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薄暗く、小汚い堂内で一人の少女が、本日最後の患者へ声を掛けている。
きっちり髪を包み隠すベールから覗く顔は、こんな貧しい片田舎では珍しい程血色が良く肌が綺麗な少女だ。
取り立てて美しい訳ではないが、笑顔は可愛らしく愛嬌がある。
そして顔立ちはこの付近では見ないモノだった。
「もう大丈夫ですよ」
「ありがたや、ありがたや……少ないですが、こちらをお納めくだせぇ…」
老人が差し出したのは芋が幾つか入った小袋。所々破けたりしているが、未だ使用に耐える程度で、恐らくだが老人にとっては大事な家財だろう。このまま受け取るのは気が引けた。
「ありがとうございます。じゃあ中のお芋だけ、頂きますね」
そうして最後の患者を見送り堂の扉を閉めれば、丁度奥から少女を拾い助けてくれた女性が姿を現した。
年の頃は中年…いや、初老に差し掛かりかけたと言った方が正確かもしれない。
そして、痩せ細ってはいるが、性格を表したかのような穏やかな空気を纏っている。
「アヤコ、今日も疲れたでしょう?
食事の準備が出来たから、先に食べてしまいましょう」
「ツヴェナ様、でもまだ掃除が…」
「いいのよ。だって今日もずっと貴方を頼ってくる方々に施しをしていたのでしょう?
ごめんなさいね…今日は神殿の方に呼ばれてしまって、朝から任せきりになってしまったわ」
「そんな、あたしでも役に立てるのが嬉しいから」
そう言いながら『アヤコ』と呼ばれた少女は、照れたように笑った。
「アヤコったら、本当に良い子ね。
だけど、お話もあるのよ…だからお掃除は後で良いわ」
ツヴェナと呼ばれた女性はアヤコを促し、奥の食堂へ足を向ける。食堂と言っても狭い一室で、釘の頭も露わに板を組んだだけの簡素な机と椅子があるだけだ。
この辺りはフタムス子爵が治める小さな領で、正直豊かとは言えない……いや、はっきり言って貧しい地域である。
それ故神殿の分院であるこの建物も、お世辞にもしっかりとした建造物とは言い難く、大穴が開いていないだけマシと言った程度のモノだ。
そんな場所だったので、これまで食事と言っても野菜屑が浮いたスープが精一杯だったが、ここ最近は…いや、はっきり言えばアヤコを拾ってから、ちゃんと形のある野菜が幾つか入る様になっている。
「さぁ、温かいうちに頂きましょう」
「はい。頂きます」
両手を合わせ、黙礼するアヤコの様子に、ツヴェナが目を細めて笑う。
「相変わらず不思議な儀式ね」
「そうですか?」
あっけらかんと問うアヤコは、既にスプーンを手に取っている。
これまで一人きりだった食事が、こんなに華やいだ事にツヴェナは更に笑みを深めつつ、2人黙々と食事をとった。
しっかりと内容もある食事で、ツヴェナは1杯だけで満足だったが、今日も1日施しをして力を使ったアヤコはお腹が空いているだろうと、残りを鍋ごとアヤコの方へ置くと、小さく溜息を吐いた。
「ツヴェナ様?」
溜息が気になったのか、アヤコが口に運ぶスプーンを止める。
「ぁ…あぁ、アヤコはそのまま食べながらで良いわ。
今日は朝から神殿の方に呼ばれたでしょう?
そこにはこの地方の神殿長である司祭様と、ここの領主であるフタムス子爵がいらっしゃったの…」
言葉を切ったツヴェナが沈黙を続ける事に、アヤコが首を捻る。
「えっと…何かあったんですか?」
「あ、あ……ぁ、えぇ……その…アヤコがここに来てから、患者さんを診てくれてるでしょう?」
余程言い辛い話なのだろうか…ツヴェナの急な話題転換について行ききれない。
「えっと……はい。
あたしみたいな不審者を拾ってくれたツヴェナ様や、受け入れてくれた村の人達に恩返しがしたくて。
だけどまだまだですね、時間ばっかりかかっちゃう」
アヤコはスプーンを置いて恥ずかしそうに俯いた。
アヤコは最初近くの森に現れた。
しかもおなしな恰好をして……。
最初に彼女を目撃した村人は、新種の魔物が出たと、震えながら分院に駆け込んできた。
こんな地方だと病気や怪我は言うに及ばず、魔物なんかの相談もまず神殿分院に持ち込まれる事も多い。
本来なら領主の方へ持って行くべきなのだが、此処を治めるフタムス子爵は貴族である事を鼻に掛けるタイプで、領民の事をあまり大事にしない人物だった為、誰もが持ち込んでも無駄と、分院ばかりに皺寄せが行くようになってしまっていたのだ。
この地方を管轄する神殿に上訴してからでも良かったが、新種となれば見ない事には説明も出来ないと、ツヴェナは目撃した村人と共に、恐る恐る近くの森へ踏み入った。
だがそこに居たのは魔物ではなく、震えて怯える異国の少女。
服装他があまりに違っていたので、村人は新種の魔物だと騒いだのだが、蓋を開けてみれば哀れな少女でしかなかったのだ。
とは言え新種の魔物だと騒がれるのも、無理はない姿であった。
顔は今でこそあどけない少女の顔だが、その時は化粧が半ば崩れていて、そこそこ怖い顔になっていた。
服装も、この辺りで普通の…織り目の緩い生地で作られた質素なワンピースとかではなく、見た事もない様な上等な糸で編まれた薄手のセーターに、目にも鮮やかな臙脂のリボンタイ。真っ白なシャツに紺色の襞スカートは、一目で上質な生地だと分かった。しかも……ありえない程スカート丈が短く、はしたなく足を晒していたので余計に魔物だと思われたのだろう。
そんな彼女…アヤコは生い茂った低木の合間に身を縮こませて、震えて怯えていたのだ。
村人が止めるのも聞かず、ツヴェナは思わず声を掛けてしまったのだが、その声に新種の魔物と疑われた少女は声を上げて泣き出した。
正直アヤコの話は、ツヴェナには理解できない部分が多かったが、最初の様子を考えれば、何処かから攫われるか何かしたのだろうと判断した。
あの服装や、貧しい寒村にはあり得ない程の栄養状態から考えれば、遠い異国で攫われた金持ちか貴族の令嬢なのは間違いない。そんな人物ならばこそ、気づけば知らぬ土地であったことに混乱し、取り乱すのも無理はない話だと、ツヴェナは考えた。
しかし攫われたと言うなら、叶う事なら生国に送り返してあげたいし、こんな年端も行かぬ少女を、決して治安が良いとは言えない寒村に置いておくのも躊躇われた。その為、神殿へ話をしようとしたのだが、それはアヤコ本人に止められてしまった。
確かに彼女の生まれた国の名は、これまで聞いた事もない国名だ。
何処にあるとも知れない国から攫われた者等、扱いに困ってしまうだろうと言うアヤコの言い分に納得してしまったのだ。
そうして森でついたのだろう、切り傷や擦り傷が癒えた頃、アヤコは恩返しに分院の手伝いをさせて欲しいと言い出した。
分院には先も話したように怪我人や病人も運ばれてくる。祈りの場であると同時に、診療所で相談所でもあった。
止めても聞きそうにないアヤコの様子に、ツヴェナも仕方なく折れ、包帯の取り換えや洗濯を手伝って貰えるだけでも助かると、それを受け入れたのだが……。
アヤコは怪我人の傍に寄り添い、傷口に手を翳した。
するとどうだろう。
翳した手が淡く輝きを放つ。
それだけでなく、少しすると傷口に何かが蠢き、可憐な花が咲き誇ったのだ。
施術を受けた村人は腰を抜かしたが、あろう事かその花が散った後に傷口は見当たらなかった。
綺麗に治った傷口に、誰もが息を飲んで言葉を失った。
そんな空気に気付いていないのか、当のアヤコだけは困ったような笑顔で『ごめんなさい、初めてで時間かかっちゃった』と恐縮していた。
そこからはあっという間に村中に噂が駆け巡った。
『癒しの花乙女』と呼ばれ、ついには『聖女』だとも……。
そんな話が村内だけに留まるはずがなかった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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