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「エリューシア様、頭をお上げ下さい」
エリューシアは頭を下げたままの姿勢で、拒否するように首を横に振る。
「お願いします。
彼が…ジールが、今まだこの世界に踏みとどまれているのは、ネルファが調整と言うのをしてくれているからなのでしょう?
お願い…します……その手を離さないで……調整を止めないで……見放さないで……」
ネルファの施していると言う調整を、何としても継続して貰わなければと、エリューシアは必死に頼み込む。
それにしか縋れないとばかりの必死さだ。
そんなエリューシアに、イルミナシウスが人型から小さなドラゴンへと変貌しながら、呆れ含みの声を出す。
「早合点するでない。
全く……その気もない癖に、ネルファが『見捨てる』等と言うから、ほれ……エルルが泣いてしもうたではないか」
「す…すみませんっ!!
決してそのような事はしませんので、どうか御安心を!」
エリューシアは小さく感謝を述べるが、顔を上げる事は出来ないでいた。
自分の顔が今どういう状況か理解しているので、そのまま俯いているのだが、イルミナシウスもネルファも、その事には言及しないでくれるのがありがたい。
「で…全部教えろ……だったか?
ふむ。
そうじゃの……ではまず我が話そう。
その後はネルファ、それで良いか?」
「はい」
イルミナシウスはスモールサイズとは言え、酷く凶悪な爪の先に魔力球を作り、それをネルファへ渡しながら続ける。
「当初は、さっきネルファが言うておった通り、微かな揺らぎに気付いただけであった。
我は微細な魔力操作なんぞには向いておらぬのでな、ネルファの方が適任だろうと任せたのじゃが、一向に揺らぎが収まらんのじゃ…。
それで今後についてじゃが、エルルよ…其方に調整をと思うておるのじゃが、どうだ?」
「………はい……」
そう返事するしかない。
色々端折られて、いきなり結論に至ってしまったが、選択肢は了承一択だ。
おずおずと頷くと、今度はネルファが睥睨している。
ネルファの方はまだ人型のままなので、表情の変化がわかり易いのだ。
「過程をすっとばして、いきなり結論とか……乱暴すぎるにも程があるでしょう……」
やれやれと、未だ人の形のままのネルファが肩を竦める。
「まぁ言い繕った所で、結果が変わる訳ではございませんが……何にせよ、エリューシア様の御手を御借り致したく思います。
エリューシア様の方が、更に繊細な操作が可能かと思いますので、どうかよろしくお願いします。
それでなのですが、クリス様のこれまでの事…私共も彼が知り得る限りの事と、状況から推察しているにすぎませんし、聞き漏らしもあるかもしれません。ですので今一度、情報共有をお願い出来ますでしょうか?
エリューシア様が気付いた事、見た事、これまでの経緯……何でも構いません。此方の情報もすべてお話ししますので、どうぞお願いいたします」
言われて、エリューシアも納得する。
確かに抜け等がないとは言えない。
実際、エリューシア自身、考えないといけない事も多く、これまでの情報整理の必要性を感じていた。
何を話し、何を聞いたか、酷く曖昧なのだ。
「ふむ……クリス様の心臓に黒い楔が視えたんですよね?
で、最終的には揺らいで消えた……だけど、光魔法が起因かどうかはわからない…ですか」
「えぇ…あの時、私も必死だったから、記憶はとても朧気なのだけど」
自信なさげに言うエリューシアに、イルミナシウスとネルファは頷きあう。
「となると揺らぎの原因は楔の残滓かもしれませんね」
「そうじゃの…。
紅影の魔女め……本当に碌な事をせぬ」
「ですが、やはり情報共有は正解でしたね。
単にクリス様の身体と精霊の相性と言う問題ではない可能性が見えてきましたし、再度精査してみましょう」
「うむ」
のっそりと大仰に頷いたイルミナシウスに、ネルファが半眼で虚ろな視線を送った。
「ぬ……な、なんじゃ?」
視線に気付き、何故か狼狽えるイルミナシウスに、ネルファが呆れたように首を振る。
「私が再び精査しても意味がないと思うのですが…。
少なくとも私はあんな微かな揺らぎに最初は気付きませんでしたし、紅影の魔女の残滓も見つけるに至っておりません。
イルミナス様が精査するのが宜しいかと思います」
「ぐ……ぃ、いや、しかしだな…」
イルミナシウスは何故か顔を引き攣らせているので、微妙に牙が覗く。
「さぁ、ちゃちゃっとやって下さい」
「ま、待て!!
我が精査等……ええい、無茶を言うでない!!」
「無茶でも何でも。
今この場で一番神力をお持ちなのはイルミナス様でございます。
さぁ、さっさと働いてください」
「ネルファ……貴様…。
ま、万が一クリスに傷でもつけたらどうするのだ!!??」
「そうならないよう、是非ともお願いいたします」
「ぐぬぬ……」
エリューシアはハラハラと、交互に不安な視線を送る。
「そ、そうじゃ!
エルル、其方が精査してみるのが良いだろう!!
なぁに、クリスとて、最愛の其方に身を委ねれば安心するであ「イルミナス様!!」………ぅ…」
ビシッと鋭くネルファが名を挟み呼ぶ。
本当に嫌なのだろう、鱗に覆われて、あまり表情が動かないと思えるドラゴンの顔なのに、情けなく眉尻を下げている様子が二重写しに見える。
「………だ、だが…。
我の力は本来人間に行使する物ではない!
………ヴェルメ等の様な、この世界に仇なす存在を誅する為のものなのだぞ!? 万が一!………………万、が一…クリスを引き裂いてしまったら……そんな事態ににでもなったら…どうなる…?
そ、そんな事になったら我は……」
何時もは尊大な言動と行動ばかりだが…とエリューシアの内に、形容しがたい感情が湧き上がってくる。
思えば人の姿に変容した時は、幼い子供の姿だった。
もしかすると、イルミナシウスは本当に子供なのかもしれない。
そんな彼が、自分の力に怯えている様子を見れば、普段もそんな恐れを必死に隠そうとしていた可能性に行き当たる。
そして、それは……そっとイヤイヤをするように首を振るドラゴンに、優しく触れて撫でるネルファの
様子からも、そんなに外れていないだろうと思えた。
「大丈夫。
その為に私が居ります。
エリューシア様も居られます。
何より、クリス様はそんなに弱い方ではない、そうでしょう?」
「……………」
ネルファは幼気な幼子をあやす様に、イルミナシウスの鱗を撫で続ける。
「第一、エリューシア様にはその後奮闘して貰わねばなりません。
精査に力を使って頂くのは得策ではないのです。それはイルミナス様もお分かりになるでしょう?」
「………ぅん…」
「そして一番の理由は、イルミナス様はずっと、本当にずっとイヴサリア様の代わりに、あの監獄で凶悪な魔物や魔女の作品達を、抑え込み監視して来れられました。
そんなイルミナス様だからこそ、隠れた残滓も暴けるのではないかと思うのです」
イルミナシウスが、頼りなげに潤んだ瞳をあげて、エリューシアを見つめる。
「エルル……我は……我は我の力が怖い……。
魔物や作品には躊躇なく揮えても、人には……人は小さく、壊れやすく……儚い。
だから本当は…嫌じゃ……。
エルルを……クリスを、傷つけて泣かせとうない……でも…。
………それでも……頑張る……頑張るから…」
ぽろりと赤紫玉の瞳から涙が零れ落ちた。
エリューシアは駆け寄って、イルミナシウスの鋭い爪に静かに触れる。
「勿論です。
いえ、此方こそがお願いします。
どうかジールの精査をお願いします。
私も……私も頑張りますから」
イルミナシウスが泣き笑いに微笑んだ……ように見えた。
「うん」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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