64
夜会へのお誘いと言えば聞こえは良いが、実の所、参加要請…飾らずに言う事を許して貰えるなら、強制参加通達に他ならない。
そうは言っても、何も今日明日と言う訳ではなく、時間の猶予はまだあるので、ドレスの準備等は間に合うだろう。
時期的にも、その夜会がエリューシアとクリストファの婚約披露も兼ねた、お披露目の場になりそうだ。
婚約成立の報は既に行っていて、中央の各位は知る人ぞ知るではあるが、国民への周知が進んでいるかはまだ確認していない。
尤も、高位貴族の婚約の報程度で聖女騒ぎを払拭出来そうにないのは、広場の様子からも察せられる。
もし、聖女騒動をどうにか出来るとすれば、精霊の銀と金を宿している事を広く知らしめた時になるだろう。
当然の事だが、その夜会までにも、可能な限り抗っていく予定ではある。
そんな話も一旦区切りがついて、其々就寝準備に部屋へ戻って行く。
領邸であれば、エリューシアとクリストファ、そしてイルミナシウスとネルファが連れ立って離棟に向かう所だが、王都の邸にあった離れは、離棟ほどの規模がなく、エリューシアとクリストファの部屋は、本棟に準備されていた。
離れへ向かうイルミナシウスとネルファを見送ろうと、エリューシアは足を止める。
「それじゃまた明日ね」
「うむ」
「はい、おやすみなさいませ」
エリューシアの言葉にイルミナシウスとネルファも挨拶を返すが、隣に連れ立っているクリストファが黙ったままだ。
「ジール?」
気になって顔を向ければ、月明かりのせいだろうか…少しばかり顔色が青白く見える。
「大丈夫?」
エリューシアの声音に心配と不安が入り混じる。
「ぇ…ぁ……あぁ、大丈夫……」
そう言うクリストファだが、伏し目がちの視線はエリューシアと交錯する事はなく、憂いを秘めた表情で、気怠げに前髪を掻き上げた。
「エル…先に戻ってて……僕は…」
言葉尻が掠れて消える。
そしてそのままクリストファの身体が、ぐらりと傾いた。
慌ててネルファが抱き止めるが、クリストファは既に意識がないらしく、ぐったりとして瞼を閉じている。
「ジール!!」
血相を変えるエリューシアに、ネルファが首を横に振った。
「大丈夫です。
息はあります……まだ、大丈夫です」
ネルファの言葉に、エリューシアは息を飲む。
「……はぁ、ネルファ…。
我に言葉を選べと口煩いのは其方ではないか…。
全く……そのような言葉では、エルルの不安を煽るばかりであろうが…」
「……ッ…そ、その…申し訳ございません!!」
ゆるゆると首を振るイルミナシウスに呆れたように言われて、ネルファが慌てて頭を下げた。
「……どう言う事…?」
ただでさえ吊り上がった大きな目を更に吊り上げて、エリューシアが詰め寄る。
「今日と言う今日は説明して。
何を隠しているの?
ジールに何があると言うの!?」
感情を抑えた様に淡々と話すエリューシアは、底冷えがする程に恐ろしい。
仮にも神の眷属たるネルファが気圧される程だ。
イルミナシウスにしても、気圧されてはいないが、少なくとも逆鱗には触れたくないと降参している。
しかし、意識のないクリストファをこのままにはしておけず、一旦其処から近い離れの方に移動となった。
こじんまりとした離れは部屋数も多くはない。
そのうち一番日当たりが良さそうな部屋に、何故かベッドが1つ運び込まれていた。
人型を維持し続けるのが大変なイルミナシウスとネルファが使用するとも思えないし、それ以前に1つしかないのもおかしな話である。
となれば、そのベッドは今進行している事態に備えて……と考えた方が辻褄が合うだろう。
そのたった1つのベッドに近づいて、ネルファが抱きかかえたクリストファを寝かせた。
ここ暫く忙しく動き回っていた為、仕方なかったと言うのは簡単だ。
しかしエリューシアはそんな自分が許せない。
自身にとって、最早掛け替えのない存在と言うだけでは足りない……たった一人、自身の命にも等しいクリストファの状態に気付けていなかったのだとしたら、エリューシアは、自分で自分を殺しても飽き足りないだろう。
エリューシアは、ネルファに勧められた椅子に腰を下ろす。
重苦しい沈黙に誰もが口を開けないでいるが、何時までもそうしてる訳にはいかない。
「………教えて。
お願い…」
絞り出された言葉は酷く掠れていた。
それにゆっくりと長く息を吐き、反応したのはイルミナシウスだ。
「以前心配するなと言ったのは、我であったのにな……すまぬ」
「あ、謝って欲しいのではありません……もう、隠されるのは……嫌…嫌です」
ネルファが深く頭を下げた。
「申し訳ございません。
クリス様の願いで、貴方様に今まで黙っていた事をお詫びいたします…」
ゆっくりと下げた頭を上げて、ネルファは深く息を吸い込んだ。
「最初に気付かれたのはイルミナス様でした。
クリス様の身体の中に揺らぎが見えると……。
いえ、最初は本当に微かで、調整でどうにか出来そうに思えたのです。
しかし、その揺らぎはその後も収まる事はなく……決して看過出来るものではなくなっていったのです。
いえ、単に精霊を身に受け入れた人間…ただそれだけであったなら、揺らいでその命が消え去ろうと見捨てていたでしょう。しかし彼はイヴサリア様の愛し子であるエリューシア様の大切な御方。
クリス様に何かあれば、エリューシア様へ計り知れない影響を及ぼす事は容易く想像出来ました……」
だから何だと、さっさと結論を言えと……声を張り上げたくなるのを、エリューシアは必死に抑え込む。
「その為、私がクリス様の傍近くで調整をすることになったのですが……」
苦しげな表情で言葉を濁すネルファに、苛立ちが募る。
「はっきり言って
結局どう言う状況なの?
私に出来る事はあるの?
ジールは……ジールは…………助かるの…?」
「危険な状態です。
元々クリス様はごく普通の人間。
普通の人間は、精霊を身の内に受け入れるには、器としてあまりに小さく、到底耐えきれるものではないのです。
それでも何とかクリス様が受け入れられたのは、普通の人間としては異常とも言える程魔力が多かった事、魔法適性が非常に高かった事……そして一度人として死亡していた事……何よりエリューシア様がいらっしゃった事……。
それらすべてが重なった事で、何とか繋ぎ止められていたのです。
ですが、やはり精霊とは本来相容れない存在……ここに来て綻びが生じ、クリス様の身体から精霊の力が抜け落ちかけていたのです」
あぁと嘆く様に呟いて、エリューシアは顔を手で覆った。
クリストファは1度死んでいた……どこかでそれはわかっていた気がする。
本人に聞いたところでわかるはずもない事だから、これまで聞いた事はなかったが……。
「イル様…ネルファ……。
教えて…。
全部、何もかも。
これまでの事も、これからの事も。
……お願い…します」
エリューシアは頬を滑り落ちる雫を払い、深く頭を下げた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
こちらももし宜しければブックマーク、評価、リアクションや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
(ブックマーク、評価、リアクションもありがとうございます! ふおおおって叫んで喜んでおります)
もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>