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まだ日中だと言うのに、その一室はカーテンが引かれ、薄暗く保たれていた。
ベッドに横たわるクリストファの青白い額に掛かる金髪を、エリューシアはそっと払う。
クリストファは倒れて以降、目覚めはするものの、起き上がる事が難しくなっていた。
最近ではその目覚めも不定期になりつつある。
エリューシアはそんなクリストファが心配で…片時も離れたくなくて、彼に用意された部屋で、ずっと寝起きを共にしている。
嫁入り前なのに…とアーネストは眉を吊り上げたが、間違いを起こせる状態でもない事は明白で、外に漏れないならと、アーネストの方が渋々引き下がった。
クリストファが弱り倒れた原因の究明は連日行っているのだが、未だにその根本の発見に至っていない。
ノックの音に、エリューシアは疲れた顔を上げて『どうぞ』と返事をする。
返事の後直ぐに扉が開かれ、イルミナシウスとネルファが入ってきた。
最初、人間に力を行使する事を、恐れ躊躇っていたイルミナシウスだったが、連日何度も繰り返したおかげで、最近は魔力の操作がかなり繊細に出来るようになっている。
エリューシアとネルファはその補助をしていたが、それこそ最初の頃は本当に大変だった。
激流にも似たイルミナシウスの力を、クリストファに流して問題ない程度にまで制御するのが2人の役目だったのだが、慣れない間はエリューシアとネルファの方が寝込んでしまったくらいだ。
ネルファの方は本来の姿でやってきたが、イルミナシウスの方は人型だ。
どうやら人型維持に魔力を大きく割いている方が、操作しやすい事に気付いたらしく、今では専らこの形態でやって来るのだ。
何時ものように少年姿のイルミナシウスが、クリストファの枕元にやって来る。
エリューシアと入れ替わる様にその場に落ち着いた彼は、そっと右手をクリストファの胸の上に翳した。
ただでさえ薄暗い部屋は、いつの間にか真っ暗になっていた。
それに気づいたネルファが光度を落として照明をつける。
エリューシアは、ベッドに横たわったままのクリストファの手を両手で祈るように握り、その反対側では現在進行形でイルミナシウスが力を行使していた。
つっと汗がイルミナシウスの頬を滑り落ちる。
それが合図になった訳ではないが、イルミナシウスは苦悶の表情のまま首を横に振り、翳した手を下ろした。
「イル様…ありがとう」
エリューシアはクリストファの手を自身の額に押し当てながら、小さく呟いた。
「エルル……済まぬ…」
イルミナシウスは辛そうに両目をギュッと閉じた。
その手は拳に握られて、微かに震えているようにも見える。
そんなイルミナシウスを慮るように、ネルファがふわっふわの尻尾で、小さな肩をそっと撫でた。
「だが……なんとしても見つける…。
エルル…其方には片割れが必要じゃ…。
それはこのクリスをおいて他にない。
だから………」
絞り出すように言ったイルミナシウスに、エリューシアはゆっくりと顔を上げて微笑む。
「私も……私もそう思ってるわ。
ジールと居たい……だから、今暫く力を貸して……ね…」
「ッ……む、無論じゃ!」
実を言うと状況は悪い。
エリューシアとクリストファの婚約の話を進め、『聖女』と言う存在から人々の関心を少しでも離そうという思惑は、頓挫したに等しい。
既に婚約自体は成立しているし、中央への報告も完了している。
後は大々的に披露するだけだったのだが、何しろクリストファがこの状態だ。
その間にリムジール達に先手を取られ、リムジール嫡男チャズンナートと聖女アヤコの婚約が発表されている。
そうする間にも、聖女とやらは精力的に癒しを施し、今やその人気は鰻上りだ。
シディル等の動向を見張られ、行動が筒抜けに近かったのは想定外ではあったが、それ以上にタイミングが悪すぎる。
この状態では、もしクリストファが持ち直したところで、王位をリムジールを頂点とする王派閥に、掻っ攫われるのを阻止する事は難しい。
やはり民衆の後ろ盾と言うのは侮れないのだ。
ぐいと潤んだ瞳を腕で拭うイルミナシウスを宥めてから、ネルファが口を開く。
「その……心臓や腹部以外の場所というのは考えられませんか?」
エリューシアだけでなく、イルミナシウスも目を瞬かせる。
「最初に刺されたのは腹部なのですよね?
そしてエリューシア様が楔を見たのは心臓」
ネルファが言った通りだ。
だから心臓近くを重点的に視て貰った。
心臓周りでないならと、次は刺された腹部……しかし、それ以外の部位となると、エリューシアには想像もつかない。
戸惑うエリューシアを余所に、ネルファが続ける。
「だけど……そう、入れ替わったんでしたよね?
後からクリス様に聞いた事があるんですけど、クリス様にはちょっとした固有能力があるって話なんですけど、聞いた事あります?」
あの事件の事は勿論、それに関係しそうな話題も、何となく避けていた自覚はある。そのせいで、クリストファに過去の事……例えば亡き妹コフィリーの事等も、改めて聞いた記憶はない。
何時か……クリストファが話しても良いと思った時に、話してくれればそれで良いと……。
何より、死の淵から目覚めてくれた――もうそれだけでエリューシアは満足出来るほど嬉しかったから。
だから、ぎこちなく首を横に振った。
「そうですか…えっとですね、クリス様ご自身は玩具みたいな能力だっておっしゃってたんですけど、手に触れたものを入れ替える事が出来るそうなんです。
その力で妹君を虐めていた嫡男殿に、ちょっとした嫌がらせをしていたと言ってらっしゃったんですが……無意識に入れ替えてる可能性……ないですかね?」
ネルファの言葉にエリューシアの記憶が脳裏に浮かび上がった。
あの日……ゲームシナリオの呪縛からは逃げられないのだと諦めかけた時…。
地中を突き進んでくる魔力、そして地面から伸ばされた手。
エリューシアは確かにそれを見ていた。
だが、気付けば自分はジョイの背後にいて、目の前に刺されたクリストファが居たのだ。
どんなに記憶をひっくり返しても、伸ばされた手が自分に触れたかどうかは定かではない。
だが、もしあれがクリストファの力なのだとして意識的に行使していたなら『玩具みたいな能力』だなんて言うだろうか?
あの時も無意識だったとしたらどうだろう?
可能性はあるのではないだろうか…。
エリューシアが口を開くより早く、イルミナシウスが再び手を翳した。
「直ぐ視てみる。
あぁ、その可能性はある。我とした事が何と言う見落としだ……」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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