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ゼダンが魔具を停止させた途端、丸い異物がゼダンめがけて飛び跳ねた。
微かな気配を既に察知していたエリューシアは、すぐさまゼダンの前に障壁を作り出し、異物から距離をとらせる。
「「「「!!」」」」
咄嗟にオルガ達も臨戦態勢になる。
だが、異物の方も大人しくするつもりはないようで、ゼダンが無理ならと手近なギリアンに次の狙いを定めたらしい。
異様な気を纏い、再び飛び跳ねようとするが、その前にエリューシアが微かに口角を上げた。
それを同時に異物が目に見えない何かに絡めとられたかのように、中空でピタリと制止する。ただ、見えない何かを引き千切ろうとしているのか、小さく身を震わせている。
オルガ達が態勢を取り終える前に、全ては終わっていた。
緊張が走る中、エリューシアだけは平常運転で、にこやかに振り返る。
「どうなさいます?
このまま排除して構いませんか?」
『排除』と言う単語にゼダンが反応する。
顔色悪く、障壁にぶち当たって尻もちをついたままと言う情けない恰好だが、研究者あるあるで、咄嗟に引き留めていた。
「ま、待ってくれ!
排除は…待ってくれ…」
「ですが、これ、調べてもわかる事等ありませんよ?
それ以前に存在する事を許せば、その危険度は計り知れません。
まぁ排除と言うか破壊になるでしょうが、そうなると跡形も残らないかと……」
「え……?」
エリューシアはどうしたものかと考える。
ヴェルメと言う存在を明らかにした方が良いとは思うが、果たして信じてもえらえるのだろうか……?
正直、この場にいる者で、エリューシア以外には荒唐無稽な話すぎて、一笑に付されても仕方ないと思える。
百歩譲ってオルガは信じてくれるかもしれないが、他は難しいかもしれない。
何しろ神の眷属が出張ってくるような話なのだ。
そして黒のナイフがそうだったように、後に残ったものを調べても何もわからないだろうし、最後は塵となって消え去るだろう。
暫く考えて、やはり話しておこうと決める。
信じて貰えずとも、誤魔化す方が悪手に思えたのだ。
エリューシアは話しても問題ない限りの、全てを話し出した。
まぁ、色々と割愛させて貰うが、恐らく危機感は持って貰えるだろうから、それで十分だ。
監獄から逃れたヴェルメの事を淡々と説明すれば、全員の表情が重く沈んでいく。
「つまり……これは人間の手に負えるモノじゃないって事…か…」
ぼそりと、だけど納得した様にギリアンが呟く。
しかしゼダンはまだ躊躇いがあるようだ。
「だけど……動いたし、生きてるって事だろ?
だったら調べた方が後々の為になるんじゃ……」
「今は私が抑え込んでいますが、私が此処を離れればどうするのです?」
エリューシアは塔の職員ではない。
協力を求める事は可能だが、どのみち24時間不眠不休で拘束など不可能だ。
「一度動いた以上、其れはもう大人しく等しませんよ?
必ず誰かに入り込もうとします。
それを阻止出来ますか?」
ゼダンはグッと詰まって黙り込む。
少ししてからゆっくりと首を一振りし、肩を落として絞り出すように呟いた。
「俺の……俺だけの判断じゃ無理だ…。
少しだけ待って欲しい…」
まぁそれは仕方ない。
組織と言うのはそう言うモノだと理解出来るので、エリューシアは頷く。
普段と変わらず淑女然としたエリューシアの様子に、つい忘れそうになるが、現在進行形で異物を抑え込んでいる為、彼女はこの場を動く事は出来ない。
一応ゼダンが此処の所属なので、居て貰った方が良いだろう。
そうなると消去法でお偉いさんに声を掛けに行くのは自分か…とギリアンがのそりと動き出す。
「俺が声掛けてくるわ。
その異物調査の主任ってホーニク総長だっけ?」
ギリアンの問いにゼダンが頷く。
ちなみに塔の総長と言うのは、最高代表の事で、カリアンティ・ゼムイストの父親である。
名をホーニク・ゼムイストと言うのだが、塔には『ゼムイスト』が他にも居る為、名の方で呼ばれている。
「あ~でも、探しに行くより此処で待ってた方が早いかもしれん…」
総長ともなれば、部屋で判を押したりしているのではないかと思うのだが、どうやら此処の最高責任者は大人しくしてる性質ではないらしい。下手に探し回ると入れ違いになったりして、結局何時まで経っても会えないと言う事態に陥る事が多々あるとの事だ。
噂をすれば影……『やぁやぁ、調子はどうだい?』とにこやかに扉を開けて、ホーニクが顔を覗かせる。
ホーニクは、本来魔具の部屋にいるはずのギリアンと、見慣れない少女達の姿に、困惑したように首を捻るが、エリューシアを見た途端、満面の笑顔で近づいてきた。
「おお!! 御噂は予々聞き及んでおります。
いやぁ、娘がお世話になっているようで……しかも貴方様にお仕えするのだと言って憚らず。
御迷惑にはなっておりませんか?
もし御迷惑でしたら、あの子にはどうぞ遠慮なくガツンと言ってやってください。そうしないとどうにも婉曲な表現では理解不能の様でして…本当に申し訳ないのですが、どうぞ宜しくお願いします。
それにしても、本当に見事な銀でいらっしゃいますな。
この国の歴史を漁っても、御髪が光を放つなど、全く記録がございません。いやぁ、精霊の寵愛も極まっておるのでしょう。
素晴らしい…実に素晴らしい事にございます」
何だろう…デジャヴを感じるのはエリューシアだけだろうか…。
流石親子と言うか何と言うか、ノリがカリアンティに通じる様な気がする。いや、それよりグレードアップしているかもしれない。
少なくともカリアンティは、ここまで一気に捲し立てるような事はしていなかった……はずである。
本当に、口を開く間もなかった。
ギリアンとゼダンは、特に驚いた風ではないので、これがホーニクの普通なのだろう。
初手は完全に出負けしてしまったが、ホーニクのペースに乗せられてばかりもいられない。
エリューシアは先程と同じ内容を繰り返した。
納得して貰えずとも、異物は破壊させて貰うつもりだが、出来れば騒ぎにはしたくない。
何とか納得してくれないだろうかと、祈るような気持ちで言葉を終えれば、あっさりと了承が返って来た。
魔法士であると同時に、塔の面々は研究者でもある。
ゼダンがそうだったように、新たな知識の探求には形振り構わないのが学者あるあるだ。
だから渋られると覚悟していたので、ついそう問いかけてしまった。
「え?
まぁ、知りたい欲求はありますが、お話を聞くに人間の手でどうにかなるものではないと言うのは理解出来ましたし、職員達の命を危険に晒した挙句、何の成果も得られませんでした~になるのは目に見えているのでしょう?
だったら被害が出る前に、どうにか出来る御方にお任せするのは普通の事でしょう。
まぁ勿体ないと言う気持ちは勿論あります。
その殻の欠片、中身の断片なりとも! とつい考えてしまうのは、最早性分ですな。まぁ、ついつい暴走したくなる気持ちはありますが、そこはそれ、神の領域に手を出すのは傲慢と言うモノでしょう。
研究者たる者、謙虚さを忘れてはならぬと、私も常々心掛けておりますよ。
そうしないと新人達にも煙たがられてしまいますからねぇ…いや、新人達は良いのです。えぇ、新人達は何のかんのと言っても理解してくれる事も多いのですが、事務方がねぇ……もう、やれ締め切りがどうの、予算がどうの…と、えぇ、彼等の苦労は勿論承知してい……」
止まらない。
黙っていれば賢者の様な風格のある人なのに、マシンガントークが止まらない。
現在進行形で何か喋っている。
兎に角、異物破壊の了承は得た。
それで良しとしよう、そうしよう……。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




