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「……おはよう…ございます…」
戸惑う様に朝の挨拶をすれば、ハッとした様に両親どちらも、ぎこちなく笑みを浮かべて挨拶を返してくれる。
「おはよう……」
「お、おはよう。エルル、昨晩はお疲れ様」
「……どうなさったのです?」
なんとなく不自然な様子に、後回しにするのもと思い、思い切って訊ねると、両親の表情変化がシンクロした。
ぎこちない笑みから、一瞬で…しかも同時に不貞腐れた表情になったのだ。
とは言え、笑う場面ではないと、顔を引き締め直す。
「あぁ……いや、先に食事にしよう」
「えぇ、そうですわね。その方が良いですわ」
アーネストとセシリアは、互いに目線の会話も含めながら頷いた。
普段とは違う、言い様のない重苦しさを内包したまま朝食が終わると、途端にアーネストが溜息を吐く。
「はぁ…気が重いが話さない訳にもいかないだろうね」
「えぇ、ドレス他は婚約披露用の他にも数点、宝飾品も併せて購入してます…ですので、其方の方は問題ありませんわ。
……ですが、後手後手ですわね……」
「あぁ、まさかシディルの動きから漏れるとはね……痛恨の判断ミスだよ」
セシリアは勿論、アーネストも苦々しく吐き捨てた。
恐らくだが、公爵家の使用人や騎士達、延いてはアッシュやジョイに頼むような感覚だったのではないだろうか…。
公爵家の者はある意味少数精鋭で、様々な訓練を受けていない者の方が少ない。
ヘルガやナタリア等、本当にごく一部だけだ。
ハスレーやネイサンも剣技等の訓練は履修している。
だが、聞けばシディルは元々ただの従者で、特に護衛としての訓練は受けていなかったらしい。
まぁ、ある意味それも仕方ないだろう。
本当の主人であるクリストファはあの強さだし、意に染まぬ命令でクリストファと引き離され、チャズンナートとか言う人物の補佐をさせられていたのだ。
嫌々の仕事に身が入るはずもない。
当のシディルは、件のティーザーに後れを取った形になった事が、心底不愉快だったらしく、現在はアッシュとジョイ兄弟に師事している。
元攻略対象だったアッシュは当然として、弟であるジョイもその兄を上回る結構なハイスペックだから、2人に弟子入りしたのなら、そう掛からず多様な技能を習得する事だろう……あの2人についていければ……多分…。
だが、それも今更な話だ。
シディルとニーナをグラストン家が尾行していたと言う報告をしたのは、別に最近の事ではない。
エリューシアが不思議に思っていると、アーネストが続けて話しだした。
「招待状が届いてね。
リムジールの息子の婚約披露パーティーだそうだ。
全く……スヴァンダット老の夜会の前に捻じ込んできたのだよ。
スヴァンダット老が主催する夜会だが、実質その主役はエルルとクリスの2人で、婚約披露が一番の目的だったから、水を差された感しかない」
エリューシアはテーブルの上に置かれた招待状を手に取って一読する。
「随分と急なのですね」
「あぁ、だからエルルのエスコートをどうしようかと…ね。
エルル達の婚約披露にはまだ余裕があるから、その時までにクリスには頑張って貰おうと思うが、流石にそのパーティーには間に合わない」
エリューシアの呟きに、アーネストが苦り切って頷いた。
「別に私、エスコート等必要ないのですけど。
よろめいたり歩けなかったりする事はありませんし……って、そう言う話ではないと言う事ですよね?」
エリューシアが事も無げに言い放つ様子に、両親が頭を抱えそうになっているが、最後に流れが変わった事でホッとしたのか、表情を和らげた。
とは言え、補助としてのエスコートが必要ないと言うのも本当の話で、エリューシアは自身のドレスの素材に様々な手を加えている。軽量化は勿論、撥水加工、形状記憶等々……。
デザインや縫製はネネランタ以下お針子軍団にお任せしているが、この国の現状の素材では、重くてエスコートなしに令嬢が行動する事はなかなかに厳しい。
「そう言う事だ。
まぁ、どんな危険があるかわからないし、アイシアは体調不良等で不参加にしておこうと思っている。我等の警護だけで手一杯になるだろうし…。
だから最悪エルルも不参加でも……構わない…」
「そう言う訳にも行かないのでしょう?
だって、態々ソドルセン公爵の夜会の前に捻じ込んできたと言う事は、ある意味私達を意識していると言う事。
排除までは望めずとも、牽制程度は狙っているでしょうから。
それに参加しないとあっては、後々王派閥は勿論、他貴族達に何と言われるか……」
まさしくその通りと言う事なのだろう。
アーネストもセシリアも表情の険しさを深める。
「済まない……」
「そんな顔なさらないで下さい。
私にとって恐ろしいのは家族を、そしてジール…クリス様を失う事だけ。
ですからパーティーの1つや2つ、どうって事はありません。初めての舞台ではありますが、精一杯務めるつもりです。
ですが……パートナーはどうしましょう…お父様はお母様のエスコートですし…スリン兄様はどうでしょう?」
婚約者ではない異性をパートナーにするなら親族が良いだろうと提案はしてみたが、北の辺境家ネイハルト家は現在魔物に対応中らしく、一家もその縁者臣下も揃って不参加らしい。
好ましい相手の慶事ならまだしも、グラストンをはじめとする王派閥との関係性は水と油、磁石のN極とS極だ。混ざり合う事はなく反発しあうのみ。
ならば…と考えるが、どうやら両親が前もって確認してくれていたらしく、適当な相手見つからないとの事だった。
護衛騎士のセヴァンも侯爵家の子息で、パートナーとして不足はないのだが、どちらかと言うと少数精鋭なラステリノーアでは、一人でも護衛を減らすのは良くないと言う事で、最初から想定外にされている。
残るはせめてもの抵抗で婚約者の居ない人物なのだが…。
(婚約者の居ない方……ソキリス様は確か、婚約者が決まりそうと言う話を聞いた記憶があるわ。バナン様はどうだったかしら…でもパートナーを頼めるほど親しかったかと言うと…疑問が残るわね。
あぁ、でもそう言えばギリアン様が、まだ婚約者が居らっしゃらなかったわよね……今の所第一候補かしら…)
ギリアンの事を思い出し、両親に話せば、早速確認してみてくれと言われる。
家同士のやり取り前に個人で確認を、と言う事だ。
この辺がラステリノーアが他と違う…有体に言えばおかしな家と言われる所以だろう。
ギリアンが勤める『塔』へ先触れを出してから、気にかかっていたクリストファと神獣達の様子を確認する。
誰もが疲労困憊なのか、ぐっすりと眠っていた。寝息が穏やかで、それだけで涙が出そうになる。
その後、ゆっくりしすぎる程、時間をかけて準備を終えたエリューシアが、直接塔へ向かう。
転移での移動だから一瞬だ。
塔の受付に行けば、あっさりと通してくれる。
先だってサーペントと言う魔物から取り出された異物を視る為に、ギリアンやコンスタンス、オルガ達と塔を訪れたのだが、その後、何故か塔の総長であるホーニク・ゼムイストから直々に、塔内部へのフリーパスを渡されていたのだ。
と言っても、前世で馴染みのあった磁気カード等の類ではなく、魔石を使ったペンダントである。
エリューシアの瞳の色に合わせたのかどうかは不明だが、青紫色の魔石を中心に、銀細工の飾り縁が見事な品で、普段使いするには些か過ぎた代物だ。
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