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ホーニク総長のお喋りが一段落するのを待って、エリューシアはさっくり異物を破壊した。
案の定と言うか、欠片一つ残さず消え失せる。
黒のナイフは何かの骨が残ったが、何の手掛かりになる事もなく、最終的には砂粒となってしまった。だからあれよりも小さい種が何かを残すとは思っていなかったが、陽の光の溶ける靄のように跡形もなく消失した事には『やはり』と言う感想しか残らなかった。
消えた異物に未練たらたらのゼダンと、飄々と笑っているホーニクに見送られ、エリューシア達は塔の外へ無事に出る。
エリューシアはそこでギリアン、コンスタンスの2人とは別れ、オルガと2人、転移で戻ろうとしたのだが、それをコンスタンスに引き留められた。
「エリューシア様、馬車で学院までお送りさせてくださいな」
「ぃぇ、このままその辺から転移で戻るので、お気遣いは不要です」
「そうおっしゃらずに、是非♪」
何時もと違いが大きいのか、ギリアンだけでなくオルガも首を捻っている。
「おい、コンスタンス……。
こんな我儘言う奴じゃないんだがな……何か変なもんでも食ったか?
まぁ、念願のエルル嬢との初対面で、しかも拒否されなかったんだから、舞い上がってるのかもしれないが……」
「ふふ、えぇ、御名を呼ばせて頂くお許しも貰えましたし、私、とーーっても上機嫌なんですの。
ですが、それ以上にちょっと……今は追及せず、どうか馬車に乗って頂けませんか?」
言葉の意味がよくわからず、コンスタンス以外は全員そろって眉根を寄せるばかりである。
強硬に固辞する理由もない為、エリューシアとオルガはコンスタンスの提案に従ってついて行く。馬車止めには何時の間に手配したのか、家紋など目立つ装飾がない、地味な、だけど妙に頑丈そうな馬車が止まっていた。
皆が乗り込んだのを確認すると、コンスタンスは御者に何か囁きかける。
少しして馬車が動き出した。
エリューシアはそこまで疲れている訳ではなかったが、相変わらず馬車はあまり得意ではないので、そっと目を閉じてやり過ごそうとする。
頑丈且つ地味な見た目の馬車だったので、てっきり輸送力重視で振動も酷いだろうと想像していたのに、それほど酷くなく、下手をすると公爵家の馬車より快適かもしれない。
不思議に思って薄く目を開けると、コンスタンスがじっと見つめてきている事に気がついた。
眠っていた訳ではないが、寝顔にも等しい顔を見られたのかと思うと、少々居心地が悪い。だがコンスタンスは気にした風でもなく、唐突に問いかけてきた。
「聞こえますか?」
「……ぇ…?」
「声…ですね。そろそろ見る事も可能なくらいには近付けると思います」
コンスタンスに言われて、エリューシアだけでなく、オルガやギリアンも外の様子に意識を向ける。
最初よりかなり速度を落としているのか、車輪の音は穏やかで、この程度なら確かに外の音を拾う事も可能だろうと耳を澄ませた。
「(聖女様また来てくれないかねぇ)」
エリューシアは弾かれたように窓からそっと外を窺う。
あまり広くはない道を歩く人の姿が見える。
そう多くはないが、草臥れて見える彼等は一様に足取りは重そうなのに、聖女の話を嬉しそうにしている。
そのまま進んで行くと公園や町の広場と呼ぶには、あまりにもがらんとした場所が見えてきた。其処には多くの人々が集まっていて、口々に『聖女』を讃える彼等の声がはっきりと聞こえてくる。
その表情は明るく和やかだ。
中には『聖女様』と祈るように呟き続ける、傍目にはちょっとヤバそうなのも居たが、問題はそこではない。
ゾワリと不快感を煽る気配が、エリューシアには微かとは言え感じられて、思わず身を固くする。
「なんだ…炊き出しでもしてるのか?」
ギリアンが不思議そうに外を眺めて呟いた。
その様子に、エリューシアは双眸を鋭く眇める。どうやらギリアンは不快な気配を感じていないらしい。
「それにしては役人達の姿が見えませんね」
オルガも感じていないのか、不思議そうに首を捻っているが、コンスタンスだけはエリューシアに小さく頷いた。
「私もタオゼント君が…蟲達が教えてくれなければわかりませんでした。まぁ、教えられた今でも、違和感程度しかわからないんですけど……。
ですが、やはりエリューシア様には、奇妙な波動が感じられるのですね」
エリューシアはキュッと眉根を寄せる。
「あの異物の気配と同じ…」
エリューシアの言葉に、コンスタンスがふぅと息を吐きだした。
それを見て、エリューシアはどう言う事かと、コンスタンスに問いかける。
「タオゼント君が……えっと、サーペントの異物を見つけ出してくれた子なんですけど、その子がエリューシア様に見て貰った方が良いと言って聞かなくて…」
コンスタンスの言う『タオゼント君』とか言う蟲が有能なのはわかった。
出来れば対面はしたくないが……。
しかし、これはどうしたものだろう…。
ジョイからの救援で向かった小屋や、救出したツヴェナ神官達からも微かに感じた気配……それよりはかなり薄い気配だが、間違いなく先程破壊した異物とも同質の気配が漂っている。
ツヴェナ神官達生存者への聞き取り調査は、エリューシアが借り上げ邸に転移した時点ではまだ途中で、全部を聞けたわけではなかった。
しかし、村人達があんな状態になるまでには、かなり期間があったと言うのは聞いている。
となると広場に集まった人々にはまだ時間が残されていると思っても良いのだろうか……。
不快な気配はまだかなり薄いし、何よりジョイから聞いたような呆けた人の姿はない。
エリューシアが足元を睨み付けるようにして考え込んでいる間も、集った人々の声は聞こえてくる。
中にははっきりとした会話もあった。
「(それにしたって聖女様ってのは凄いねぇ)」
「(あぁ、俺達の救世主だな)」
「(それはそうだけど、パン屋の親父はのめり込みすぎじゃないか? 仕事ほっぽってここに日参してるじゃないか)」
「(けどよぉ、俺はおやっさんがあぁなるのはわかるぜ)」
「(あ~、病気の息子を助けて貰ったんだって?)」
「(そうそう。2日前の炊き出しン時に聖女様がここに来てくれただろう? そんときにパン屋のおやっさんが泣きながら縋りついたんだとよ。
そしたらすぐ癒してくれたってさ。すげぇよな!
それに引き換え貴族共は……俺らが困ってたって、あいつ等は何にもしちゃくれねぇ)」
{(あたいらの生活がどんなに苦しくったって、あいつらは贅沢し続けてるんだから、やってられないよねぇ)」
「(そうそう。それにこう言っちゃなんだが、王家から精霊の黄金が消え失せちまったのは必然なんじゃないか?)」
「(でも、もう俺等には聖女様がいるじゃぁないか)」
王都に暮らす人々の気持ちは、かなり聖女に傾いてしまっているようだ。
「(おいおい、そう言うなって)」
「(そうだよぉ。王弟殿下が聖女様の後ろ盾になってくださらなかったら、こんな所まで聖女様が来てくれなかったかもしれないんだし)」
「(そっか…そういやそうだな。
じゃあ王弟殿下万歳だな)」
「(調子よすぎだよ。でも王弟殿下ってったって、『元』だろ?)」
「(俺等を助けてくれんなら、どっちだっていいよ)」
「(ちげぇねぇ)」
リムジール達に先手を取られたと考えて良いだろう。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>