難い申し出ではある。しかし元々それほど接点のなかったエリューシアに…いや、この場合公爵家と言うか暫定中央と言えば良いのか……それに協力しようとしてくれるのかがわからない。
彼女にとってエリューシアの傍が、使役蟲達にとって良い環境だから……重要な事なのだろうが、それだけでは説明がつきそうにない。
何故なら下手をすれば家門は勿論、自身の命も危険になりかねないからだ。
ギリアンの方を伺い見るが、彼はしれっと冷めたお茶を飲んでいる。
エリューシアはカップをおいてコンスタンスを見つめた。
「どうしてそこまで協力しようとしてくれるのかしら……。
今の盤面はかなり不利よ? 王派閥に全て持って行かれるかもしれない。
そうなった時、困った事にならない?」
コンスタンスはどこか子供っぽい笑みを浮かべる。
「タオゼント君達に居心地良い環境……と言う理由では説明がつかない…と、おっしゃりたいんですよね?」
エリューシアはコクリと頷いた。
王位は兎も角、聖女を…延いてはヴェルメを放置出来ない。だからエリューシアとしては戦う一択だが、コンスタンスにとってはそうではないだろうと思うのだ。
「ん~そうです…ね。
広場の様子、エリューシア様から聞いた村人の様子……貴族として黙って見過ごす訳にいかないというのもそうですけど、一番は……あの王族に返り咲いて欲しくないから……ですかね」
コンスタンスがぽつりぽつりと話し出す。
聞けば、どうやらソナンドレは、メフレリエと言うより王家の影だった過去があるのだそうだ。
『擬態』と言う能力があるのなら、それも納得出来る。
そうして長い歴史の中で、堕落し腐敗した王家に、ソナンドレは脅され縛り付けられてきたのだそうだ。
ある時は特殊能力を持って生まれた子供を盾に、ある時は次代を残す女性達を盾に……手を変え品を変え、良い様に使われていたのだと言う。
それが…今となっては先々代になるがヴィークリス王の時代に、やっと逃げ出す事が出来たのだそうだ。つい先頃明るみになった事だが、良王と呼ばれた彼には愚かな一面があった。
私情に振り回された挙句、婚約者候補の令嬢を死に至らしめたのだ。
当時は事故か故意か判断が出来なかったものの、それを機にソドルセン公爵家が中央から遠退いた為、その混乱に乗じたのだと言う。
「結局の所、もう戻りたくないのです。
私は……いえ、私だけでなく、先代、それ以前も……特殊な血故に昔は迫害もされたそうです。
まぁ仕方ありませんよね。
無性別の色なし……その上蟲を使う。
恐れられても仕方ない……ですがそんな血を受け入れてくれたこの地、この国には思い入れがあるのです。
私達自身が以前に戻りたくないのも事実ですが、この国を立ち直らせたいのも本当なのです」
「……そう…でも、事はその家門にも関わる事よ?
貴方の一存で決めて良い事では……」
コンスタンスがフッと笑う。
「問題ありません。
ソナンドレを統括するのは私、コンスタンスですわ」
カップを置いたギリアンが、やっと顔を上げた。
「表のメネライト、裏のコンスタンス……なんだが、実質優先されるのはコンスタンスの意思だ」
「当代は良くても次代は……」
エリューシアとて、無駄に巻き込んで被害を広げたくはない。
「次代って……コンスタンスは次代を残せないぞ?
まぁ本来ならメネライトが第2夫人なり恋人なりに……って形になるんだろうが、メネライトはコンスタンス一筋だからなぁ。
だから姉君の子を養子に…って形になるんじゃないか?」
そう言う事を聞いた訳ではないのだが…とエリューシアは眉を顰める。
「お兄様は家族としての情が厚い方なので、愛する方と添えない不自由をさせてしまうのは申し訳ないです…。
ですが、下手にソナンドレの血を外にも出せなくて……」
その辺は彼等の問題で、エリューシアは口を挟む気は欠片もないのだが、おかげで気になっていた事案に答えが出た。
(なるほど…本気モードの近親相姦じゃないって事ね!
それはそれで惜し……げふんがふん、エリューシア、落ち着いて、落ち着くのよ…)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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