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王都で買い物と言っても、仮にも公爵家令嬢達の買い物だ。当然ながら市場や露店に赴く訳ではない。
貴族御用達の店舗が軒を連ねる商店通りの店を見て回る。
今は文具等も取り扱っている商会店舗に来ているのだが、流石貴族御用達と言った所だろうか……酷く装飾的で、機能的には到底見えない。
とは言え、見て回るだけなら何ら問題はない。
エリューシアはざっと店内を見て回り、贈答用や見せる為の品ならネネランタ商会、自分が使うようならスヴァンダット老人の雑貨屋の方が良いと思いながら、アイシア達の後ろをついて歩いていた。
アイシアとメルリナが楽しそうに筆記具等を選んでいる。
「アイシアお嬢様、これなんてどうです?」
「まぁ、素敵ね。
確かに色合いも落ち着いていて、ベルク様に良いかもしれないわ」
「ですよね?
いや~私のセンスも捨てたものじゃありませんね!」
ベルクへのプレゼント用の品を選んでいたらしい。
隙間から覗き見えた其れは、貝細工の装飾が施された、深青色のペンだ。
なるほど、と、エリューシアは頷く。
婚約秒読みのベルクに、アイシアの色を贈ると言うのは小洒落ている。
どちらかと言うと脳筋具合の方が目立つメルリナだが、なかなかどうしてきちんと令嬢である面も健在のようだ。
「エリューシアお嬢様も、何か御覧になっては如何でしょうか?」
すかさず後ろについているオルガが訊ねてくるが、その提案にエリューシアは首を横に振った。
クリストファには当然だが、両親にも伯父にも、使用人達にも領都カレンリースの店で、何かしらよく見繕うし、自作の魔具を贈ったりしている。
学院に在籍していた頃に店をしていて、卒業を機に、商売そのものは領都の方でするようになった。それに加えてギルド員の登録をした事もあって、エリューシアの個人資産は増える一方になっている。
まだ成人前だし、精霊の愛し子と言う特殊事情もあって社交をしていない為、使う機会が殆どないのだ。
つまり、個人資産の使い道が贈り物くらいしかないと言う事だ。
ならばその少ない近い道は、領の経済に貢献を……と考えるのはごく自然な事だろう。
ちなみに、元々アッシュとジョイの自宅だった王都の店舗は、人が居ない為に営業はしていないが、現在もちゃんと残っている。
正直現在の王都なら、領都の方が活気があるように思う。
貴族街と言う事を差し引いても、人影はずっと疎らだし、何より王都の人々の顔は何処か仄暗さを宿しているように見えた。
王家の『金色』が不在、平民の出らしき聖女の台頭……。
暫定中央は税の見直しなど、何とかして平穏を取り戻そうとしているが、思った以上に不穏は蔓延っているようだった。
店を出て、当初の予定通り王都で流行のカフェに移動する。
流行と言うのは嘘ではないようで、人通りの少なさからは想像出来ない程、席は埋まっていた。
場所柄、令嬢の姿が多い事も相まって、目に華やかである。
予め奥の方にある個室を予約してくれていたらしく、店舗について直ぐ案内してもらえる事になり、店員について行こうとすると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
エリューシアだけでなく、アイシアもオルガも、メルリナまで足を止めて振り返る。
「(だから、無理だって。
わかる? 並んでる時間まではないって言ってんだよ)」
「(じゃあせめて道中のおやつ分くらいは確保したいですわ)」
「(あのなぁ……次の乗り換えでメネライトも合流するんだろ?
だったら此処で時間食ってる暇はないんだって…)」
店舗での飲食は勿論、持ち帰り用の列もあるくらいの人気のカフェだから、よくある光景なのだろう。
店員達は特に気にする素振りもないが、エリューシア達は聞き覚えのある声に、つい顔を見合わせた。
「(あれ、ギリアン様かしら?)」
「(多分……そうだと思うんだけど……あの人とこんな乙女チックなカフェって結びつかない……)」
アイシアの囁きに返されたメルリナの言葉に、一同は大いに頷いた。
同行してるらしい女性の声に、婚約者だったら声を掛けるのもどうだろうと悩んだが、メルリナが聞いてみるだけも…と騒ぎの方へ向かう。
アイシアをずっとそこで待たせるのも気が引けて、エリューシアとアイシアだけ先に個室に案内して貰って待っていると、ドアがノックされた。
返事をするとオルガが扉を開いて押さえている。
その後ろから現れたのは、やはりギリアンだった。
「その……すまん。
本当に邪魔して良いのか?」
「えぇ、どうぞ。
今から並ぶとなると、購入の方でも30分以上は待たされそうですもの」
にこやかにアイシアが答えると、ギリアンの視線はアイシアの隣に座る少女に向けられた。
微かに首を捻っている。
恐らくアイシアが関わりのありそうな令嬢達を思い浮かべているのだろう。
しかし、合致する存在に思い当たらないと言った所か……。
まぁ当然である。
現在のエリューシアの姿は、特製カツラで灰色の癖毛、顔にも大きな特製瓶底眼鏡と言う、ある意味何時もの姿なのだが、ギリアンにはこの姿で会った事はない。
「えっと……同席の御令嬢がいらっしゃるとは…。
申し訳ございません。
メフレリエのギリアンと申します」
普段の姿を見知っていた一同には、何とも奇怪に見えるが、そこはそれ、やはり高位貴族令息らしく、ボウ・アンド・スクレープで挨拶をしてくれる。
そんなギリアンに吹き出したのはメルリナだ。
「ぷっ……」
顔を真っ赤にして、それ以上吹き出すのを堪えているが、メルリナの目には爆笑の涙まで浮かんでいて、ギリアンは思わず片眉を跳ね上げた。
「どうぞ、お座りになって。
其方の……ソナンドレ令嬢も、どうぞ」
アイシアの言葉でギリアン達も席につく。
ギリアンは勿論、コンスタンスもアイシア達には面識ある相手だ。
未だに笑いを堪えて、両手で口を押えるメルリナに、むすっとした視線を向けるギリアンだったが、聞こえてきた声にバッと振り返った。
「ギリアン様、御無沙汰致しております。
カレンリースの邸以来でございますね」
正体不明の少女が灰色の髪を引っ張っり、ついでとばかりに眼鏡も外した。
どっちもオルガに手渡すと、改めて姿勢を正す。
「失礼しました。
まだ成人しておりませんし、あまり騒がれたくなかったものですから」
個室の窓に掛けられたレースのカーテン越しの日差しに、発光は弱められているが、確かに光を放つ銀髪に、虹を埋め込んだ様に煌めく紫のグラデーションの瞳。
「………ぇ………エ…エルル嬢!!??」
ギリアンの驚愕の表情もそうだが、その隣に座っているコンスタンスも、灰色の目を真ん丸にしていた。
エリューシアは2人の様子に淑女らしく曖昧な、だけど困惑を察して貰える程度に眉尻を下げて笑う。
「マジか……。
って言うか、何だ? そのカツラと眼鏡…全く魔力の漏れもなかったんだが」
「ふふ、当然です。
私が作った特製の変装グッズですから」
エリューシアが変装を解いたので、注文他にメルリナとオルガが部屋を出ようとしたその時。
「ぅ……」
呻く様な音に、視線がコンスタンスに集まる。
コンスタンスは顔を俯けて、ふるふると震えている。
「……は……」
「「「「「…は?」」」」」
唐突に席を立ち、エリューシアが座る席の横へ一瞬で移動したかと思うと、これ以上ない程に深々とカーテシーをすると…。
「発言をお許しくださいっ!」
学院ではクールな美少女とみられていたコンスタンスの、思いもよらない行動に、全員が唖然としている。
「……ぁ、ぇ……どうぞ…」
発言の許可を請われたエリューシアもドン引きだったが、何とか許可を絞りだすと、コンスタンスが蕩けた様な満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!
ソナンドレ家のコンスタンスにございます!
どうか御傍近くに侍る事をお許しくださいっ!!」
………
……………
…………………………………
「…………………ぇ?」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>