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ガロメンは部屋の扉が閉まる音を聞き、忌々し気に舌打ちする。
ついさっきまで来客……いや訪問者があった。
ゴヤイドン・フタムス
そう、アヤコが最初に現れた村を治め。最初に養女にした田舎子爵だ。
そのフタムス子爵を見送り終えたモッソンが戻ってくる。その彼にチラと視線を流せば、恭しく頭を垂れたモッソンが報告してきた。
「お送りしてきました。
途中で馬車は乗り換えて頂く予定です」
「そうか。
いい加減、図に乗ったアレは邪魔だな。
我が家の関与の痕跡は残さぬようにしておけよ」
「はい、抜かりございません。
子爵様には貧民街近くで最後をお楽しみいただく予定です」
「ふむ。
まぁアレには似合いの場所だな。
まったく……忌々しいにも程がある。
何時までも蛆蠅のように集りおって……。
こんな事なら、あの村の始末を任せるのではなかったわ」
「旦那様、その村の始末の件で御報告が」
モッソンの言葉に、ガロメンは片眉を不機嫌に跳ね上げた。
「どうやら分院神官はじめ、数名の者が姿を消しております」
「!?」
「密に追っ手を向かわせましたが、逃げ切られたようです」
片側の頬を引き攣らせ、乱暴に机を拳で叩く。
「糞がッ!」
「ですが、他の村へ向かった様子はなく、逃げたとしても立ち枯れ森の方へ向かったと思われますので、口は噤んで頂けるかと…」
「む……そ、そうか…。
しかし『立ち枯れ森』…?
あぁ、あの乾いた不毛の地か。
なるほどな…確かにあそこへ逃げただけなら、そう待たずに口封じは完了するだろうが…」
ガロメンとしては不確実な事故や飢餓を待つのは不本意らしく、苦い表情を崩さない。
そんな主人を安心させようと、モッソンは更に続けた。
「あの場所は奥を目指せば抜けられず、生きて出入りが可能なのは村近くだけでございます。手の者は残してございますし、万が一村の方へ戻る事があれば始末するよう命じてあります。
どうぞ御安心を」
「ふむ。
わかった。モッソン、お前に任せる。
大々的に売り出せば、何処からともなくアヤコを嗅ぎまわるネズミがわくだろうと先手を打ったが……それをネタにフタムスの田舎者が、我を脅してきよる等…万死に値する…」
「ですが、それも今夜まででございます」
「うむ。
して、アヤコはどうしておる?」
フタムス子爵の命は今夜までと聞き、興味を失くしたガロメンは、侯爵邸に迎え入れた義娘アヤコの様子をモッソンに訊ねる。
「はい……お嬢様なのですが……」
珍しく言い淀むモッソンに、ガロメンは首を捻った。
「む…何かあったのか?」
「はい。
これまでも癒しの後、頭痛等を訴えておられたのですが、先日貧民地区近くでの施しの後、寝こまれて現在もご気分が優れない様でございます」
「なんだと?
むぅ…なんとかさせろ……。
リムジール殿下からの声掛の者等への癒しを、既に予定しておる」
「王弟殿下から…と言いますと?」
「そろそろ中立派の者等を取り込もうかと……な。
まぁ、学院の一件でソマエタ伯爵を、先んじて手中に出来たのは大きかったが、彼奴のように娘への恩義だけで縛れる者は少ない。
だからアヤコは使えるようにしておけ」
「畏まりました」
モッソンがのそりと頭を下げてから退室する。
部屋に一人となったガロメンは、ソファに腰を下ろしほくそ笑んだ。そして先日リムジールから賜った盃を引き寄せた。
金属製の脚付きで、幾何学模様が施されたその品は、リムジールが外交の為に魔法大国チュベクを訪問した際に手に入れたものだと言う。
最上級のワインをソレに、ゆっくりと傾ける。
途端に芳醇な香りが立ち上った。
だが香りを楽しむより先に、あっさりと飲み干す。
香りや味の違い等に興味はなく、侯爵で将軍と言う地位身分に相応しい物であれば、それで良いと言わんばかりだ。
「ふん。
何が暫定中央だ…我が近衛軍に手を出そう等と不届き千万。
軍部に手を伸ばした事を後悔させてやるからな……それにしてもメフレリエめ……魔法士軍が足並みを揃えぬとは、思いもしなかったぞ…くそっ…。
まぁいい。あと少し……愚鈍な平民の支持で殿下が王城に返り咲くのも、もう間もなくだ。
チャズンナート公子とアヤコの仲も良好そうだしな。
我の未来に憂いはない……ふ…ふははは」
ノックの音が聞こえる。
ぶっちゃけだるくて返事もしたくないが、アヤコはソファにだらしなく寝そべりながら、渋々返事をする。
「……はぁぃ…どぉぞぉ…」
品格だとか一切無視した返事だが、アヤコがだした了承に扉がゆっくりと開かれた。
「お嬢様」
抑揚がなく、感情の色が感じられない声に、アヤコは心底嫌そうに突っ伏した顔を上げる。
「…………何よ」
モッソンは一瞥をくれただけで手を2回打ち鳴らした。
するとメイド達がアヤコの部屋へ入ってくる。
「な……何なの…」
アヤコが思いもしない展開に眉を顰めるが、そんな事に忖度を見せる事無く、使用人達は寝そべったアヤコを強引にソファから引きはがした。
「何すんのよ…頭が痛いって言ってんでしょ! 放して、放せってばッ!!」
ジロリと睨み付けてくるモッソンに、アヤコは得体の知れない恐れを感じ、顔を引き攣らせる。
だがそれだけで済まず、モッソンはアヤコの髪を引っ掴んで、無理やり自分の方へ顔を向けさせた。
「旦那様の御役に立つのです」
態度と口調が噛み合っておらず、アヤコは思わず恐怖に息を飲む。
以前からのそりと影のように付き従うモッソンに、言いようのない恐怖を感じていたアヤコは、抵抗も忘れて、ただ小さく震えるしかなかった。
「ッヒ……」
「それが出来ぬのであれば、お前など、当家に、旦那様には必要ございません」
「ッア……な……」
言い返そうとしたが、モッソンの読めない表情に気圧され、出かかった言葉を飲み込む。
「………………ッわ……わかってるってば……わかってるわよ!
だけど、本当に頭が痛いの!」
「お前の務めは、這ってでも旦那様の役に立つ事だけです。
まだ無駄口をたたくようであれば、躾直さねばなりません」
底なし沼の様な、どろりと澱んだその目に、アヤコは震え上がる。
「役に立つのならと、これまでは見過ごしてきましたが、それに異を唱えるのであれば、わたしめも少々考え直さねばなりません」
「ちゃんとする…た、ただ……痛いのはほんとなの……。
せめて薬…痛み止めか何かが欲しい……」
涙ながらに訴えれば、モッソンはふんと鼻を鳴らしてアヤコの髪から手を離した。
「最初から大人しく旦那様の役に立てば痛い思いもしなくて済むのです。
これからは、しっかりと心も考えも入れ替える様に。
いいですね? 『お嬢様』?」
逆らってはいけないと、アヤコは本能的に感じて何度も頷く。
養父であるガロメンにとって、間違いなく忠臣なのだろうが、底知れぬ狂気を感じてしまい、アヤコは痛む頭に顔を顰めながらメイド達に従った。
その様子に、モッソンは頷いた後メイド達に支度の準備を命じ、部屋から出て行った。
メイドの促しに従い、椅子に腰を下ろしながら、アヤコは少しも軽減しない頭痛と、さっきまでの自分の醜態に顔を顰める。
不気味な男の豹変に驚き、恐怖を感じてしまったが、考えれば自分の方こそ彼等に力を貸してやっているのだ。
前世、ただの女子高生でしかなかったのだから仕方ないが、これからは思い知らせてやると、アヤコは仄暗い決意を固める。
――そう…そうよ
――アンタ達の方があたしの役に立たなきゃいけないの
――養父のオッサンは仕方ないけど、あんなしょぼくれた爺に、あたしがしてやられるなんて、そんなの許せない
――ヴェルメ……
―― ……ヴェルメ!? 聞いてんの!?
――あたしの頭痛をどうにかして! あの様子じゃクスリなんて貰えそうにないんだから、早くして!!
――――― ……………
――アンタだってあたしが居なきゃ困るでしょ!?
――さっさと治しなさい!
―――――デキルダケ ナガク、ト、オモッタノダガナ……イイダロウ
――何? どう言う意味よ?
―――――ナンデモナイ
アヤコの頭痛が和らいだ気がした。
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