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広場が見渡せる位置まで来た。
多くの人々が集まっている。彼等は雰囲気から察するに、自分の意思で此処に来た訳ではないようだ。
どことなく怯えた様な、それでいて何もかも諦めた様な表情ばかりが目に付く。
纏う衣服は簡素で見窄らしいので、もしかすると貧民の方が、この場には多いのかもしれない。
途端にチャズンナートは、心底嫌そうに顔を歪めた。
ミンギスや護衛が周囲を取り囲んでいるので、集まった民衆達から、その表情は見えなかっただろう事だけが幸いである。
更に進むとヘズナイ子爵が、アヤコ達の方に笑顔を向けて頭を下げた。
「聖女様、お願いします」
こういう…多くの人々の前に立つという経験がなかったチャズンナートは、眉を顰めたまま、頼りなくアヤコの方を一瞥する。
アヤコの方は、これまでも見世物のように壇上に立った事もあったので、小さく深呼吸をしてから、チャズンナートに宥める様な苦笑を向けてから先に進んだ。
「お集まりいただき、ありがとうございます」
人々の表情は晴れないままで、空気を重くしている彼等の不安や恐れ等をアヤコは肌で感じる。
だが、その空気に呑まれる事が、この場での仕事ではない。
リムジールからは『癒してくるように』と、それだけだったが、その裏には癒しを切っ掛けにして、チャズンナートの…延いてはリムジールの人気集めをして来いと言う事だ。
流石にその程度なら、アヤコでもわかる。
だから失敗は出来ない。
何れ転がり込んでくるだろう王妃と言う地位を、確かなものにする為にも、それは絶対だ。
「聞きました…。
皆さんがどれほど不安を抱えているか。
支えであった精霊の証の不在……それがどんなに皆さんの心に暗い影を落としているかを。
精霊の証の不在は不浄な気を集め、それは皆さんにも影響を与えています」
そこで一旦言葉を切り、聴衆の様子を窺うと、更に不安を煽る事に成功出来ているようだった。
ただでさえ不安に揺れていた表情が、今まで以上に暗く沈みこんでいる。
「辛かったでしょう……。
苦しかったでしょう……。
その結果、心や体に不調が出ている方も多い事でしょう。
あたしに、皆さんを癒す事を許して頂けますか?」
『何を言ってるんだ?』と言いたげに、聴衆達がざわりと揺れた。
「ご自身の心と体の不調から目を逸らさないで。
大丈夫。
あたしを受け入れてくれれば、皆さんの心と体は必ず癒されます!」
こんな拙い演説に影響力等皆無だろうが、アヤコが日本で読んでいた漫画でそう言う場面があったのだ。
折角ヒロインに相応しい場面なのだから、やらない手はないという、何ともお粗末な理由だが、アヤコらしいとも言える。
祈る様に手を組み、真摯を装って目を伏せると同時に、ヴェルメの力を解放、行使した。
組んだ両手から、淡い光が放たれ、その淡い光がゆっくりと凝集していく。そして、それは色とりどりの花弁へと変貌を遂げ、ひらひらと舞い落ちてくる。
その瞬間、民衆の空気が一変した。
ほぅと恍惚とした吐息がそこかしこで洩れる。
アヤコが力を行使する場面等、これまで見た事がなかったチャズンナートも、目を丸くして降り注いでくる鮮やかな花弁を見つめた。
丁度目の前に落ちてきた花弁を、無意識に掌で受け止める。
音もなく雪のように溶け消えるソレに、チャズンナートも感嘆の溜息を零した。
伏せていた顔を上げ、アヤコは広場を見回す。
相変わらず酷い臭いだし、離れた場所に炊き出しの為の鍋等が置かれた机も見えるというのに、ゴミが散らばって不衛生極まりない。何より人々の見窄らしさに辟易するが、その反応には満足できた。
――そうよ
――あたしは聖女
――こんな糞みたいな世界に降り立った、可憐な乙女なんだから
――皆あたしを褒め称えるのよ
――なんたってあたしはヒロインなんだから!
暗い色を滲ませる歪んだ微笑みを浮かべるアヤコだったが、誰もその醜悪さには気づいていない。
――それにしてもヴェルメ…
――アンタ、随分と強力になってるんじゃない?
――こんな大人数に一度に術を使うなんて
―――――モンダイ、ナイ
――そ?
――だったらいいんだけど
――ま~あんなゴミみたいな村人達でも、あれだけ喰らえばって奴よね
――けどさぁ、あたしにも影響するみたいだから、程々にしてよ?
――後で寝込んだりする羽目になるなんて、絶対嫌だからね?
―――――………………
反応しない事に引っかかりは覚えたが、それもすぐに消え失せた。
――フフ
――あ~気持ちいい…あたしが主役! そう、あたしが一番なのよ!
数日前に聖女が訪れたと言う場所から、そのまま馬車で借り上げ邸まで送って貰うと、ギリアンとコンスタンスは去って行った。
出迎えの中にアッシュの姿を見つけて、エリューシアは近づく。
やはりと言うか、王都に新たに購入した邸への移動が完了したとの事だ。
事態の進みの早さに、急いで引っ越しとなった為、邸全体の準備は完了出来ていないらしいが、最低限支障がなければ問題ない。
エリューシアはその場でアイシア達に別れを告げ、一旦引っ越した邸へ向かう事にした。
詳しい場所も聞いていなかったので、これからの事を考えると、先に邸と周辺の様子を見ておきたいと考えたからなのだが、ネイサンも同行を希望してきた。
折角主人が同じ王都に居るなら、これまでの報告他がしたいというので了承する。
貴族の、しかも令嬢の馬車に使用人が同乗すると言うのは、あまり良くない事と言われるそうだが、元々公爵一家の誰も気にしなかったし、丁度、家紋も装飾もついていない馬車であったので、同乗して新しい邸へ向けて出発した。
暫くはエリューシアが目を伏せていた事もあり、沈黙が続いて居たのだが、アッシュが『ぁ』と小さく声を上げたので、エリューシアは伏せていた顔を上げる。
「どうしたの?」
「ぁ、申し訳ございません」
「気にしなくて良いわ。
それよりどうしたの?」
アッシュの様子が気になったエリューシアが、重ねて問うと、アッシュは眉尻を下げた。
『マジカルナイト・ミラクルドリーム』と言うゲーム内では、冷徹な暗殺者として登場した彼だが、敵になると面倒だと危惧したエリューシアによって、その運命は大きく変えられている。
最愛の弟ピオット……現在はジョイと名乗っているが、彼が死亡する未来を避ける事にも成功し、今はとても感情豊かだ。
「ぃぇ、その……すみません…。
シディルが居たものですから」
アッシュの言葉にネイサンも外へ視線を向ける。
エリューシアも変装しているので、そろりと伺うと、確かにシディルが大きな荷物を抱えていた。その後ろにはニーナまで居る。
「買いだし…かしら…」
「恐らく…。
移動も急な事でしたから」
「でも、流石にあの荷物は可哀想だわ。
アッシュ、シディルを迎えに行って」
エリューシアの言葉に、アッシュがポカンとする。
「迎え……ですか?」
『手伝え』なら即理解できただろうが、『迎え』と言われてピンとこないらしい。
「えぇ、馬車で一緒にいきましょう。
あの荷物では戻るのにも時間が掛かってしまうでしょうし、何よりニーナの身体が心配になるわ」
エリューシアの母親であるセシリアより少し上と言う年齢であるニーナなのだが、苦労が多かったのか、年相応と言うには少々老けている。
「お嬢様………。
ありがとうございます。直ぐ行ってまいります」
貴族の…しかも公爵家の令嬢が、使用人の体調を心配する等、ありえない光景だろう。
エリューシアの今後を思えば、控えるよう進言すべきなのだが、ネイサンも苦笑に留めている。
だが、そのネイサンの表情が一変した。
「……っ」
「ネイサン?」
向けた視線の先で、ネイサンが眉間に皺を寄せていた。
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