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詰まったままエリューシアは、その場にいる者達の顔にぐるりと視線を走らせる。
言葉を放ったコンスタンスだけは、ウットリと酔ったような笑みを全開で浮かべているが、彼女以外は何とも言いようのない表情をしていた。
確かに以前は、公爵家から何れ出て行かなければ…と個人従者も考え、結果ジョイとアッシュについては、現在もエリューシアが個人で雇用している。
しかしその後、色々と変化があり、個人的な雇用はもう考えていなかったのだ。
勿論抱えるだけの金銭的余裕がないと言う事ではない。金銭面だけで言うなら、増える一方の個人資産の使い道としては、丁度良いくらいだ。
しかし、彼女の義家族は了承しているのだろうか……?
メフレリエ家の縁者だから云々と言うのは横に置いて、まずそこは確認必須だろう。それにソナンドレ家とは公爵家としても接点がないので、何故と言う疑問はどうしても残る。そこは明らかにしておくべきだと思った。
「……お聞きしても良いかしら?」
「何なりと」
間髪入れない返事に、苦笑が浮かびそうになる。
だが気を取り直し、疑問を色々と訊ねてみた。
コンスタンスは唇を引き結んで視線を中空に預ける形で暫し悩んでいたが、ぽつぽつと語り出した。
コンスタンスは虫…と言っても魔物の蟲を使うらしいのだが、その蟲達がエリューシアにだけは反応したのだそうだ。それも頗るルンルンノリノリ気分で…。
よくわからない……精霊が持つ気が好物とか、そう言う感じなのだろうか……?
何にせよ、彼女は自身の使役獣……いや、使役蟲と言うべきか…それらの希望に沿いたいと言う事らしい。
しかし、コンスタンスが自身の事を語った時、ギリアンが『マジか……』と言いたげな表情をしていたので、あまり話して欲しくない内容もあったのではないかと思う。
なので、話せない事は話さずとも良いと伝えた上で、他に理由はないのかと聞いてみた。
再びさっきと同じく中空をぼけっと眺めてから、視線を下ろしたコンスタンスが口を開く。
「私にとって蟲達が安らげる環境、空気は、何より欲するモノなんですけど、私自身も、エリューシア様の御役にも立てると思うのです。
ほら、私、髪がこの通りでしょう?
身長も大きく差はないですし……黒髪のバーネット様では難しい事が可能になると思うのです」
オルガが片目を微かに眇めた。
エリューシアを始めとした他の面々も、咄嗟にどう言う意味かわからず首を捻る。
「私、エリューシア様の影武者……身代わり人形も可能かと思いますの」
コンスタンスは自身の髪を、一房指に絡めて微笑んだ。
「エリューシア様は元々稀有で大切な御方……ですが、今後は更に尊い身分を得られますでしょう?」
まさかクリストファ絡みの事を、ギリアンはポロったのかと、エリューシアはきつい一瞥をくれるが、当のギリアンは焦ったように首を横に振っている。
「もうお気付きだと思いますが、ソナンドレもバーネットと同じく、影を担う家でございます。
まぁ、成り立ちやらこれまでの歴史まで話しだしたら時間が足りませんので、今は言及致しませんが……」
コンスタンスは今一度姿勢を改め、深く臣下の礼をとった。
「エリューシア様、どうか私コンスタンス・ソナンドレに、金と銀を守る栄誉をお与え頂けませんでしょうか…。
私は勿論、我が一門も、必ずやお役に立ってみせます」
何やら話が大事になってしまったと、何処か自分の事と思えないエリューシアは、公爵家としての返事は、直ぐには不可能だと言うと…。
「エリューシア様個人でお抱え頂くと言うのは……無理でございましょうか?」
クールなのに儚げな美少女と言うのは、心底ズルいと思う。
否と言わせない空気があるのだ。
主家になるのだろうか? 一応メフレリエの意向も聞いておかねばと、ギリアンに話を向ける。
「あ~別にいいんじゃね?
メフレリエとは縁者ではあるし、身分的にはうちの方が上になるけど、主家と従家って言う間柄でもないしな。それに……」
ギリアンが言うには、コンスタンスがエリューシアと縁を持つのは願ったり叶ったりだと言う。
了承するのは吝かではないが、とりあえず先にお茶にしようと、エリューシアは提案した。
さっきの様子から察するに、この後何処かへ行く予定なのだろう? と、問えば、ギリアンは『あ~』と唸ってから、行く必要がなくなったと言い出す。
「ラステリノーア領へ行く予定だったんだよ」
「公爵領へ?
ジ……んん…クリス様に何か?」
つい『ジール』と言いかけて、慌てて修正する。
もう婚約者なのだから別に良いとは思う。しかしきっと、多分、生暖かい視線を向けられるだろうと思うのだ。そうなると気恥ずかしさで悶絶してしまう自信しかなかった。
「クリスじゃなく、エルル嬢に用があったんだけど、此処で会えてしまったからな」
なるほどと頷くが、自分に用と言うのなら、やはり先にお茶を楽しむ方が良いだろう。
少なくともアイシア達は借り上げ邸に帰した方が良い。
そうしてまずはお茶の時間と相成った。
ギリアンが持ち込んだ用向きと言うのが、アイシアも気になったようだが、後で話すからと、少々強引に借り上げ邸に帰す。
アイシアとメルリナの馬車を見送ってから、エリューシアはつい後ろを振り返った。
「オルガが居てくれるのは久しぶりだから、何だか嬉しいわ」
「お嬢様、勿体ないお言葉でございます。
卒業後は片時も離れません………離れません、が……もう卒業してはいけませんか?」
オルガなら前倒し卒業は可能だろう。
しかしそうなると、アイシアの護衛が心許なくなってしまう。
メルリナにワンオペさせる訳にも行かないし、オルガに匹敵する…となれば、そんなに候補はいない。
専属メイドであるヘルガはオルガの姉であるが、戦闘訓練は受けていないのだ。ヘルガはバーネットを名乗ってはいるが、ナタリアの連れ子で、バーネットの血は入っておらず、影としての適正もない。
ジョイやアッシュなら問題ないが、彼等は男性だ。
アイシアに同行できない場面も、同性よりどうしても多くなってしまうだろう。
それ以前に彼等は公爵家で抱えているのではなく、エリューシア個人で抱える人材だ。アイシアの護衛と言うのは、流石に頼めない。
「オルガ……ごめんなさい。
お姉様の護衛を減らすのは……」
「…申し訳ございません。つい無理を……」
エリューシアとオルガがずんと重い空気を纏うと、コンスタンスが口を挟んできた。
「私がアイシア様の護衛を受け持ちましょうか?
蟲を付けておけば、何時でも何処ても、24時間フル警護可能です。エリューシア様からの依頼でしたら、私、頑張っちゃいますよ?」
にっこりと良い笑顔で提案してくれるが、アイシアが蟲に耐えられるとは思えない。
アイシアは生粋の深窓の御令嬢だ……前世、昭和臭漂う骨董品じみた狭いアパート暮らしでも満足していたエリューシアと違い、アイシアは蟲…いや、普通の虫でも、簡単に卒倒出来てしまうだろう。
気持ちだけありがとうと、引き攣った笑みを浮かべると、ギリアンが笑いを堪えており、思わず睨んでしまった。
カフェの個室を出る時に、変装グッズの再装着は終えていて、4人は一路塔に向かう事になった。
元々塔から問題の異物を持ち出せなかった事が起因なので、このままその異物とご対面しようと言う訳である。
後々、アイシア達への説明の為にも、オルガも同行している。
塔につくと、ギリアンの同行者と言う事で、窓口で止められる事もなく、あっさりと入塔出来た。
『迷路だからはぐれるなよ』と言うギリアンの言葉に従い、後ろにしっかりついていると、いつの間にかエレベーターホールに着いていた。
エリューシアはその古式床しい、蛇腹扉に目を輝かせた。
前世では、普通に生活していると目にする機会等なかった代物である。
記憶にあるソレは手動で扉を開閉するのだが、流石は魔法のある世界。見た目はどれほど大正レトロであっても、自動開閉標準装備だった。
まぁ塔の奥まで入れるのは、通常職員のみなので、オルガもコンスタンスも、物珍しそうに見まわしている。
『〇階』とかの表示もなく、どうやって行き先を指定しているのかわからないが、ゆっくりと箱が止まり、蛇腹扉が開いた。
無言で先を歩くギリアンについて、少女3名も降りる。
そして無駄に堅牢そうな金属扉に辿り着くと、ギリアンは壁に埋め込まれたような魔石に向かって喋りはじめた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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