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――――2日前
『聖女』として貧民街にある広場を訪れたが、今はまだ馬車の中だ。
向かい側にはチャズンナートが座っている。
「折角可愛く着飾っても、お披露目が平民貧民相手とか、ついてないな~…」
アヤコは薄紅色のドレスを彩るレースを弄びながら、ぶつぶつと文句を言った。
正直言うと、仮にも神職が着て良いドレスとは言い難い。
ボンキュッボンなアヤコの胸の谷間まで見えそうなデザインで、清楚さは欠片も見えない。
一応細やかな抵抗として、ベホリアのようにベールを髪に刺しつけているが、そもそもそのような使い方をする品ではない。
「仕方ないだろ?
父様には逆らえないんだし…」
「何が『下々の者等を癒してくるがよい』よ~~…。
えっらそーーーにさぁ」
「そう言うなって。
それに父様が偉いのは本当なんだから、仕方ないだろ?」
どうやらリムジールに何か命じられたらしく、アヤコは口調を真似つつ憤りを露わにしている。
「だって……汚いし臭いし……それにどいつもこいつも今にも死にそうな顔してるしさぁ……癒す意味あるの?」
「概ね同意する…俺だって嫌だし…。
でもそいつらの支持が必要なんだとさ。
こんな事しなくても、俺は次期王だって言うのに……」
チャズンナートも、馬車の窓からちらりと外に視線を動かし、忌々し気に吐き捨てる。
そうこうしていると、馬車の外からコンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「……時間みたい。
ま、文句言っても始まんないし、行くしかないか……」
「はぁ……そうだな」
ノックに返事をすると、徐にドアが開かれた。
外に控えていたのは幼い少年。
あのサーペント襲撃時に重傷を負い、アヤコによって癒された少年で、名をミンギス・ヘズナイと言う。
「お待たせしました」
幼いながらも恭しく一礼し、精一杯大人ぶる彼の顔には、何処となく恍惚とした表情が見え隠れしている。
「うむ」
「ミンギス君だっけ、ありがとう。
場所の手配とか、大変だったんじゃない?」
憮然と返事をするチャズンナートには一瞥もくれず、にこやかに話すアヤコにだけミンギスは返事をした。
「滅相もありません。
聖女様から頼まれれば、僕は何だって……」
頬を染める少年に、チャズンナートはわざとらしい咳払いをして遠ざけてから、アヤコの手を取る。
「(ガキに色目使ってんじゃねーよ)」
アヤコの耳元で囁くと、チャズンナートはニヤリと笑ったまま馬車の外へとエスコートした。
言い返す間もなく手を引かれたので、アヤコはせめてもの意趣返しにと口をへの字に曲げる。
ご機嫌斜めなアヤコを連れて、ミンギスの案内で広場の脇へ進むと、ちょっとした天幕が見えてきた。
アヤコとチャズンナートの為に設置されたのだろう。
その天幕の前で、下級役人といった風体の男性が頭を下げて待っていた。
声が掛かるのを待っているのか、身じろぎもしないままの男性に、チャズンナートが話しかける。
「ご苦労」
「公子様、聖女様、お二方の深い慈悲に感謝いたします」
顔を上げた男性はヘズナイ子爵。ミンギスの父親だ。
王城の城下保全室に勤める下級役人の一人だが、つい先日までは窓口業務に携わるだけの下っ端もいい所だったのに、突然昇格となり現地指揮も取れるようになってしまった。
真面目だけが取り柄の万年ペーペーだった彼は家族愛が深く、息子であるミンギスを救ってくれた聖女に対し、並々ならぬ感謝を捧げている。
そんなヘズナイ子爵の下に先日、聖女が癒しを行える場所を探していると言う話が、文官人事を行っているソマエタ伯爵経由で持ち込まれた。
当然彼はすぐ動き、今日、会場設営を整えて、どうしても手伝いたいと言う息子共々、聖女の到着を待っていたのだ。
ちなみにソマエタ伯爵というのは、ミンギス同様、学院でサーペントの被害にあい、アヤコの癒しを受けた女生徒の父親である。
グラストン公子も同行すると聞いて、それはもう万全の態勢を整えた。護衛確保は勿論の事、民の誘導、聖女到着後は会場及び付近への出入りの制限等々…。
そのおかげか、広場は貧民街の中にあると言っても、最低限の体裁は整っていたし、人々も不安そうな表情をしているが、静かに待っていた。
ヘズナイ子爵はアヤコとチャズンナートを天幕の中へと案内し、自分は民衆に知らせてくると言いおいて出て行った。
ミンギスも其れに倣い、天幕からは出ていったので、現在天幕の中にはアヤコとチャズンナートしかいない。
「……はぁ…」
重い溜息を吐くアヤコに、隣に座ったチャズンナートは嫌な笑いを浮かべる。
「なんだ?
まさか緊張してるとかか?」
「んな訳ないでしょー?」
「じゃあなんだよ。
疲れ切った溜息なんて……まだ移動してきただけだぞ?」
呆れた様子を隠しもしないチャズンナートに、アヤコは再び大きく嘆息する。
「緊張じゃないわよ。
……………なんかさぁ、最近癒しを使うと疲れんのよねぇ。
別に倒れるとか寝込むとかじゃないんだけど、なんにもやる気がおこらなくなるって言うか……」
想定外だったらしく。チャズンナートも表情を切り替えた。
「なんだそれ。
まぁ、あれじゃないか?
癒しって結構魔力つかうんだろ?
最近は貴族達の癒しも請け負ってるんだろ? 頻繁に癒してるからじゃないのか?」
チャズンナートの言う通り、リムジールやガロメンの依頼で、最近はポツポツと貴族達の癒しを行っている。
まだ数名だけだし王派閥内の者達に限定しているが、確実にその貴族達は聖女アヤコに傾倒し、延いてはリムジールの名声を押し上げて始めていた。
そして王派閥内の足場がある程度固まったら、次は中立派を狙っていくのだろう。
中立派を王派閥……いや、リムジール陣営に取り込み、ゆくゆくは暫定中央陣営も切り崩せればと言った目論見もあるのだが、そんな事はアヤコもチャズンナートも、深くは知らされていない。
「だったら尚更もう帰りたい……。
貴族の癒しだけでも疲れるのに、平民や貧民までなんて……
この前の学校の後なんて、ご飯も食べずに寝ちゃったくらいだし……まぁ、寝たらすっきりしたからいいんだけどさ。
あぁでも……今日、この後、また疲れてすぐ寝ちゃうんだろうな。
うきぃぃぃ~~~チャズとどっか遊びに行きたいのに!」
アヤコの嘆きもわかるが、チャズンナートにとっては父親であるリムジールは唯一頭の上がらない存在である以上、下手に慰める事も出来ない。
「そう熱り立つなって。
ん~そうだな、じゃあ明日はどっか出かけようぜ」
「え…イイの!?
行く行く!!
じゃあさっさと終わらせよう♪」
アヤコがニッと笑うと、丁度天幕の外から声が掛かった。
「聖女様、どうぞお出ましください」
ミンギスの声だ。
彼はどうやら天幕の外に控えていたらしい。
アヤコはバツの悪そうな顔をする。もしかしたらさっきの会話を聞かれていたかもしれないと考えたからだ。
「えっと…ミンギス君……さっきの話は……その…」
「聖女様?」
不思議そうな表情をするミンギスに、アヤコは聞かれてなかったかと、ホッと胸を撫で下ろした。
アヤコに背を向け、案内の為に先を行くミンギスは微かに笑う。
恍惚として、ニィッと口角だけを上げたその表情は、歪んだ何かを内包しているようにも見えた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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